第20話 実技試験と階級認定(下)

 乱戦、乱戦、乱戦。

 シデンの手によって突如として開始されたバトルロイヤルは乱れに乱れ、混戦を極めた。


 開始直後。僕とライキ、そしてピンク髪の少女が武器を振るい出したのをきっかけに、ほかの受験生たちも遅れて戦闘態勢に入った。

 迫り来る僕たちという敵を目にし、受験生たちも覚悟を決めたようだった。


 それから――およそ三十分ほど経っただろうか。

 残る受験生は、約200名ほどにまで減っていた。

 1800名あまりの受験生が、すでに脱落しているのである。

 原因は、明らかだった。


(……この人たち、本当に受験生なのかな?)


 脱落した受験生たち。彼らの振るう武器の速度、体捌き、状況判断能力。

 そのすべてが、八歳児のライキ以下だった。

 ハッキリ言って、弱すぎたのだ。


 いや、八歳のライキのほうがよっぽど強かった。なぜなら、脱落した彼らにゴブリン千体を倒すほどの実力はないからだ。


(鍛錬をサボってたのかな……いやでも、無駄に筋肉はついてるみたいだったし)


 おそらく、武器を振ること『だけ』が……魔法を放つこと『だけ』が、努力だと勘違いしていたのだろう。

 本当は、目指す理想形を想定して、その上で鍛錬をしなければ、なんの意味もないのに。


(なんか、拍子抜けだな)


 剣戟と魔法の衝突音が響く中。僕は胸中でボヤきながら、またも襲い掛かってきた受験生をひとり、薙ぎ払いで吹き飛ばした。

 フィールドには激しい砂埃が舞っており、五メートル先が見えない状況だった。ほかの受験生の影がおぼろげにしか見えない。

 けれど。受験生のみんなはなぜか、気配も殺さずにこちらに突進してくるから、迎撃するのは容易だった。ゴブリンですら、もうすこし気配を殺して忍び寄るのに。

 

 この様子だと、残りは100名……いや、80名もいないくらいか?


(たぶん、ライキも『つまらねえ』とか言ってるんだろうなー)


 暢気にそんなことを考えていた、その直後。

 土煙を突き破って、背後からナニカが高速で駆け寄ってきた。

 僕は慌てて木剣を構え、そのナニカの攻撃を防ぎ、鍔迫り合いに入る。

 不思議と、安心する鍔迫り合いだった。


「――って、なんだ。ナイツじゃねえか」


「やっぱり。ライキだと思ったよ」


 二千人の受験生の中で気配を殺せる人間なんて、僕とライキぐらいしかいない。

 ゴン! と木剣を弾くと、ライキは間合いを取り、大きくため息をついた。


「なあ、ナイツ。この試験つまんなくね? 初めて武器持ったんじゃねえかってレベルで弱いよな? 今回の受験生ども」


「まあ……鍛錬不足なのかな、とは思ったね」


「こんな奴らに、ナイツとの一騎打ちを邪魔されたくねえよな……おし、ちょっと待ってろ。残りの奴ら減らしてくるわ」


「ライキ、まさかアレを……?」


「へへ、これもオレの立派な『剣』だからな」


 言い置いて、ライキは右手に電気を溜めると、その手で自身の胸元を強く叩いた。

 ライキの全身に雷が走る。

 電気の『解放』を会得してからライキが編み出した、雷魔法の応用。

 全神経に電撃を流すことで肉体速度を倍増させる、『雷体術らいたいじゅつ』だ。


「おし。一瞬で片付けるッ!」


 まさに雷人間と化したライキが、ビリビリ! と雷撃を迸らせ、神速で土煙の彼方に消える。

 直後。あらゆる方角から、点々と受験生たちの短い呻き声が聴こえ始めた。

「うっ」と真後ろから聴こえたと思えば、今度は真正面から「ぐふっ」と聴こえてくる。左から聴こえれば、今度は右から。

 神速で駆けるライキが、受験生たちを一瞬で気絶して回っている音だ。 

 そのたびに、雷体術の残滓がビリリ、とフィールド上に踊った。


「なにが起きたかわからないだろうなあ……倒れた受験生たちは」


 手合わせで雷体術を使われたときは、抑制している力を二割解放しなければ、ライキの速度についていけなかった。

 反射速度がいいだけでは、あのライキを捉えることはできない。


 そして――一分後。

 あれだけあった気配が、残り四つになった。

 まさに『一瞬』と呼ぶに相応しい速度で、ライキが残りの受験生たちを倒したのだ。

 ようやく土煙が晴れ、広々としたメインフィールドが元の姿を取り戻す。

 およそ1900名以上の受験生たちが、無残にも地面に突っ伏していた。


「ナイツー、終わったぜー」


「お疲れさま。じゃあ、さっそく始め――ッ、ライキ!!」


 僕が叫ぶと、ライキはすぐさま背後を振り返り、その一撃を寸でのところで避けた。

 ライキを襲ったのは――炎のむちだった。


「――惜しい。あとすこし」


「ま、まだ残ってやがったのか!」


 ライキと、ピンク髪の少女が向かい合い、相対する。

 そうか。残っていた四つの気配は、僕、ライキ、シデン、そして少女のものだったのか。

 少女も僕ら同様、気配を断つ術を身につけているらしい。


(あの子は、鍛錬不足ではなさそうだな)


 ピンク髪の少女が持つ短剣の先から、細長い炎の鞭が伸びていた。

 あれが少女の『剣』のようだ。

 カナエラほどの火力はなさそうだが、その分、魔力の練度が凄まじい。魔法にもかかわらず、まるで実体としての質量を内包しているかのような炎だった。

 一日二日で習得できるような技じゃない。少なくとも、五年以上の鍛錬が必要な技術だ。


 ピシャアン! と鞭で地面を叩き、少女は不満そうにシデンを見上げた。


「試験官。いまのは反則? あそこの少年、この雷の子に教えた」


「ルール不要って言ったはずだぜい? 共闘しようがなんだろうが、脱落することはないさ。まあ、それで個人の評価が上がるわけでもないけどな。共闘して最後のふたりに残ったところで、俺が『才能なし』と判断すれば、そのふたりはその場で脱落だ。OK?」


「……了解。じゃあ、この雷の子を倒して実力を示す」


「上等だコラ! やってみやがれッ!!」


 雷体術をさらに増加させて、ライキが少女に向かって特攻を仕掛けた。

 炎の鞭が迎撃する。その変則的な軌道を、しかし、ライキは天性の勘で避けてみせた。

 雷の木剣が少女を襲う。が、短剣の柄でそれを防ぎ、間合いを広げるため炎魔法を繰り出す。


 互いの実力は五分ごぶ

 どちらが勝ってもおかしくはない。


「残された僕は、どうしようかな……」


 このままふたりの攻防を見ているのもいいが、それでは試験の評価に響きそうだ。

 かと言って、ピンク髪の少女をふたり掛かりで倒す、なんてつまらないこともしたくない。ライキに不意打ちを仕掛けるなんて以ての外だ。


「せ、せめてものアピールに素振りでもしておく? いや、さすがにあざといかな……」


「――退屈そうだな、剣士見習いくん」


 そんな声と共に、観客席にいたシデンが僕の近くに降り立ってきた。

 観客席の壁に隠れて見えなかったが、シデンの腰後ろには双剣が携えられていた。


「なんなら、俺が相手になろうか?」


「え、シデンさんが?」


「おかしいことはないだろ? 本来の実技試験は、試験官との一対一なんだぜ。むしろ正しい試験内容に戻ったとも言える。これでやっと『約束』を果たせるな。剣士同士の再会は、剣で語らうものって相場が決まってんのさね」


「……もしかしてですけど、シデンさん。今回の試験をバトルロイヤルに変更したのって、僕と戦うためだったんじゃあ……」


「ナハハ。みんなには内緒だぜ?」


 シー、と人差し指を立てるシデン。

 まあ。ライキたちは戦闘中、ほかの受験生は絶賛気絶中だから、聞かれる心配はないけれど。

 おそらくシデンは、二千人の受験生を見た瞬間に確信していたのだ。

 この面子なら、ナイツ・ロードウィグが最後まで勝ち残る、と。


「さあ、見習いを脱するか否かの分水嶺だ。本気でかかってきな、ナイツくん。ここで下手な剣技でも見せようもんなら、俺は容赦なくきみを脱落させるぜい?」


「……わかりました」


 シデンの期待は、平凡を目指す僕には大きく重い。

 けれど、それが剣士になるための試練であるというのなら、乗り越えなければならない。

 

 僕は静かに木剣を構え、正面のシデンを見据えた。

 シデンが微笑み、腰後ろの双剣を逆手に握り、シュン、と一気に抜き取る。

 わずかな沈黙。

 瞬間。僕は自身に【俊敏の杖スピード】をかけ、抑制している力を五割解放した。

 ライキ相手には二割解放が最高だったが、シデン相手ならばこれぐらいが妥当だろう。


 そう思っていた。


「――え?」


 力を解放し、シデン向けて木剣を勢いよく振り下ろした、その直後。


 ドゴオオオォォォンンンッッッ!!!!


 シデンの双剣を粉々に砕くと共に、彼の身体が闘技場の壁まで吹き飛ばされた。


「ガ、ハ……ッ!」


 壁にめり込んだまま、驚愕の表情で吐血するシデン。

 やがてズルズル、と壁からずり落ち、やがて地面に突っ伏してしまった。


「…………えぇ?」


 僕は、木剣を握ったまま唖然としていた。


 七歳の頃。樹を切断してしまったことがあった。

 あのときは抑制をしていなかったから、完全に十割の力だった。

 そのときの印象が強く残っていたのだろう。僕は、十割解放すれば簡単に樹が切れるようになってしまう、程度にしか考えていなかった。


 その考えは甘かった。誤算だった。

 七歳の頃から、五年も鍛錬してきている。それも、【促進の杖プロモーション】と【限界突破の杖リミットブレイク】の恩恵を授かった状態で。

 

 シデン・リュウソウを一瞬で倒す力が身についてしまっていても、なんら不思議はない。


 樹を切断どころか、いまなら地面だって両断できてしまうだろう。

 そのことを、いまの五割解放で確信した。


「平凡な剣士の夢が、また遠ざかった……」

 

 注目されるのも目立つのも好きではない。

 前世の下っ端生活の影響もあるが、なにより、杖の存在がバレるリスクを高めたくないのだ。

 だから、親友のライキにも、ギリギリの場面までスキルの存在を隠していたのだけれど……。


「シデンさんを倒したとなったら、変に騒がれちゃう……じ、自意識過剰かな?」


 そわそわしつつ、戦闘態勢を解くと、僕はライキとピンク髪の少女の戦いを見やった。

 タイミングよく、ライキの木剣が少女の鳩尾みぞおちを突き、少女の鞭がライキの頬を焦がした瞬間だった。

 声にならない声で呻き、ふたり同時に倒れ伏す。相討ちのようだ。


 アイドラルン魔剣学院、実技試験。

 異例のバトルロイヤルを勝ち残ったのは、不本意ながら僕、ナイツ・ロードウィグという結果になってしまった。



    ◇



 実技試験終了から、二時間後。

 魔剣学院の医療班によって、脱落した二千人近い受験生たちの治療が終わった頃。

 闘技場内の医務室のベッド上で、シデン・リュウソウが横になりながら、学院の教師に実技試験の結果を伝えていた。

 ベッドから起き上がることはできない。

 それほどまでに、ナイツ・ロードウィグの一撃が強烈だったのだ。


「……で、次はライキ・レイスン。あの子も合格です。階級は、『最上位階級ハイエンドランク』が妥当でしょう」

 

 魔剣学院には、実力に応じた『階級制度』がある。

 下から。



下位階級ローランク

中位階級ミドルランク

上位階級ハイランク

最上位階級。

神位階級ゴッドランク

英位階級ヒーローランク



 となっている。

 学院在学中に実力が上がれば、何階級でもアップすることができる。

 また。この階級は学院卒業後にも、様々な方面で役立てることができる。騎士団への入団時には実力の指針になるし、冒険者にとっては依頼主からの信用の証になる。


 と。シデンの報告に、ベッド脇に立つ教師が驚きに目を見開いた。


「に、入学していきなり最上位!? そ、それほどの実力だったのですか、その受験生」


「あの子はたぶん、俺よりも強い雷使いになります。雷の使い方が天性のソレだ――そして、ライキくんと戦った『サミア・ピーチライズ』、彼女も合格です。階級も『最上位階級』がいいと思います」


「ピーチライズ家の子ですね。まあ、血筋からすればこちらは妥当な階級ですね……ちなみに、実力のほどは?」


「まだまだ荒削り、としか。【赤の血統レッド・ライン】の重圧を撥ねのけようと、自分の個性を見つけてきている印象がありますが……ここから伸びるかどうかは、彼女次第かと」


「なるほど。今後に期待ですね」


「そして、最後のひとりが――ナイツ・ロードウィグ。あの子は」


 区切って、シデンは思わず吹き出してしまう。

 ナイツくんは、本物の化け物だったのだな、と。


「おそらく、魔剣学院の歴史を変える存在になる逸材です。俺が保証します。仮に、魔剣学院を離れたとしても、世界を揺るがす存在になることは間違いないです」


「そ、それはもはや、受験生の枠に収まっていないような……それで、その受験生の階級は」


 教師の問いに、シデンはしっかりと息を吸い、こう応えた。


「『失位階級ロストランク』です」





 各受験生たちの下に、合格通知と階級認定書が送られてきたのは、それから二週間後のことだった。

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