第12話 ゴブリンの夜(5)

「いまの落雷みたいな音と稲光……シデンさんの雷撃? ということは、あっちのゴブリンはもう片付いたのかな?」


「ナイツ、後ろッ!!」


 ライキの叫びが届く前に、僕は身体を半回転させ、背後に迫っていたゴブリンの首をはねた。

 いまので、132体目。

 この調子なら、シデンさんが来る前に終えられそうだ。


 僕自身の身体も驚くほど軽い。前世の鈍くさい僕がまるで嘘のようだ。

 これまでに培った鍛錬の成果がダイレクトに剣筋に現れている。

促進の杖プロモーション】と【限界突破の杖リミットブレイク】の恩恵におごらず、努力を積み重ねてきた結果だ。


 草地を転がるゴブリンの頭部を蹴り飛ばし、後退して、ライキと背中合わせになる。


「す、すげえな、ナイツ……せ、背中に目でも、つ、ついてんのかよ」


「ゴブリンは気配が大きいからね。これぐらいは簡単にできるよ――それより」


 一息ついて、僕は周囲を見回した。

 五メートルほど離れた場所から、僕とライキを囲うようにして、七百体以上のゴブリン共がこちらを睨んでいる。

 僕らを無視し、領主館に向かうようなゴブリンはいなかった。

 コイツらの習性は、人海戦術で標的を一気に叩くこと。

 つまり、数を減らせば劣勢になると自覚しているのだ。

 

 が。考える力がないわけではないのだろう。最初こそ一心不乱に突進してきたものの、僕らが一筋縄ではいかない相手だと気付くと、一定の距離を空けて様子見をするようになった。

 それが、現在のこの状況である。


「まばらに攻撃を仕掛けてくるのも、まだるっこしいね。わざと小分けにして僕たちの戦力を測ってるんだろうけど、これじゃあ一度に数体しか倒せない。それに」


「ハァ……ハァ……あ? ど、どうした? ナイツ」


「……いや、なんでもないよ」


 そろそろ、ライキが限界に近い。

 やはりライキは天才で、急な実戦にもすぐに順応した。僕が守る必要なんてないほどに、ゴブリンたちを一匹一匹、確実に仕留めていった。

 が。はじめてのモンスター殺しと襲い掛かる死の緊迫感の連続に、ライキの精神はひどく磨耗していった。体力の限界も近い。

 事実、ライキの短剣を握る手がプルプルと震え始めている。


「杖の能力を隠し通せるのもここまでかな……まあ、ライキの安全には代えられないか。ライキとの共闘が楽しくて、ちょっと引き伸ばしすぎちゃった」


「んあ? な、なんだ……いま、なにか言ったか? ナイツ」


「ライキ。ちょっと驚かせるけど、ゴメン」


「は? お、驚かせる?」


「耳をふさいで!」


 叫び、僕は大きく息を吸い込むと、【威圧の杖ホーン】の能力を発動させた。

 僕の口から発せられる大音波。森の樹々が揺れ、地面の土までもが微震する。

 耳を塞いだまま目を見開くライキ。

 ゴブリンたちの挙動が強制的に停止した。

 その隙を突き、僕は前方のゴブリンの群れに向けて、右手をなぎ払う。


「【火焔の杖ファイア】ッ!!」


 ボオオオオオォウウゥッッッ!!


 地獄を思わせる灼熱の業火が、ゴブリンたちを呑み込んだ。

 闇を煌々と照らす大火焔は広場の半分を燃やし尽くし、その高さは五メートルにもおよんだ。

 離れた場所にいる僕とライキの肌が、あまりの高熱にチリつく。

 

 ゴブリンたちの絶叫が響く中。僕は右手に残る火の粉を振り払う。


「20%の力で充分だね。これなら、10%ぐらいでもよかったかもしれないな」

 

 パチン、と指を鳴らすと、前方の炎がパッと消えた。

 同時に、炭化したゴブリンの死体がその姿を現した。

 その数、およそ500。

 広場にフワッ、とやさしい夜風が吹いた途端、それら炭の死体はボロボロとその場で砕け散ってしまった。

 残りのゴブリンたちは、呆気に取られたような顔で仲間たちの死体を見つめている。


「これで三分の二は片付いたかな。大丈夫? ライキ」


「な、ナイツ……い、いまのすごい炎魔法……それに、さっきの大声も」

 

 困惑気味のライキ。まあ、親友が突然とんでもない大声を出して、あんな大火焔を放ったら誰でもこうなるか。

 この際、様々な能力が使える事実はバレてもかまわない。

 だが、千本の杖と一緒に転生したことまでは話すべきではないだろう。

 それこそ、余計な混乱を招くだけだ。


「ああ、えっと……な、なんか気付いたら使えるようになっててさ。試しにと思って使ってみたんだ。いままで黙っててゴメンね?」


「け、剣術だけじゃなく魔法の才能まであるとか、天は二物を与えたってのか!? うらやましい! でもナイツすげえ!」


「そんな大げさな……というか、よかった」


 僕の魔法への驚きが死の緊迫感を薄めたのか。ライキの精神的負担は和らいだようだった。


「? よかったって、なにがだ? ナイツ」


「いや、こっちの話――ともあれ。残りをさっさと片付けて帰らないと。さすがにもう、領主館にいる人たちも僕とライキがいないことに気付いてるだろうからね」


「そ、そいつはマズいな……父さんにまた叱られる」


「僕もお母さんに怒られそうだ。あはは、でも」


 区切って、僕は短剣を握りなおし、たじろぐ残党ゴブリンを見据えた。


「村のみんなを守れるなら、それでいい!」


「まったくだッ!!」


 ふたりして駆け出し、ゴブリンの群れを駆逐していく。

 ときに斬り、ときに炎魔法を放ち、ときに共闘で撃破する。

 僕とライキの息の合ったコンビネーションに、ゴブリン共も戸惑いを隠せずにいるようだった。


 そうして。ゴブリンも残り20体にまで減り、ようやくこの夜の終わりが見えてきた。

 

 そのときだった。


「――いつまでやってるブヒかぁッ!!」


 地底を這うような濁った低音が、森の奥から轟いた。

 思わず討伐の手を止め、森に視線を向ける僕とライキ。

 残ったゴブリンは肩を震わせ、その場に立ち尽くしている。


「さっさとポークの前に餌を持って来いと言ったブヒよね!? 今時のゴブリンは命令のひとつも果たせないブヒか!」


 ドシン、ドシン。


 重々しい足音と共に森の深淵から現れたのは、全長3メートルはある中型モンスターだった。

 垂れ下がった耳に、特徴的な豚鼻。口からは鋭い逆さ牙が露呈している。

 豚という食に従順な種族にかかわらず、その体型はひどく痩せこけていた。

 腹部はヘコみ、分厚い皮膚がダルンダルンに垂れている。あばら骨も浮き出してしまっていた。肌はくすんだピンク色で、ところどころ傷ついている。


 それはまるで、長い年月を……二千年近い年月を、生きてきたかのようだった。


「嘘だろ……」


 僕は唖然とつぶやく。

 あの外見。あの声。あの口調。あの特徴的な一人称。

 間違いない、アレは――


の再誕を祝して、ポークも万全の状態に仕上げなきゃいけないというのに……もういいブヒ! あとはポークひとりで人間共を殲滅してやるブヒよッ!!」

 

 右手に持った巨大なバトルアックスを、ガシン! と肩に乗せる豚モンスター。

 と同時に、たるんだ腹からグゴオォォ、とデカい空腹の音が響いた。


 二千年前。勇者討伐記念祭りを開いていた、あの玉座の間での光景が甦る。

 あの、魔王軍特攻隊長を務めていたオークキングが、僕たちの前に立ちはだかった。

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