第21話 魔剣講座
四月初旬。
アイドラルン魔剣学院への入学が決まった僕とライキは、『1-B』の教室の戸を開けた。
瞬間。教室内の喧騒がピタッ、と止み、僕たちに二種類の視線が向けられる。
ひとつは、一年生にして『
もうひとつは、魔剣学院の歴史上初となる『
「……おーおー。入学早々、
「大丈夫だよ。このくらい」
クラスメイトのコレは蔑視などではなく、未知に対する警戒だ。なにも気にするものではない。
というか、聞いたこともない階級の生徒がいたら、僕だって同じ反応をしちゃうだろうし。
そんなことを考えながら、僕は左腕に巻かれた階級腕章を正し、自分の席につく。
ライキも僕の右隣の席に座り、不機嫌そうにカバンを置いた。
――入学時。
僕は訊ねた。失位階級とはなんですか? と。
教師は答えた。私たちにもわかりません、と。
ならば、この階級は階級認定者のシデンの創作なのかというと、そうではない。キチンと魔剣学院の階級制度の中にも含まれていたものらしいが、この数百年適応されたことのない古い階級だったのだそうだ。
上位よりも上なのか下なのか、その位置づけもまったくの不明。
魔剣学院の認定規約によれば、『逸脱した者に与えられる階級』とのこと。
その逸脱が、良い意味での逸脱か、悪い意味での逸脱か、現代に生きる教師生徒たちにはわからない。
だから、ああした嫌疑的とも言える視線が、僕に向けられていたのだ。
「はい、みんな席につくザマス」
と。このクラスの担任であるミハエル先生がやってきた。
髪も女性のように長く、お金持ちの主婦のような口調だけれど、れっきとした男性である。
その後ろから、遅れてピンク髪の少女――サミア・ピーチライズが、フラフラとした足取りで教室に入ってきた。
ライキと同じ、ふたり目の最上位階級者である。
いつも眠たげな半目がさらにトロン、と落ちかけている。寝坊寸前だったみたいだ。
僕たちの自己紹介は、二日前の入学式で済ませている。
サミアの名前は、そのときに覚えたものだ。
まだちゃんと話せてはいないので、サミアが僕たちの名前を覚えてくれているかは、わからないけれど。
「さて。今日はホームルームが終わり次第、魔剣学院でのはじめての授業を行うザマスよ。なにを行うか、みんな気になるザマスよネ?」
期待にザワめく教室。
片手をあげることでソレを抑え、ミハエルは言った。
「今日は、魔剣学院における基礎中の基礎、『
□
ところ変わって、闘技場。
体操服に着替えた僕ら1-Bの面々は、実技試験のときに使用した木製武器を手にしていた。
ジャージ姿になったミハエルが、身体をくねくね、とくねらせながら口を開く。
「『魔剣』とは、その名の通り魔法の
ふと、カナエラ・レッドフィルの炎の大剣が脳裏を過る。
彼女も、あの炎剣を生み出すとき、魔剣降臨、と口にしていた。
あれは、炎の練度を上げるための詠唱だったのか。
「今日みなさんには、この魔剣の生み出し方を習得してもらうザマス。模擬武器を持ってもらっているのは、魔剣を作るイメージをしやすくするためザマス。今日一日でできることではありませんが、コツを掴むのが早い生徒なら二週間程度でできることでしょウ――では、各々、まずは自分の思うがままに『魔剣降臨』を実践してみるザマス」
パン、と手を叩いたのを合図に、僕たち生徒は魔剣の具現化を始めた。
皆が皆、苦戦しているようだった。魔力値の高い生徒は、形だけ魔剣っぽく造ることができるが、長く維持することができない。魔力値の低い生徒は言わずもがなだ。
そんな中。
ふと横を見ると、ライキは事もなげに、『雷の太刀』を顕現していた。
すこし離れた場所では、サミアが実技試験のときに見せた『炎の鞭』を造り出している。
さすが最上位階級。魔力の扱いはお手の物のようだ。
「ふむ。レイスンさんとピーチライズさんは問題なしザマスね……おや?」
と。ミハエルは僕の前に来て、ピタリ、とその足を止めた。
僕がまったく魔力を練っていないからだ。
「どうしたザマスか? ロードウィグさん。早く魔剣を造ってみせるザマス。最初は失敗してもいいザマスから」
「いえ、そもそも失敗もできないんです。魔力値がほぼゼロなので」
先ほどから、魔剣降臨、と口にしても、一向に魔剣が形取られない。
やはり、僕に魔法の素質はないようだった。
「魔力値がゼロ?」
教師然としたやさしい表情から一変、途端に嘲笑うような目を向けてくるミハエル。
この視線は、二千年前からよく知ってる。
明らかに『下』と判断したものに向けられる、蔑視のソレだ。
「そうザマスか、魔力値がゼロと……うひゅひゅひゅ、あの『雷光のシデン』が認定した階級だからどんな高位階級かと思いきや、やはり失位階級というのはゴミの証明だったザマスね」
「……あはは、そうかもですね」
「おい、先生。生徒に対してその言い草はないんじゃねえのか?」
「余興をするザマス」
ライキの介入も無視して、ミハエルは右手を空にかざし、魔力を放ち始めた。
直後。フィールド上の地面から、ゴゴゴゴゴ! と巨大な『大岩』がせり上がってきた。
見上げるほどに大きな岩だ。
高さは五メートルほど、直径も五メートルほどだろうか?
「あちし特製の『
言って、ミハエルが意地の悪そうな笑みをこちらに向けてくる。
なるほど。
僕も元魔族だ。性根が腐った者の魂胆はすぐ読める。
達成不可能なお題を出して、僕をさらに貶めたいわけだ。
「先生、さすがにいい加減にしろよ。こんなのナイツひとりを見下したいだけの嫌がらせじゃねえか! これのなにが余興だ!」
「レイスンさん、お静かに。いまは授業中ザマスよ――さあ、まずはそこの生徒から!」
ライキの抗議も馬耳東風。
ミハエルはどこか愉しそうな顔で、『余興』を無理やり進行させる。
すごいな。ライキが言っていた通り、モナルーペ村のみんなは本当に特別だったみたいだ。
未熟な魔剣を振るい、魔岩に挑む生徒たち。しかし、かすり傷ひとつつくことはなかった。
傷をつけることができたのは、最上位階級の二名だけ。
ライキ・レイスンと、サミア・ピーチライズだ。
ライキの雷の太刀は魔岩の中心地点まで斬り込み、サミアの炎の鞭は魔岩の直径三分の一程度の位置まで喰い込んだ。
感嘆をもらす生徒たち。ミハエルも驚きに目を見開いている。
と。そんな周囲の視線を無視して、ライキが僕の隣に来た。
「悪い、ナイツ。なんとか辞めさせようとしたんだけど、あのオカマに聞く耳はなさそうだ」
「大丈夫だよ、ライキ。ありがとうね。僕をかばってくれて。こうなったら僕も僕なりに余興を楽しむよ」
「……でも、ナイツは魔剣が」
「力こそパワー、ってね。まあ見ててよ、ライキ。僕だって、言われっぱなしで引き下がるほど、おとなしい性格じゃあないんだ」
「――次、失位階級のロードウィグさん!」
わざわざ階級を枕詞に呼ぶなんて。ありがたくて涙が出る。
「あなたが最後ザマス。精々、うひゅひゅひゅ、みっとも……いいえ、すばらしい『余興』を見せてくださいマシ!」
「わかりました」
簡素に答えて、僕は手にしていた木剣をグッ、と握りこむ。
同時に、抑制していた力を、八割解放する。
シデンとの戦いですら五割解放だったから、ここまで放つ必要はないのだけれど……まあ、それこそ余興だ。
闘技場が分断されるぐらいは、笑って見逃してくれるだろう。
「よい、しょ――ッ!!」
八割解放の力を持って、魔岩の側面から薙ぎ払いを入れる。
ズバアアアァァンンンッッ!!
強烈な断裂音と共に、堅固だった魔岩に綺麗な横線が入る。
直後。ズズズズ、と魔岩は上下にスライドしていき、フィールド上に無残に転がった。
それだけではない。
僕が薙いだ先、周囲の闘技場が、観客席から斜めに分断された。
大地震のような揺れと共に、闘技場が半壊する音が轟く。
腰を抜かし、その場に尻餅をつくミハエル。後ろで見守っていた生徒たちは、言葉をなくしていた。サミアも珍しく瞠目してこちらを見ている。
ライキだけが「さっすがナイツだぜ!!」とテンションマックスで騒いでくれていた。
「ミハエル先生」
僕は木剣を仕舞い、地べたに座るミハエルの下に向かい、こう言った。
すこし、大人げなかったかもしれない。
「あなたの魔岩、ゴミ以下の耐久値でしたよ?」
□
翌日から。
僕の立ち位置は、さらに微妙なものへと変化してしまっていた。
魔力値がないのに、魔岩を断ち切る力。けれど、肝心の魔剣はやはり造れない。
実力があるのかないのかわからない。触れていいのかどうかわからない。
そんな、腫れ物のような存在として扱われた。
そんな中でも、ライキだけはいつも通りに接してくれた。
まあ、ライキの態度が変わるだなんて心配は、微塵もしていないけれど。
昼休み。弁当を豪快にかきこみながら、ライキは飄々と言う。
「誰も寄ってこねえから、メシが食いやすくて丁度いいや。な? ナイツ」
「ポジティブだね、ライキは」
「ナイツに教わったことさ。前を向かないと、オレらは強くなれねえからな」
「まあ、それはたしかに――と、いうかさ」
そこで、僕はカルラが作ってくれたお手製の弁当から視線を外し、サミアの席を見やった。
彼女もまた、このクラスでは浮いた存在となっていた。
【
しかし。サミアは見下されるほど弱いわけではない。むしろ、最上位と位置づけられるほどには強い。その、相反するふたつの状況が、サミアの存在を空中に漂わせていた。
だから、というわけではないけれど。
「サミアさんも誘って、三人でお昼ご飯食べない?」
「あの鞭女を? オレは別にいいけど、なんでまた?」
「なんというか、友達になりたいなと思って。種類はちがうけど、僕と似た境遇だしさ」
「ふーん、まあいいんじゃね? オレはどっちでもいいぜ」
「ありがとう。じゃあ、机移動しようか」
「あいよ」
ライキの合意を得たところで、僕たちは机を持ち上げ、斜め前のサミアの席にガツン、と密着させた。左に僕、右にライキだ。
ひとり黙々と昼飯を食べていたサミアが、何事? とばかりに僕とライキを見やる。
いや、まあそりゃあそうなるよね。
「……なに?」
「ナイツが、お前と友達になりてえんだってさ。だからまあ、オレも友達になってやるよ。お前、なんかぼっちっぽいし」
「……余計なお世話」
不機嫌そうにつぶやき、ヘッドフォンを耳にかぶせてしまうサミア。
僕は慌てて、彼女の視界に僕のお弁当箱を見せつけながら。
「まあ、そう言わないでよ、サミアさん。ほら、僕のお母さんの卵焼きあげる。甘くておいしいよ?」
「いらない。ほしいのは静寂」
「うわ、厨二くせえ台詞! 適正魔法まで炎だし、マジで厨二オンパレードだな、ピーチライズ家ってのは」
「――――」
ライキのその煽りに、サミアは怒るでも悲しむでもなく、純粋に呆気に取られたような顔をした。
おそらく、【赤の血統】ではなく、ピーチライズ家と認識されたことが意外だったのだろう。
それだけ、彼女は自身の『背中』を見られてきたのだ。
自身のピーチライズ家ではなく、その奥にある【赤の血統】ばかり注目されてきたのだ。
「……雷人間のくせに、よく口が回る」
「お? 雷人間バカにしてんのか? 上等だ。お前のそのカラアゲ一個よこせや!」
「ダメ。これはお母さんの特製。無条件交換はありえない」
「トレードしろってか……くそ、その美味そうなカラアゲに見合う一品は……」
悩ましげな表情で弁当を睨むライキ。
その様子を見て、思わずといった風にサミアが吹き出した。
初めて見せる、ピンクの笑顔だった。
僕とライキは無言で見つめあい、わずかに微笑み合うと、昼食の何気ない談笑を続ける。
ほかの生徒たちは、そんな僕たちを遠巻きに観察していた。
いつかは、ほかのみんなとも仲良くしたいけれど、これがいまは適正な距離感のようだ。
でも、いずれきっと仲良くなれるはず。
そう思い、僕も弁当に箸を伸ばした。
そのときだった。
「――サミア・ピーチライズはいるか」
教室の戸が勢いよく開かれ、ふたりの男子生徒が入り込んできた。
ひとりは、浅黒い巨躯の男性だった。頭は丸坊主で、髪色は橙色に染まっている。
もうひとりは病的なまでに肌白い痩身の男性だった。長いくせっ毛は、薄い緑色をしている。
このふたりは、入学式で見た覚えがある。
大きい男子生徒は、このアイドラルン魔剣学院の生徒会長、ボルン・ダラル。高等部三年。
細い男子生徒は、アイドラルン魔剣学院の副会長、グロア・エリエ。高等部二年だ。
1-Bの空気が変わる中。サミアは物怖じせずスッ、と片手をあげた。
「……サミアはわたし」
「ふむ、お前か」
巨漢の生徒――ボルンがうなずき、サミアの席の前へ。
はじめましての挨拶も前振りもなく、威圧感あふれる視線と声音で、ボルンはこう告げた。
「用件はただひとつ。明日までに退学しろ、サミア・ピーチライズ」
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