第07話 雷の少年
カルラと『家族』になったあの日。
家に帰った途端、タマが〈ご主人、【
慌てて文献を確認してみると、千本の杖の知識が新たに解放されていることに気付いた。
カルラの『大きな感情の揺れ』に感化されて、僕の感情も揺さぶられたらしい。
顔がボロボロになるほど号泣していたせいで、ガラスの破砕音に気付けなかった……いや、『大きな』感情の揺れなのだから、普通は気付けなくて当然なのかもしれないけれど。僕も案外、感情的な性格だったみたいだ。
さておき――新たに解放された杖の知識は、『五本』。
【
能力:対象の身体速度を5倍上昇させる。
【
能力:対象の全身に魔力の
【
能力:大音波を出し、複数の対象を威嚇する。
【
能力:対象を回復する。
【
能力:任意の対象のサイズを、大小自由に変化させることができる。ただし、生物は不可。
五本目の【拡大縮小の杖】は、タマの推測の中で情報だけは知っていたけれど、実際に知識が解放されていたわけではなかった。
地味に便利な能力だと思っていたので、今回解放されたのはありがたい。文献を小さくして持ち運ぶこともできるようになる。
〈【俊敏の杖】と【回復の杖】は汎用性があるっスけど、【緊縛の杖】と【威圧の杖】は限定的っスね。応用を利かせる必要がありそうっス〉
〈だね。なんにせよ、この五本もきっと【
〈ニヒヒ。でも、こうやって力が増えていくのって、ちょっと楽しくないっスか?〉
〈楽しい。借り物の力だけど、強くなれるのはワクワクする〉
魔王城では底辺の下っ端だったから、というのもあるだろう。
強くなれるかもしれない、という期待に、僕の胸は
〈それに、僕には強くならなくちゃいけない理由もできたからね。力が増えるのは嬉しいよ〉
〈理由? なんスかそれ……あれ? っていうかご主人、なんか目元が腫れて〉
〈さあ、晩ご飯だよ。タマ〉
言って、僕はタマを抱きかかえて、リビングに移動する。
からあげの美味しそうな匂いに、僕の胃袋がぐぅ、と悲鳴をあげた。
〈明日からのトレーニングに備えて、まずはお腹いっぱい幸せになろう〉
□
二年後。
七歳になった僕は、いつもの原っぱでお手製の木剣を振っていた。
前世でやっていたような、スライム剣士の連携を前提とした鍛錬ではなく、『個』を主体とした剣術の鍛錬だ。まさか猫のタマにまたがるわけにもいかないからね。
身長は120センチを越えたけれど、七歳児の身体はまだまだ骨格ができあがっていない。身体を痛めないよう、適度に力を抜いて鍛錬を行っていく。
ちなみに。
僕が剣士の道を目指していることを、母のカルラは容認してくれている。
どんな心境の変化か。ある日突然、「剣士でも冒険者でも、ナイちゃんの進みたい道を進んでいいよ」と言ってくれたのだ。
本当の家族になれたことで、息子である僕のことをより信頼してくれた証なのかもしれない。そう考えると、不思議と素振りのスピードが速まるような気がした。
……いや、気のせいじゃないな、コレ。
〈ご主人。なんか剣を振るスピード、前より速くなってないっスか?〉
〈うん、僕もいまそう思ってた〉
素振りを始めてまだ一ヶ月しか経っていないのに、スピードが確実に速くなってきている。
これが【
〈おまけに、【
〈あはは。そんなバカな〉
ズバァンッ!!
鋭い斬撃音と共に、樹が真ん中からズズズ、と真一文字に分断された。
真っ二つになった樹を見つめながら、僕は呆然と口を開く。
〈……どうしようタマ。僕、自然破壊しちゃった!〉
〈着眼点そこッ!?〉
□
両断してしまった樹を【拡大縮小の杖】で小さくし、近くの森に供養すると、僕たちは正午を迎える前に帰宅の途(と)についた。
最近、モンスターが人里に降りてきて、民家の食糧や荷車を襲う事件が相次いでいるため、カルラに「いつもよりも早く帰るようにね」と念を押されているのだ。
数十分後。自宅に到着した僕は、木剣を納屋に置いてから玄関の扉を開けた。
「お母さん、ただいま帰りました」
「お、ようやく来たか!」
聴こえてきたのは、カルラのソレではなく、そんな
リビングに向かうと、そこにはソファの上であぐらをかく、褐色肌の少年がいた。
ツンツンとした黒髪に、鋭い
なにより印象的なのは、左手首に光る金属製の『黄色の腕輪』。
いまにもズレ落ちそうなほどブカブカなソレは、少年の手首の二回り分ほど大きい。完全にサイズが合っていない。事実、少年は何度も腕輪の位置を調整している。
大人の女性の手首ぐらいで、ちょうどフィットするサイズだ。
おシャレで着けているわけではないよな、たぶん。
さておき――そんな一目で金持ちのお坊ちゃんとわかる身なりだが、あぐらという品のない姿勢のせいで、どこかガキ大将のような印象も受ける少年だった。
「遅かったじゃねえか。待ちくたびれたぜ、ナイツ!」
「え、あ、ゴメンなさい……?」
「ナイちゃん、おかえりなさーい」
と。台所で昼食を作っていたカルラが、エプロン姿でこちらにやってきた。
「お、お母さん。この子は?」
「紹介するね。この子は『ライキ・レイスン』、ナイちゃんと同じ七歳。私がお世話になってるレイスン家の跡取りさんで、ミレーちゃんの大事なひとり息子。お母さんに似てヤンチャで、ちょっと口が悪いかもだけど、根は素直でやさしい子だよ」
「ミレーさんって、あの慰霊碑の……」
そういえば慰霊碑の前で、『大人になって〝子供〟ができてからは、ミレーちゃんもおとなしくなった』とかなんとか話していたっけ。
その子供が、このライキという少年なわけだ。まさか同い年とは。
「事前にナイちゃんの話はしてあって、ふたりを会わせようともしたんだけど、ライキくんは家を継ぐための勉強が忙しくってね。会わせたくても会わせられなかったんだ――でも、その勉強もようやく一段落して休めるようになったから、今日はその休みを利用して家に連れてきたの。いやあ、こうして会わせる機会をずっと窺ってたんだよねー」
「なるほど、そういうことだったんですね……」
「それで、どう? ナイちゃん。急だけど、ライキくんとお友達になってくれないかな? お屋敷で勉強尽くしだったから、ライキくん、まだ友達らしい友達もいないんだ」
「もちろん。僕なんかでよければ、ぜひ」
「本当か!?」
嬉々として立ち上がり、テテテ、と小走りでこちらに駆け寄ってくる少年――ライキ。
瞳をキラキラと輝かせて僕を見つめてくる。背丈は同じくらいだけど、なんか子犬みたいだ。
「本当に、本当にオレの友達になってくれんのか?」
「う、うん。これからよろしくね、ライキ」
「やったー!! 今日は最高の日だ! これからよろしくな、ナイツ!」
「あはは、大げさだなあ」
笑い合い、お互いに握手をしようと右手を伸ばした。
そのときだ。
バチンッ!! というスパーク音と共に、僕の右手に一瞬の痛みと電流が走った。
これは、静電気?
「あ、悪い。放電すんの忘れてた!」
言って、ライキは左手首の金属製の腕輪を両手で握り、おそらくは体内の放電を済ませると、「アハハ!」とあらためて僕の右手を握った。
「オレ、昔っから電気を溜めやすい性質なんだ! 悪かったな、怪我してねえか?」
「う、うん。大丈夫だよ……不思議な性質だね」
「アハハ、本当になー! 父さんの話だと、オレみたいな性質の人間は『雷魔法』に特化してんだってさ。モナルーペ村では、ふたり目の『雷人間』らしいぜ――まあ、とにかく! あらためてよろしくな、ナイツ!」
「うん、こちらこそ」
握った右手をブンブン、と嬉しそうに振り、ライキは満面の笑顔を湛(たた)える。
こうして。
僕は掛け替えのない親友、ライキ・レイスンと出会った。
この少年が、のちに『雷帝(らいてい)』と呼ばれる大英雄になることを、このときの僕はまだ知らない。
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