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 さて僕らが進学して少し経った5月、検診のために帰省したお母さんから「今の店舗で産休に入り育休中に転勤、今後は実家で同居する」旨を知らされた。

 なるほどそりゃひとり娘だし順当だよ、けどそうなれば桃ちゃんとのデートは更に難しくなるかもしれない。旧成人年齢である20歳を過ぎればとぼんやり考えていたけど僕も国家試験とかあるし就活だってある。

 桃ちゃんのお母さんが戻って来るまでになんとか…終わらせておきたい、そう強く思った。


 だって赤ちゃんが生まれれば小笠原家は赤ちゃん中心の生活になる。それは生活様式だけではなくて何かにつけて可愛がったりお世話をしたり抱っこして離さなかったり僕との触れ合いよりそちらを優先するに決まってる。親に用事があれば子守をしてリビング中心の生活になって、僕がバルコニーに居たって気付かなくなるんだ。

 だって桃ちゃんはきっと子煩悩な良い姉になるんだ。更に学業ももっとやるべきことが増えて僕は相手にされなくなる。

 僕は2年で卒業だけど桃ちゃんは3年制で僕が働き出した頃には実習やら何やらでお互いバタついているに違いない。



 そんなことがあっての、8月だ。

 これはもう決めるしかない、僕は夏休みに入ってすぐのデートで桃ちゃんにアプローチをかけた。


「どしたの?源ちゃん」

個室ランチの店でガチガチに固まる僕にお冷を差し出して、桃ちゃんは小首を傾げる。

「あのー」

「疲れてる?」

「違う、………単刀直入に言う、モモちゃん、エッチ、しよう」

「エッ⁉︎………は、源ちゃん、それ、今日ってこと?」

桃ちゃんは喜びよりも驚きと困惑をたたえた顔で僕を見て、唇を噛み込んでもじもじとメニュー表を指でなぞる。

「違う、桃ちゃんの体調…その、妊娠する可能性が一番低い時、で…どうしても昼間になっちゃうからムードとか無いかもしれないんだけど…色々考えたんだ、今しか…この夏しかないって」

「そう、かなァ?」

「そうだよ、昼間にまとまった時間が取れて予定が組み易い、実習とかが入ってくると忙しいし…赤ちゃんが生まれたらそっちに集中しちゃうでしょ」

「そうかも」

「自分で宣言したことだけど、マジで辛かったんだ…何回モモちゃんが夢に出て来たか…お母さんが里帰りする前に…今じゃないとチャンスが無い。何があったって責任は取る……僕のものになって、」


 まるでプロポーズだ、でもそう捉えてくれたって構わない。

 僕は桃ちゃんに出逢わなければ一生女性に縁なんて無く朽ちていくつもりだったんだ…もしもの話なんて不毛だし僕らが遭遇したのは乳児の時だからそもそもの仮定が破綻してるけど、本当にそう思ってる。

 たまたま家が隣に生まれるっていうイベントは僕にとっての一生分の運を使い果たすくらいの果報だったんだ、僕の異性に対する物差しは『桃ちゃんか否か』の目盛りしか付いてない、これは大袈裟じゃない。


 そんなことをごにょごにょ伝えてハッと我に返ったら桃ちゃんは真っ赤な顔で僕を見ていて、

「なら…ご飯食べたら…行こう?今日…大丈夫な日だから…」

と僕の震える手を握ってくれた。


 その後の食事の味は憶えていない。僕が記憶に残したのはホテルでの桃ちゃんの可憐さと数年ぶりに上書きされた彼女の裸と…これまでで一番可愛くて愛しい声で呼ばれた僕の名前、それだけだ。




おしまい

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