第27話 エピローグ
王都セキナトルの中心部にある王城。
豪奢で煌びやかなその城内を、優麗な赤髪の少女が歩いていた。
少女の名は、カナエラ・レッドフィル。
セキナトルの現国王の娘にして、ワイドパレンズで六人しかいない『
「あ、やっと見つけました! お待ちください! カナエラ様!」
と。カナエラの後ろから、専属の女付き人が小走りで駆け寄ってきた。
カナエラは歩みを止めることなく、面倒くさそうに口を開く。
「雑務なら後で済ませる。父の呼び出しなら無視してかまわない。いまボクは、剣の鍛錬に向かう途中なのだ。邪魔しないでくれ」
「ち、ちがいます! ご報告しなければいけないことが……かねてよりお申し付けのあった、アイドラルン魔剣学院に関する情報です!」
「――アイドラルンの?」
ピタリ、と足を止め、カナエラは背後の付き人を振り返った。
二年前。モナルーペ村から帰還した直後、カナエラは『アイドラルン魔剣学院を常に監視し続けろ』と城の配下に命じていた。
理由は無論、自分を倒した『あの少年』の動きを、いち早くキャッチできるようにだ。
「それを早く言うのだ。それで、なにがあったのだ?」
「て、手のひら返しがすごいですね……あ、いえすみません、睨まないで! え、えっと……つい二日ほど前のことなのですが」
――付き人曰く。
アイドラルン魔剣学院に、『サーチ・ダルム』と名乗る侵入者が突如として現れ、教員一名を殺害した。
教員の担当であった1-Bの生徒たちの証言によると、侵入者は規格外の魔力を有しており、周辺の人間は立っていることすらできないほどだった。
自身を魔王ガルランテと名乗っていたそうだが、生徒たちは魔力にアテられて意識が朦朧としていたので、真贋は定かではない。単なる聞き間違いだったのかもしれない。
そんな埒外な侵入者を、ひとりの生徒が
無色髪でありながら『
校舎からその様子を見守っていた教師は、白銀の剣聖を見た、と証言している。
その後。侵入者はボロボロの身となって撤退、魔剣学院の安全は守られた。
――と、いうことだった。
「殺された教員、ミハエルは『
「ナイツ・ロードウィグ」
カナエラが先読みして答えると、付き人はわずかに驚きながら。
「せ、正解です。よくご存知で。もしかして、お知り合いでしたか?」
「二年前にすこしな。白銀の剣聖……そうか、そこまで上り詰めていたか、ナイツ少年」
言葉だけで人間を爆死させる。ただ魔力値が高いだけでは到底できない神業だ。
それをいとも容易く行う侵入者を、ナイツは退けてみせた。
その実力は、二年前とは比べ物にならないと見て間違いないだろう。
「楽しくなってきたのだ。これで、ボクの悲願も達成できるかもしれない」
「? あ、あの、カナエラ様……?」
「アイドラルン魔剣学院の監視はもういい。代わりに、ナイツ少年に伝言を頼むのだ」
歩みを再開させながら、カナエラは芯の通った声音で紡ぐ。
ギュッ、と握った右拳から、闘志の炎が燐と舞った。
「『サーチ・ダルム事件』の功労者として、ナイツ・ロードウィグをセキナトル魔剣学院の交換留学生として招待する、と」
□
「お断りします。僕はただ、降りかかる火の粉を払ったに過ぎないので」
それでは、と頭を下げて、僕は早々に学院長室を後にした。
まさか授業中に呼び出されるとは……カナエラさん、相当本気みたいだな。
廊下をしばらく歩いていると、階段の手すりでタマが待っていた。
〈なんの話だったんスか? ご主人〉
〈セキナトルの魔剣学院に交換留学生として来ないか、って話。なんか、カナエラさんが今回の事件の話を耳にしたらしくて、うちの学院長に直々に話を持ちかけたみたい……本当、期待は程々にしてくれって言ったのになあ〉
〈……ご主人。その話、ちょっと受けてみないっスか?〉
〈え? タマ、セキナトルに興味が?〉
〈セキナトルに、というより、セキナトルにある『建造物』に、って言ったほうが正しいっスかね――すこし気になることができたんスよ〉
〈気になること?〉
〈順を追って話すっスね〉
区切って、タマは僕の左肩に飛び移ると、真剣な声音で続けた。
〈まず大前提の話っス。オイラたちは転生の儀を使って二千年後に転生した。その際、オイラとご主人は密着していたから、千本の杖の能力が半分に分割された。また、物理的に近い距離にいたから、転生後も近くに産み落とされた――ここまではOKっスか?〉
〈? うん、もちろん〉
〈ここで、二日前のガルランテの台詞を思い出してほしいっス。『まさか、お主らまでもが転生していたとは』。続けて奴は、『魔力値が二分の一に減っていたから、二年ほど山に引きこもった』とも言っていたっス〉
〈そうだね。たしかにそんなこと言ってた〉
〈これ、おかしくないっスか?〉
二階の踊り場に差しかかった辺りで、タマはその語調をさらに強張らせる。
〈ガルランテの魔力値が『二分の一』になったのって、いったい誰の仕業なんスか?〉
〈え……それは、えっと、魔方陣に入った僕たちのせい?〉
〈それなら、ガルランテの魔力がオイラたちにも分割されてないとおかしいっス。同時に、千本の杖の能力が三分割になって、ガルランテにも能力が与えられていないとおかしい――でも、オイラたちにガルランテの魔力は分け与えられず、ガルランテにもまた、杖の能力は備わっていなかった〉
〈……転生の儀における物理的な距離が、魔力や能力の分割に関係している証拠だね。離れていたら、力は分散されない、と――――え?〉
そこで、僕は思わず足を止めた。
タマの言わんとしていることが、朧気に理解できたからだ。
僕の反応を見て、タマは無言で首肯。話を再開した。
〈ご主人。転生する間際のこと、覚えてるっスか? あのとき、まばゆい光の中でガルランテはこう言ったんス。『誰かそこにいるのか?』って――これ、誰に言ったものなんスかね?〉
〈それは、もちろん僕たちに……いや、でも、あのときガルランテは、転生前で意識が飛びかけてたはず。そんな状態で、僕たちの存在に気付けるとも思えない〉
〈そうなんスよ。なにより、あのタイミングでオイラたちの存在に気付くのなら、その前の扉を『バン!』と開いた瞬間に気付いてるはずっス。そのあとにも、オイラたちの驚きの声や、ご主人が千本の杖をこぼす物音、謝罪の声だってあった。気付くタイミングは、ほかにいくらでも用意されてたんスよ〉
〈……ガルランテは、そもそも僕たちの存在に気づいていなかった?〉
〈そう。だからこその、二日前の『まさか、お主らまでもが転生していたとは』っていう台詞なんスよ。二日前に会うまで、ガルランテはオイラたちの転生にすら気付いてなかったんス〉
〈でも、じゃあ転生間際のあの問いかけは、いったい誰に……〉
〈『四人目』〉
曖昧だった僕の推測を、タマのその発言が鮮明に形取っていく。
〈あの転生の儀の魔方陣の中には、ご主人、オイラ、ガルランテ――そして、見知らぬ四人目がいたんスよ〉
〈……ッ、でも、そんな人影はどこにも〉
〈オイラたちは宝物庫の入り口付近でドタバタしていただけで、台座の裏側までは確認していない。ガルランテの『そこに誰かいるのか?』っていう台詞も、だから台座の裏に隠れていた四人目に対するものだったんスよ――おそらく、その四人目は転生間際、ガルランテの手かなにかに触れたんス。その瞬間、ガルランテは『誰か』の存在に気付いたんスよ。音や視覚よりも、触覚に訴える行動のほうが、意識は目覚めやすいっスからね〉
寝坊している人間を起こすとき、誰でも身体を揺らす。
そうしたほうが、より意識が覚醒しやすいからだ。
それと同じ原理で、ガルランテは自分に触れる『誰か』に気付いた。
見知らぬ、四人目の存在に。
〈そうして、オイラたち『四人』はこの二千年後に転生したんス。ご主人とオイラは、千本の杖の能力を備えて。見知らぬ四人目は、ガルランテの魔力の半分を有した状態で〉
〈ッ……、あんな強大な魔力を、半分も!? もしその四人目が、人間を憎んでる奴だったとしたら……〉
〈今回の事件みたいなことが起こり得るっスね。でもまあ、そこはいまのところ心配ないと思うっス。転生してから、もう十二年経ってるっスからね。事件を起こす気なら、とっくに起こしてる頃合いっス。それこそ、ガルランテみたいに〉
〈四人目は、ガルランテよりは戦闘狂じゃない、ってことか……〉
〈でも、野放しにするのもリスクが高いっス〉
たしかに。ガルランテは転生先の村人を皆殺しにしている。
四人目がなにかのきっかけで怒り狂えば、同じことが起きかねない。
〈だから、オイラはセキナトルにある建造物――『魔王城跡地』に行ってみたいんスよ。家にあったガイド地図によると、当時の状態をそのままに維持して残されてるみたいなんで、宝物庫もちゃんと残ってると思うんスよ〉
〈そこで、四人目の手がかりを探す、ってこと?〉
〈その通りっス。オイラたちの平穏を守るためには……ひいては、カルラの安全を守るためには、必要な調査だと思うんスけどね〉
〈……その言い方はズルいよ、タマ〉
〈ニヒヒ。それで、どうするっスか? ご主人〉
意地の悪い笑みを湛えて、タマがこちらの顔を覗きこんでくる。
ここまで煽られて断るなんて、さすがの僕にもむずかしい。
なにより。タマの言う通り、カルラの安全を確保するためには、不穏分子は特定しておくに限る。
止まっていた足を動かし、階段を上りながら、僕は言った。
〈交換留学生の話を受けるよ。一緒にセキナトルに行こう〉
窓から差し込む陽射しが、僕たちスライム剣士の背中を焦がす。
〈四人目の転生者を、探すために〉
第一章 完
――――――――
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スライム剣士と千本の杖 秋原タク @AkiTaku
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