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 それから20分ほど新幹線は走り皇路オウジ駅へ到着。

 予定通りロッカーを経由して身軽になった私たちは在来線で北店の最寄り駅まで向かう。


「短い電車…可愛い」

「模型にしたいね」

 ここと隣県の町とを繋ぐ鉄道はいわゆる「ローカル線」というやつで、乗客が少ないので車両数も少なく素朴な佇まいだった。

「…いい所だね、駅の周りは賑やかだったけど…この辺りは落ち着いてて」

「うん、駅と駅の間隔も広くて…異文化。つくづく僕らは狭い世界にしか生きてないんだね」

「高校生だもん、仕方ないじゃん」

「…モモちゃん、大学は…近畿にしたら?お母さんと会いやすいよ」

ガタンガタンとよく揺れる車内で源ちゃんは目を伏せてそう言う。

「んー…学びたい学部があればね、でも家から通える範囲が一番いいかな」

「そっか」

「私が遠くに行っちゃったら淋しい?」

「うん。淋しいよ」

「即答だね」

「だって本当だから」

 土曜日の昼だというのに乗客もまばら、ぽつりぽつりとそんな事を話しながら目的の駅へと電車は到着した。

 ワンマン電車と言うのは車両の一番前まで進んで車掌さんに切符を渡すのだそうで、私達も周りの人を窺いながら降車列へと並んでホームへと降りる。


「バスみたいだったね」

「うん…何事も経験だね……あ、ムラタの看板!」

「どこ?」

「ほら、あれ」

 源ちゃんが指差す方を見るとムラタの看板が高くそびえていて、何となく私達は「歩けそう」と意思疎通をしてタクシー乗り場をスルーした。

「地図見ようか」

 スマートフォンのナビでは1.5キロメートルと表示されている。

 それを見てもなお私達は

「行こっか、」

「うん、」

と店へと歩き始める。


「…緊張するなァ…実は変な人だったらどうしよ」

「真面目そうな人じゃん、見た目は。お母さんの好みのタイプが変わったのかもよ」

「タイプ……そういや…源ちゃんの好みのタイプはまだうちのお母さんなの?」

 綺麗に整備された歩道を並んで進みつつキャスケット帽の私がそう尋ねると、

「いや、生き方が好きなんだけど…ビジュアルもまぁ好きだけどね」

とストローハットの源ちゃんはようやく母の見た目も好みだと認める。

「やっぱり。娘の私が言うのもなんだけどさァ…美人だよね、」

「んー、美人だから好きなわけじゃないけどね」

「そう?」

 向かいから自転車が来たので源ちゃんはスッと私の前に出て一列縦隊になり、ボソッと

「…モモちゃんに似てるから…好みなんだよ」

と呟いた。


「……………え、」

「お母さん以外でって言われたらおばあちゃんを推すよ。モモちゃんに似てるから」

「…………おばあ」

 そりゃあ私は母に似ていて母は祖母に似ている、だから私は祖母にも似ているが…

「冷やかされるからあの場ではストレートに言わなかったけど。僕の好みは、モモちゃんだよ」

改めてそう言い後方の私を窺った源ちゃんの頬も耳も赤く染まる。

 これは暑さのせいでは無いよね、自転車が通り過ぎたら私は彼の隣へ並び直し、

「熱でもあるの?」

と汗ばんだ額へ手を当てた。

「何そのリアクション、失礼だな」

「だって、」

「人生においての初告白だよ、まぁ昔からモモちゃんのこと好きだとは言ってたけど」

「それは保育園とかそんな頃の話でしょ?」

 さすがにそんな頃のおママゴトのやり取りを恋愛と思うほどピュアではない。

 私が眉尻を下げて困り顔を作れば源ちゃんは立ち止まり、

「僕の好みはモモちゃんだよ、今も昔もね。年々可愛く大人っぽくなってく。今日のお化粧もお母さんそっくりでキレイだよ、可愛い」

と屈託の無い笑顔で言いのける。


「ひえ」

「リアクションが残念だな、まぁ僕に好かれたって得は無いだろうけど」

「違う、嬉しいよ、でも驚いてんの!……あの、顔だけ?」

「全部言わなきゃだめ?可愛いから好きだよ。だけど淡々としてて気取らないところも。思春期を過ぎても僕と仲良くしてくれてるし、それだけで僕はモモちゃんのことが好きだよ」

「……それって、スリコミ的なことなんじゃ」

 家族の様に一緒に居るから当たり前になってるだけで、今と違う境遇ならば私達二人は果たして仲良くなっただろうか。何を考えているか分からない源ちゃんのことをここまで信頼して一緒に旅をしたり親の事を相談したり…きっとしていないと思う。

「そうかもね、だからこの先大学とかで良い人が居たら簡単に気持ちが変わっちゃうだろうね。他を知っちゃったら」

「……そっか」

「でも僕の『モモちゃん好き歴』は人生の100パーセントを占めてる。これから他の女の子に恋してもモモちゃん歴を超えるには30歳を過ぎなきゃいけない…それでやっと人生における『モモちゃん好き歴』が50パーセントまで下がるんだ。分かる?」

「理屈は、」

私は頭の中でグラフを作図しながら彼を追い掛けた。

「愛は期間じゃないって分かってるけどさ、当たり前にモモちゃんの隣に居るっていうのはもはや僕の生活の一部なんだよ、たぶん人格形成にも影響してると思う」

「してないと思う」

「価値観とか物の捉え方とか将来像とかに…モモちゃんが浮かんで干渉してくるんだ、家族とか兄妹みたいな、でも最近はそれよりもっと……いやらしい事も考えたりする」

「やだァ」

 どこまでも素直な源ちゃん、そちらの理屈も分かるけれど私は未だに祖父以外の大人の男性の裸体を見たことがないのだ。

 性欲の発散方法は保健体育で学んだけれど生々しいことは考えたくないし自分がその対象になるのも気持ちが悪い。ノンセクシャルな源ちゃんでもそんな事をするのだと思えば尚のことだ。

「だからちゃんと防衛して、隙を見せ過ぎないで」

「うん」

「でもたまにカーテンの隙間から見えたりすると嬉しい」

「源ちゃん!」

 怒らせようとわざと言ってる?私で興奮するんだ、むずむずと様々な感情が込み上がっては、私の唇はふにふにと波打って端が上向きになった。

 ちょっとエッチな展開が含まれた少年漫画を読んだ時のようなドキドキして気分が高揚する感覚、「あァやだ、私っていやらしい」と背徳感に自分を責める。

「ふふ、………あー、スッキリした、ここ最近のモヤモヤが吹っ飛んじゃったよ」

「私はモヤモヤ貰っちゃった、気まずい」

「いいじゃない、僕はモモちゃんがこれからも変わらず好きってだけ、何も変わらないよ」

 帽子の網目から太陽の光が細く透けておっとりした源ちゃんの目元を照らして、それがとても眩しくて、

「変わるよ、意識しちゃうじゃん」

と私は彼の横に再び並んだ。

「変わらないよ、きっと……渡ろう、」

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