第19話 実技試験と階級認定(上)

 陽射しが暖かくなり始めた、三月中旬。

 僕とライキは、ミレーの慰霊碑に挨拶を済ませると、モナルーペ村の出口へ向かった。

 そこでは、タマを抱きかかえたカルラが、僕たちのことを待ってくれていた。


「忘れ物はない? ナイちゃん、ライキくん」


 ふたりして頷きで返すと、カルラは「よかった」と満足げに微笑んだ。

 僕たちの成長を噛み締めるかのようにまぶたを閉じたのち、カルラは告げる。


「ふたりなら絶対に大丈夫だよ。あまり気負わず、楽しんできてね」


「はい。いってきます、お母さん」


「任せとけよ、カルラおばさん!」


 言い置いて、僕とライキはモナルーペ村の外に足を踏み出した。

 カルラに見送られつつ、力強く歩を進める中。ふと脳内にタマの念話が届いた。


〈見せつけてやるっスよ、ご主人〉


 相棒の応援に、僕は無言で握り拳をあげて応える。

 

 ナイツ・ロードウィグ、ライキ・レイスン。互いに十二歳。

 ついに迎えた、アイドラルン魔剣学院の『実技試験』当日である。



    □



 アイドラルン。

 モナルーペ村の南東にあり、なだらかな平原に位置するこの街は『商(あきな)いの街』として有名だ。

 地元の商人は言わずもがな、南端の港町や他国からやってきた行商人が逗留し、東西南北の街や村に商品を届ける。流通の架け橋にもなっている場所だ。

 なるほど。レイスン家によく行商人が訪れるのはそのためだったのか。


 アイドラルンの関所を抜けて、街の大通りに入る。

 通りの両端に軒を連ねる店々から、怒号めいた呼び込みが飛び交っていた。

 まだ朝の九時前だというのにすごい活気だ。さすがは商いの街である。


「この坂の先みてえだな」


 隣を歩くライキの言葉に、ふと視線を坂の上に移す。

 緩やかな桜並木の先に、チラホラと受験生らしき人間が立っているのが見える。

 その奥に、赤いレンガ造りの校舎がどっしりと待ち構えていた。


 校舎の左隣には、白を基調とした横広の学生寮。

 右隣には、天井部が開け放たれた石造りのドームが建てられている。

 家にある歴史の教科書で見た、大昔のコロッセオという建物に似た造りだ。


 桜並木を上りつつ、肩に提げたバッグから一枚の紙を取り出すライキ。


「パンフレットによると、右のあれが『闘技場』らしいぜ。入学したら、あそこで実戦を想定した授業を行うんだと。たぶん、今回の実技試験もあそこでやるんだろうな」


「たしか、試験官と一対一の戦闘を行っていく、っていう流れだよね? そこで、良い戦績を残せれば無事合格、と」


「そうそう。それと同時に、魔剣学院における『階級認定』も行っちまうんだとさ。その時点では入学できるかもわかんねえのに、だぜ? まったく、横着しやがってよ」


「毎年の受験者が多いんだよ、きっと。仕方ないさ」

 

 魔剣学院の受験方法は、こうだ。

 まず、最寄(もより)の冒険者ギルドで『筆記試験』を受ける。

 その後、実際に入学したい魔剣学院に赴き『実技試験』を行う、という流れになっている。


 冒険者ギルドでの筆記試験は、ギルド職員が試験官となって試験を行う。カンニングなどの不正を防ぐためだ。

 この筆記試験は最低限の学力を問うものだったので、僕にも難なく解くことができた。

 いや。ここはしっかりと、カルラの教えの賜物、と言っておくべきか。


 ふたつの試験を一度に行わず、かつ筆記試験を各地で行うようにしたのは、生徒の住まいなどの事情を考慮してのことらしい。生徒によっては、アイドラルンに行くだけでもかなりの時間と金銭を要する者がいるからだ。

 

 いまライキが手にしているパンフレットは、今年の一月に筆記試験を受けたとき、ギルドのお姉さんから受験票と一緒に配布されたものだった。もちろん僕のバックにも入っている。


「絶対に合格しようね、ライキ」


「当たり前だ――っと、うへえ。わんさかいやがるな!」


 桜並木の終点間近。

 見えてきたのは、ひしめき合う大勢の受験生たちだった。

 魔剣学院の敷地内に収まらず、校門外の路上にまであふれてしまっている。

 正確な人数は定かではないが、モナルーペ村の総人口五百人と見比べると……おそらくその四倍。

 二千人以上はいるのではないだろうか?

 パンフレットの情報によると、新入生は毎年二百名ほど取るそうだから、倍率は10倍ほどか。


「これ全員、オレらと同じ受験生かよ……アイドラルンって、セキナトルの中でも結構田舎なはずなんだけどな」


「それだけ、魔剣学院が人気ってことだね……横着するわけだよ」


「たしかに。ひとりひとりやってたら夏が来ちまう――、おい。ナイツ見てみろよ」


 ライキに肩を叩かれ、僕は背後を振り返る。

 ブロロロ、という排気音と共に桜並木を上って来る、黒塗りの魔動車が見えた。

 家の照明同様、魔力を利用した『魔電力』で動いているという魔動車だが、実物を見るのは初めてだ。

 ライキの話では、王都にはたくさん走っているらしいけれど。


「珍しいな、こんな田舎に魔動車だぜ。いいなあ、いつかは乗ってみてえよなあ……」


「そう? 僕はなんか、怖いからいいや。鉄の馬って感じがしない?」


「たとえが古臭えよ……でもまあ、ナイツは乗った翌日とかに事故りそうだよな。わかる」


「わからないで」


 そんな会話をしていると、魔動車は坂の中腹で停車した。

 運転手が外に出てきて、丁重に後部座席のドアを開く。


「――ご苦労さま。もう帰っていい」


 出てきたのは、鮮やかなピンクの髪色をした少女だった。

 白のパーカーにスカートと、耳元にヘッドフォンと、服装は至ってカジュアルなソレだが、カナエラに近い気品さを感じる。幼さの残るふっくらとした両頬や、どこか眠たげな半目が特徴的だ。

 

 肩にかからない程度のセミロングを揺らし、少女が坂を上って来る。

 僕たちを一瞥せず、どころか二千の受験生にも視線をくべず、坦々とした足取りで闘技場に向かって行ってしまった。

 通り過ぎる間際。チラリと見えた少女の横顔は、ひどく不機嫌そうだった。

 

 と。僕たちと同じようにピンク少女を見ていた受験生ふたり組が、こそこそ話し始めた。


「なあ。さっきのやつ、【赤の血統レッド・ライン】の『分家ぶんけ』だよな?」


「ああ、たぶん『ピーチライズ家』だ。分家ってだけでも劣等種あつかいなのに、『赤』に最も遠い『ピンク』だぜ? 俺だったら生まれた瞬間に家出してるよ」


「にもかかわらず、こうして平然と受験しに来るってんだから、肝が据わってるよな」


「あつかましい、の間違いじゃね?」


「ちがいない」


 そう言って、悪辣にクスクス、と笑い合う受験生ふたり組。

 僕は不快感に眉をひそめつつ、闘技場へと歩を進める。


「……なんか、試験前に嫌な気分になっちゃったね。ライキ」


「気にすんな。モナルーペ村のみんなが特別ってだけで、あれが正しい『人間』だ」

 

 飄々と言ってのけるライキ。

 けれど、その表情はすこし苛立ちに歪んでいた。

 僕も、きっと同じ顔をしていたと思う。



    ■



 これは、カナエラと出会ったあとに歴史書で知った情報だ。

 

 ワイドパレンズ七ヶ国の王族の髪色は、それぞれ『七色』に分かれているのだそうだ。

【赤の血統】や、【青の家系ブルー・ツリー】、【緑の系譜グリーン・バック】……そういった血筋の名称に含まれる『色』は、まんまその王族の『髪色』を現していたのである。

 七色の英雄、とはよく言ったものだ。

 そして。王族の七つの髪色は『源色(げんしょく)』と呼ばれ、『魔法属性』の適正を示す指針にもなっている。



【赤の血統】は、赤色の髪。属性は『炎魔法』。

【青の家系】は、青色の髪。属性は『水魔法』。

【緑の系譜】は、緑色の髪。属性は『風魔法』。

黄の種族イエロー・ファミリー】は、黄色の髪。属性は『雷魔法』。

橙の継承オレンジ・パス】は、橙色の髪。属性は『爆発魔法』。

水色ライトブルーの軌跡・ジャーニー】は、水色の髪。属性は『氷魔法』。

紫の相伝パープル・タッチ】は、紫色の髪。属性は『毒魔法』。



 このように、それぞれの髪色で得意な魔法属性が異なる。

 

 源色は王族の色とされ、髪色が源色に近づくほど、その魔法への『適正値』が上がる。

 カナエラのような赤髪であれば、炎魔法の適正が100%。

 先ほどの少女のように、赤を薄めたピンク色なら、炎魔法適正は30%ほどになるわけだ。


 同時に――こうした髪色における魔法適正値は、『権力の強さ』も表している。

 正統王家を示す赤髪であれば、100%の権力を。

 赤髪を薄めた……薄まってしまった分家のピンク髪であれば、30%の権力を表す。


 劣等種、と揶揄やゆされていたのは、このためである。

 

 いつからか。『七色の同盟カラー・アライアンス』によって他国間の戦争は勃発せずに済んだが、逆にこうした『同族内』での差別、ないし格差が生まれてしまったのだそうだ。

 まあ。カナエラ個人は、こんな差別など絶対に気にはしないのだろうけれど。


 ちなみに。

 赤や青など色のついた髪を、『有色髪ゆうしょくはつ』。

 僕とライキのような黒髪や白髪を、『無色髪むしょくはつ』と言う。


 白と黒は自然色で、厳密に言うと色ではないことから、無色と名づけられたらしい。

 有色髪とは逆に、無色髪は基本的に魔力値が低いとされている。

 シデンやカナエラが僕の魔法に驚いていたのは、そのせいだったのだ。


 では。なぜ黒髪のライキやシデンが、雷を操ることができるのか?

 それは、彼らが『乖離性遺伝子かいりせいいでんし』を有する人間だからだ。

 これは非常にまれな遺伝子で、自身の体内から湯水のように無尽蔵の魔力を生み出すことができる。

 大気や植物など、外部に存在する魔力に頼らずに済むのだ。

 そして、乖離性遺伝子から生み出される魔力はなにかしらの魔法属性に特化している。その魔法属性にならって、その人間は『○○人間』と呼ばれるのだそうだ。

 その『○○人間』の魔法の威力は、王族の魔力にも匹敵するとされている。

 つまり。ライキとシデンは王族でもないのに、雷属性を有する黄色髪の正統王家――【黄の種族】と同レベルの雷を操ることができる、というわけだ。

 ほぼ反則チートである。


 まあ。

 千本の杖を備えている僕も、反則といえば反則なのだけれど。



    □



 闘技場前。

 受付の教師に受験票を手渡すと、持っていく武器を選択しなさい、と、背後に陳列されている大量の木製武器を指してきた。

 剣はもちろん、槍や斧、杖まで置いてある。これらは試験専用の武器なのだろう。

 僕とライキは迷わず木剣を選び、闘技場内に足を進めた。


 受験生で混み合うホールから、石造りの古びた通路へ。『南口』と書かれた入場口から、試験会場であるメインフィールドに出る。

 四千人は楽々収容できるであろう広大な空間に、砂と土の入り混じった殺風景な地面が広がっていた。

 そのフィールドを囲うようにして、周囲には階段状の観客席が円形に伸びている。まさに闘技場然とした様式だ。

 

 二千を越えるほかの受験生たちは武器を手に、そこかしこで退屈そうに時間を潰していた。 

 一際目立つあのピンク髪の少女も、ポツンとひとりで佇み、周囲の観客席を眺めている。

 少女が手にしている武器は、短剣だった。

 近接タイプなのか、魔法を併用して戦うタイプか。どちらにしても珍しい。


 そうして僕が観察していたからか。ピンク髪の少女がつい、と僕のほうに視線を向けた。

 僕は思わず視線をそらし、隣り合うライキに話しかける。


「そ、それで、このあとはどうなるの? ライキ」


「たぶん、オレらと戦うことになる試験官が来るはずだけど……まだ来てねえみてえだな」


「時間的には丁度いい頃合いだよね。なにか急用とかで遅れてるのかな?」


「どうだろうな。まあ、気長に待ってりゃあそのうち――」


「――はーい、全員注目ー」


 と。

 どこか聞き覚えのある、なんとも気怠そうな声が、北口上部の観客席から聞こえてきた。


 見ると――そこにいたのは、あのシデン・リュウソウだった。


 相変わらずの無精ヒゲと、だらしなく着崩された制服姿。目元にはもはやシンボルマークとなっている黒魔布くろまきんが巻かれている。

 意外な旧知の登場に、思わず言葉を失う僕とライキ。

 アイドラルンにいることに疑問はないけれど、なぜ騎士団の副団長がこの実技試験に?

 同じように、受験生たちにも驚きの波が広がっていた。


「おい嘘だろ……あれ『雷光のシデン』じゃねえか! 【白愛はくあいの魔女】を退けた『神位階級ゴッドランク』の神童が、なんでこの試験に!?」


「わかんねえ……も、もしかして、あの人が今回の試験官を務める、とか?」


「い、いやいやいや! 全員一瞬で落第だろそんなん! 勘弁してくれよ!」


 こちらの驚きは、僕たちとはすこし別種のもののようだった。

 ザワつく受験生たちを見下ろしながら、シデンはあくびを挟み、面倒くさそうに言う。


「えー、はじめましてみなさん。俺はここアイドラルンの騎士団で副団長をしている、シデン・リュウソウ、と言います。今回、ちょいと個人的な『約束』があってね。学院の先生に無理言って、今実技試験の試験官を担当させてもらうことになりました」


 どよめく二千人。

 個人的な約束って、もしかして……。

 両手を上げることで会場のザワつきを抑え、シデンは続ける。


「なので、今回の実技試験は、従来のものとはすこし趣が変わったものになります……まあ、強さを証明すればいいっていうことに変わりはないから、そこは安心していいさね。じゃあ、いったいどんな試験なのか?」

 

 区切って、シデンはふと僕とライキのほうを見やり、不敵に笑った。

 やっぱり。あの人、僕たちの存在に気付いている。


「俺がひとりひとり相手にしていくってのも悪かないが……それじゃあ、。そこで、きみたちには『バトルロイヤル』をやってもらおうかと思ってね」

 

 二千人が絶句した。

 なかなか拝める光景ではない。

 観客席の手すりに肘を乗せ、頬杖をつきながら、シデンはニヤニヤと楽しそうに告げる。


「面白そうだろ? 隣にいる受験生すべてが敵になるのさ。ルール不要のガチバトルだ。近接攻撃、魔法、なんでもアリ。このフィールド内ならどこに行ってもOK。武器もなんでもアリ。相手の武器を奪ってもいいぜい。ただし、ルール不要とは言っても、人殺しは即刻失格だから気をつけてな」

 

 しかし、それではいったい誰が自分たちの実力を測るのか?

 受験生たちの無言の疑問に、シデンは「ああ」と思い出したかのように。


「安心してくれていいぜい? 二千人ひとりひとりの実力は、ちゃんとこの魔眼で視通すからな。たとえほかの受験生の攻撃で運悪く脱落しちまっても、才能のある受験生ならしっかりと合格させるさね。階級認定も、俺がキッチリ見定める……さて、というわけで、だ」


 言いながら、シデンが体勢を戻し、スッ、と両手のひらを胸の前に掲げた。

 僕とライキは無言で頷き合い、腰を浅く落とした臨戦態勢に入る。

 周りの受験生は、いまだ信じられないといった顔で棒立ち状態だ。

 いや、ちがう。

 ただひとり、僕たちと同じように、ピンク髪の少女が戦闘準備に入っていた。

 そんな僕たちを見て、シデンはわずかに微笑むと、大きな声でこう叫んだ。


「楽しい楽しい、実技試験の開始だッ!!」


 パン! と。

 渇いた手のひらの音を合図に、僕とライキは木剣を振りかぶり、近くの敵向けて走り出した。

 これまで培ってきた鍛錬の成果を、この二千人にぶつけるために!

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