23

 信号ひとつ渡った先のコンビニで私達は夕食とお菓子を買い込んだ。


「ねェ、源ちゃんって隠れてお酒呑んだことある?」

「無いよ、僕あの匂いダメなんだ、日本酒とかのむあっとした匂い」

「へェ、お母さんはお酒好きだからさ、私も呑めるようになったら晩酌とかしてみたいんだ」

「コーラで良ければ僕もご一緒したいね」

 大人の目が無いからといって未成年飲酒するほど酒に興味も魅力も感じない。それぞれに味違いの炭酸飲料を選んでカゴへと入れる。まぁそもそも年齢確認で引っかかってしまうので買えもしないとは思うのだが。

「源ちゃん、電子レンジは無かったよね」

「ロビーにはあったし、ここで温めてもいいし」

「そっか」


 地元でも食べられるはずのパスタを買って温めて、大きな袋を提げてまたホテルへと戻る。この頃には太陽が濃いオレンジになって空も淡く色がグラデーションに変わっていて、これも地元と同じだねなんて話をした。


「到着…どっちで食べる?」

「んー…僕の方にしようか」

「うん、お邪魔します」

「……ドアストッパー挿して隙間開けとこうか?」

「なんで?変な人が覗いてきたら怖いじゃん、閉めてよ」

「あー、そう、」

 私は彼の真意が読めず呆れ顔をさせ、洗面所からケトルへ水を取りスイッチを入れて椅子へと座る。

「ケトルに直接うどんとか入れて熱して、ダメにしちゃう人がいるんだって」

「それは悪いね…モモちゃん、冷めるから食べなよ」

「うん、ごめんね、先にいただきます」

 安定のナポリタンはきっと地元でも同じ味。買い食いをする機会が無いから知らないけれど、たまに買って食べてもいいなと思える味だった。


 1分少々でケトルは沸騰して、源ちゃんはカップうどんへと湯を注いでベッドの枕元に近い方へ腰掛ける。

「源ちゃん、それも地元で買えるじゃん」

「…知らないの?東西で味が違うんだよ」

「そうなの⁉︎見たい!」

「あと5分待ってね」


 麺がふやける間に私はパスタをほとんど食べ終わり、予備で買ったウインナーロールに手を掛けた。


 おおよそ5分が経過すると麺を底から混ぜて、

「おー…見て、」

と源ちゃんがカップを私へと差し出す。

「……おつゆ…薄くない?」

「色はそうだね。…………うん、味は付いてる、美味しい」

「ひと口ちょうだい」

「…先に言ってよ……はい、」

「ん、…………薄い…けど…美味しい」

 一般的に関東のつゆは鰹ベースで濃口醤油を使うので色が黒く、関西は昆布ベースで薄口醤油、なので色も薄く上品な味わいなのだとか。

 私は椅子に座り直し口内をもごもごと舐めて味わった。


「明日…どんな所回ろうか」

「お城でしょ、名産品も食べたいね」

「うん、調べてみよ」

 私はパスタのトレーに付いたソースをパンで拭き取って口に入れて、スマートフォンを開いて観光情報を調べてみる。これも事前に調べてはいたのだが、候補が多すぎて絞りきれなかったのだ。

「明石市まで出てもいいし、神戸とかもいいよね、オシャレなのかな、半日じゃ足りないかな……源ちゃん、聞いてる?」

「うん、聞いてる」

ふにゃふにゃのうどんをすすりつつ、源ちゃんは目線だけこちらへくれて体勢を変えようとはしない。

 壁際の物書き用の椅子と反対側の壁に頭側を付けてあるベッドの枕元、同じ室内なのに3メートルくらいは離れている。

 私には不便で、立ち上がりベッドへ座ろうとすれば源ちゃんはうどんを咥えたまま手で制止した。

「なに?」

あっえ待って、」

「…食べ終わったら見てくれるの?」

「うん、んー……あんまり、近付かないで」

「はァ?なんで、汗臭い?」

私はくんくんと肘の匂いを嗅ぐ。

 うどんをゴクンと飲み込んだ源ちゃんは嫌そうに、

「僕は気持ちをモモちゃんに伝えちゃったから。あんまり近付くと恥ずかしいから」

と口をへの字に曲げた。

「………なにそれ、明日も明後日も観光するんだよ?そんなこと言うならなんで初日に言っちゃうの⁉︎」

「言いたかったから言ったんだよ。でも予想以上に恥ずかしい。目的地に歩くのは平気なんだけどね、密室に二人きりだとどうにも恥ずかしいよ」

壁に目線を逃してつゆを飲んで、「ごちそうさま」と彼はポリ袋にカップと割り箸を入れる。


「…源ちゃん…私…どうしたらいいの?何か答えを出さなきゃダメ?」

「出さなくていいよ、一緒に居たくなければ離れればいいし。言ったじゃん、僕が勝手に好きなんだ…これまで通りだよ」

「そうは言うけどォ」

「…迫っても勝てないしね」

おやつの魚肉ソーセージを開けた源ちゃんはもぐもぐ噛みながら、流し目で私を見て口の端で笑った。

「…私、そんなに力強くないし」

「違うよ、泣かれたら僕弱いんだ。モモちゃんに嫌がられたら僕が泣いちゃうよ」

「そう」

「でもあんまり近付くと…」

「近付くと?」

「触りたくなっちゃう、だから距離は保ちたい」


 ひとつの部屋にベッドがひとつ、そこに若い男女が一組。何が起こっても不思議は無いこの状況と彼の言葉に私の頭がやっと追いついて、じわじわと頬が熱くなってくる。

「さわ、り、」

「触りたいよ、僕は男だし。モモちゃんのこと好きだし」

「あばば」

「でもまだ早い。モモちゃんのお母さんもおじいちゃんも僕を信用してくれてるからこうして二人で旅行できてるんだ…勢いに負けて信用を失くすようなこと、絶対できないんだ」

 そこまで言うと源ちゃんもスマートフォンを開き、

「明日は神戸、明後日は明石とかでどうかな。電車は全部鈍行で。お金は無いけど時間があるんだ、楽しもう」

と歯を見せた。

「…行きたい所、ピックアップするね……源ちゃん、歯にネギ付いてる」

「ありゃ」

「ふふっ」

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