第03話 転生

 ガルランテ様から聞かされた話になる。


 三百五十年前。僕とブラっちは、スライム剣士の村で死にかけていた。

 村は炎に包まれ壊滅状態。そこへ偶然ガルランテ様が通りかかり、村の広場で仲良く重なるようにして倒れる、赤ん坊の僕と生まれたばかりのブラっちを見つけたそうだ。

 もちろん、赤ん坊だった僕は当時のことを覚えていない。

 ただ。ブラっちは僕よりもすこし記憶が残っているようで、この話をするとなんとも苦々しい、憎しみを堪えるかのような瞳を見せるのだった。


 さておき。

 ガルランテ様は死にかけの僕らを魔王城に連れ帰り、治癒魔法で回復させると、識別魔法を使って僕とブラっちの潜在能力を測り始めた。

 強者かどうかを確認するためだ。


 結果。僕とブラっちは、魔族の中でも『最弱』の能力値だった。

 

 それを見たガルランテ様は途端に興味をなくし、魔王城につかえるメイド、妖精シルキーたちに、僕とブラっちを放り投げて渡した。


〝このゴミどもはもういらん。捨てるなり殺すなり、お前たちの好きにしろ〟

 

 そんなことを口にしたらしい。

 拾われてから半日と経たないうちに、僕とブラっちは用済みになったわけだ。


 それから。僕とブラっちはシルキーたちの温情によって生かされつつ、スライム剣士としての鍛錬を積んでいった。

 僕がスラ助と呼ばれ、また、僕がブラっちの名前を決めたのも、ちょうどこの辺りだ。

 けれど。出来損ないの僕たちは一度も戦場におもむけぬまま戦力外通告を受け、当然のように城の雑用をあてがわれるようになった。

 剣を握らず雑巾を絞る、下っ端コンビの誕生である。


 ――と、まあ。

 そういった経緯で、僕とブラっちは三百五十年もの間、この魔王城でコキ使われているのだった。


 が。ガルランテ様に対する恐怖心はあるものの、忠誠心などは存在しない。

 当然だ――ガルランテ様は僕たちをゴミのように捨てようとしていたのだから。

 あまつさえ、ガルランテ様はこの過去話を、当の僕たちの前で語ってみせたのだ。


〝理解に苦しむ。お前たちは存在価値のないゴミであるにも関わらず、なぜせいにしがみついているのだ? カハハ。我であれば、即自害しているほどの弱者だというのに〟


 そんな、軽薄な笑みと共に。

 忠誠を誓おうなどと思えるはずがなかった。

 勇者たちの勝利を祈るのも当然だろう。


 それでも。ガルランテ様が拾ってくれたおかげで僕らが救われたのも、まぎれもない事実だ。

 だから。最後に残されたその恩義を返すために、僕とブラっちは城を脱走することもせず、下っ端業に精を出し続けているのだった。これだけ嫌っているのにガルランテ様のことを『様付け』で呼んでいるのも、言うなればその恩返しの一環だ。

 まあ。疲労がピークに達しているときは、そんな恩返しのことも忘れてしまうのだけれど。





「ああぁ……本当、ガルランテ消えてくれないかなあ……」

 

 静まり返った廊下を歩きながら、僕はため息交じりにぼやく。

 十二時間超にもおよぶ配膳で、身体中が悲鳴をあげていた。早く座って休みたい。

 深夜四時半すぎ。いま僕は、貴重な休憩時間を利用し、自室に戻っている最中だった。

 厨房で休むと料理長がなにかと理由をつけて仕事を押し付けてくるので、こうしてわざわざ自室に逃げないといけないのだ。


「ガルランテがいなくなれば全部解決なのに……頭に隕石でも落ちないかなあ……」


「プル、プルプルル(こら、誰かに聞かれちゃうっスよ)」


 と。ぽいんぽいん、と横を連れ立って弾むブラっちが、ジャンプと共に僕の肩を押してきた。 

 たしかに、疲れすぎて本音がダダ漏れだったな。


「ああ、ゴメンゴメン……でも、大丈夫だよブラっち。大半の魔族は酔いつぶれてるか、もう寝てるだろうから。それに、ここは物置代わりの別棟に続く廊下だ。誰かがいるはずないよ」


「プルプル、プルルプルプル!(それでも、気をつけるに越したことはないっスよ!)」


「わかった、わかったよ。心配性だなあ、ブラっちは。えいえい」


「プルル!(ごまかさないで!)」


 ブラっちをぷにぷに、と突いて癒されながら、僕は渡り廊下を進み、別棟に足を踏み入れた。


 赤絨毯の敷き詰められた本棟とはちがい、冷たく無機質な石畳が伸びている。高級品のガラス窓はなく、代わりに鉄格子をあしらえた穴が等間隔に空いていた。ロウソクの灯りもなく、あるのは月明かりの照明と、底冷えする夜風だけ。

 殺風景という言葉がひどく似合う、僕の根城だ。


「休憩は二十分。その間にご飯も済ませておかないとな。たしか食べかけの干し肉が残ってたはずだけど……ん?」


 ふと視界の先。地下の宝物庫に続く扉から、光が漏れ出ているのに気付いた。

 この別棟にロウソクは置かれていない。

 つまり、そこには灯りを持った『誰か』がいるということ。


「こんな時間に宝物整理、ってことはないよね……?」


 むしろ、そうした雑用は僕の仕事だ。

 魔王城の周辺には監視塔があり、それこそ昼夜問わずガーゴイル数十体が厳重警戒している。外部から泥棒が忍び込んだ、なんてことはないはずだけれど。


「プルプル?(どうするっスか?)」


「い、一応、確認しておかないと、だよな……」


 ゴクリ、と唾を飲み、僕は木製の扉をそっと押し開ける。

 忍び足で階段を降り、細い石造りの通路に出た。見ると、数メートル先にある宝物庫の扉がわずかに開いている。光源はあそこからのようだ。

 背後を連いて来るブラっちに、そこで待ってて、とジェスチャーで伝えると、僕は恐る恐る宝物庫の中を覗き込む。


「――うむ。これでよい」


 そこには、ガルランテ様の姿があった。

 泥棒じゃなくてよかった。でも、ガルランテ様がどうしてこんなところに?


「あとは魔力を込めるだけで、この『転生の』は完成する」


 つぶやき、宝物庫中央の台座に右手をかざすと、ガルランテ様は膨大な魔力を放出し始めた。台座周囲の石床に描かれていた魔方陣がボウ、と淡く灯る。


「待っているがよい、刺激ある『財宝』たちよ」


 期待に満ちた声と共に、ガルランテ様は台座の上で横になり、静かに目をつむった。

 数秒もしないうちに、ガルランテ様の全身からフッ、と力が抜けた。意識が飛びかけているのか、眠る前のような浅い呼吸を繰り返している。

 その様子を扉の隙間から盗み見ていた僕は、


「……ッ、よしッ!!」

 

 小声で歓喜し、思わず拳を握ってしまった。

 

 転生の儀。

 その言葉が意味する通り、ガルランテ様はいま、現在の肉体を捨て来世に転生しようとしている。

 玉座の間での会話からするに、目的はまず間違いなく強者を求めてのこと。

 現世にもう強者がいなくなったから、来世の強者を倒しに行こうとしているわけだ。

 まさしく戦闘狂。

 僕にはさっぱり理解できない思考だが、そんなことはどうでもいい。


 ガルランテ様が――いや、ガルランテがいなくなれば、僕は晴れて自由の身になるッ!!

 命を救ってくれた恩義は、三百五十年の下っ端生活をもって返済ということにしてほしい。いや、してもいいはずだ! きっと!


「早く、早く転生してくれ……ッ!!」


 僕の願いに呼応するようにして、魔方陣の光が強まった。宝物庫が光に満ちあふれていく。

 前のめりになって転生の瞬間を見守っていた、その直後だった。


「プルプル?」


 不意に。後ろにいたブラっちが、僕の背中をトン、と押してきた。

『なにかあったっスか?』と、好奇心旺盛に。

 迂闊だった。バレないようにと僕ひとりで中を確認したのが仇となった。ブラっちの好奇心を考慮して、無理してでも一緒に覗き見していればよかった。

 

 が。後悔先に立たず。


「どぅわッ!?」「プルルッ!?」


 前のめりになっていた僕はバランスを崩し、目の前の扉をバン! と全開にしてしまった。

 開けた勢いそのままに中に侵入した僕とブラっちは、一緒に折り重なって魔方陣の中に倒れ込んでしまう。まるで、拾われたときのようだ。


 ふと見ると、僕は左手に『小さな宝箱』を掴んでいた。

 溺れる者は藁をも掴むというやつか。倒れる寸前に、近くの石棚にあったソレを掴んでいたらしい。


「うわ、っと……ああ!」

 

 と。倒れた衝撃で宝箱の留め具が緩み、バラバラ、と中身が外にこぼれてしまう。

 それは、細い木の枝のような『棒』だった。

 手の平に乗るほどに小さい。大きさは、つまようじ程度だろうか? それが数百……いや、千本近く入っているようだ。


 って、そんな棒の考察はどうでもよくて!


「あ、ああ、あの! すす、すみません!! 灯りが漏れてたので確認をしに来て……、ッ!?」


 落ちた棒をすべて宝箱に戻して、とにかく謝らなければ、と慌てふためきながら顔をあげた。

 そのときだ。

 突如。魔方陣から魔力が解き放たれ、パア、とまばゆい閃光が宝物庫内を走った。


「プ、プルプル!?」


「くっ……ぶ、ブラっち!」


 目がくらむほどの強い光の中。僕は咄嗟に、隣にいるブラっちをかばうようにギュッと抱き寄せた。

 左手の宝箱を手放す余裕もない。


「そこに誰かいるのか?」


 ふと。台座の上から、ガルランテ様の怪訝そうな声が届いた。

 僕たちのドタバタで目を覚ましてしまったようだ。けれど、宝物庫内のあまりのまぶしさに、声は確認できてもこちらの姿までは見えていないらしい。

 謝ることも忘れ、僕はただただ、ブラっちにしがみつくことしかできない。

 僕の意識がプツリ、と途絶えたのは、それから数秒後のことだった。



    □



 気付くと、僕は真っ白な天井を見上げていた。

 ボーっとした脳で、なにげなく辺りを見回す。

 白を基調とした不思議な部屋だった。いかにも庶民といった手狭な個室なのに、窓には高級品のガラスが使われ、天井には見たこともない照明器具が取り付けられている。部屋の広さと内装の質が釣り合っていない。


 ココはどこだろう? そう訝しみながら身体を起こそうとするも、もぞもぞ暴れるだけで、起き上がることはできなかった。

 当然である。

 僕の身体は、赤ん坊のソレになっていたのだから。


「ッ……、バブッ!?」


 驚きの声を発して、さらに気付く。

 僕は、まともに言葉を喋れなくなっていた。

 いや、赤ん坊なのだから、喋れなくて当然ではあるのだけれど。


 混乱の中。自分の腕の色を目にして、さらに驚愕する。

 魔人を示す僕の青色の肌が、人間のように黄色く、血色のいい『肌色』になっていた。

 なにかが塗装されている様子もない。これは、生まれつきこの色なのだ。

 ということは、つまり。


「ば、バブバブバブ……?(僕は、人間に生まれ変わった……?)」


「――ばあ!」


 突然。いつの間に近寄ってきていたのか。見知らぬ誰かがひょこっ、と僕が寝ているベッドを覗き込んできた。

 

 人間の女性だった。人間の生態にはそこまで詳しくないが、おそらくは成人した人間だろう。髪は黒のショートカットで、背丈は低く、顔立ちも子供のように幼いが、胸の膨らみが異常に発達している。

 この胸の大きさは成人と見て間違いない。うん、きっとそうだ。

 だって服の胸元がパツンパツンで、はち切れそうなくらいに大きいし。

 それに……うん、大きいし。


「えへへ。おめめまん丸にしちゃって。驚かせすぎちゃったかな? ゴメンね、ナイちゃん」


「ば、バブブ?(な、ナイちゃん?)」


「あら、むずかしい顔してる。やっぱ男の子に『ちゃん付け』はやめたほうがいいのかな……普通に呼び捨てで『ナイツ』? それとも『ナイくん』? んー、お母さんの私としては、ナイちゃんがかわいいと思うんだけどなあ」


「バブバブ……(ナイツ……)」

 

 どうやら、それがこの僕の名前のようだった。

 ナイツ。初めて聞く名前なのに、なぜかしっくりと来る名前だ。

 お母さん、と口にしているということは、この女性は僕の母親なのだろうか?


「うん、やっぱかわいいからナイちゃん呼びでもいいよね――さてと、ご飯にしましょう? いっぱい寝てお腹空いたでしょ。ああ、その前にオムツも替えないと」


 やさしい声音と共にこちらに手を伸ばし、女性は「よいしょ」と僕を抱きかかえた。


「おー。生まれてまだ一ヶ月しか経ってないのに、ナイちゃん重くなったねー」


「ば、バブバブ……(そ、そうでしょうか……)」


「元気な証拠だ。ほら、ミイの子供も大きくなってきたんだよ?」


 言って、女性は窓際に足を運ぶと、毛布の上で眠る二匹の『猫』を見やった。

 暖かな陽射しの中。オレンジ色のデブ猫が、赤茶色の子猫をペロペロ、と愛おしそうに舐め、毛づくろいをしている。このデブ猫がミイなのだろう。

 

 ふと。女性の存在に気付いた子猫が、つぶらな瞳をこちらに向けた。

 次の瞬間。


 チリリン――


「バ、ブ……ッ!?」


 僕の脳内に、綺麗な『鈴の音』が鳴り響いた。

 と同時に、ナニカが『共鳴』したかのような、不思議な感覚が訪れる。

 赤茶の子猫もまた僕と同じようにギョッ、と驚きに目を見開いていた。

 子猫もきっと、僕と同じ感覚を味わっている。そのことが、なぜか本能的に伝わってきた。


 パリン――

 

 感情が大きく動いたのをきっかけに、今度は脳内にガラスの破砕音が響き渡った。

 知りもしないはずの『知識』が、脳に流れ込んでくる。


「赤茶の毛並みが綺麗でしょ。ナイちゃんが生まれた日……それも、ほぼ同じ時間に生まれた子なんだよ。お父さんは、どっかの野良猫さんみたいなんだけど。名前は『タマ』ちゃんって言うんだ――っと、どうしたの? ナイちゃん。挨拶したいの?」

 

 女性の腕の中で身じろぎし、僕は幼すぎる手を伸ばした。

 それに呼応するようにして、子猫も僕のほうに向かってヨロヨロと歩み寄ってくる。

 僕の手が、子猫の湿った鼻先にピトッ、と触れた。


〈お、お前……もしかして〉


〈ま、まさか……嘘っスよね?〉


 頭の中で念じると、僕は子猫と会話することができた。

 理屈じゃない。それこそ本能的に、念じれば会話ができる、と僕の脳は理解していた。

 その会話術が、『念話』と呼ばれるものだということも。


〈もしかしなくても、ブラっち!?〉


〈まさかのまさかで、ご主人っスか!?〉

 

 脳内で叫んだのち、口をあんぐりと開けながら、僕たちは無言で見つめ合う。

 互いにどんな気持ちでいるかは、その瞳を見ればわかる。

 目は口ほどに物を言う、だ。




 こうして。

 スライム剣士である僕とブラっちは、新たな時代、新たな命へと転生したのだった。

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2024年10月21日 09:00
2024年10月22日 09:00
2024年10月23日 09:00

スライム剣士と千本の杖 秋原タク @AkiTaku

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