12

「ここはこう…代入して、……そう、ほらできた」

「ほー…じゃあ次の設問、」

「勉強熱心だね」

「…学生の本分ですから」

 告白をされた翌日である本日、私は試用期間の彼氏と学校の図書室で参考書を開いている。


 その日の宿題はあっという間に終わったので自主勉強をしているわけだが、先輩である彼は教え方が上手かった。

「(…まァ既に習ってる訳だからできて当然か…)」

「僕ね、教員目指してるんだ、教え方とかも研究してる」

「…なるほど、分かりやすいです」

「本当?嬉しいな」

「目標持ってて…偉いですね」

「そう?桃ちゃんはなりたい職業とかないの?」

 図書室で許されるギリギリの音量で、私たちは静かに会話を交わす。

「無い…んですよね、とりあえず大学には行きたいです」

「とりあえずか、それもいいかもね」

 学費の面から言うと「とりあえず」で行くなど烏滸おこがましいのだろう。しかし有名どころを出ておけば潰しが効くかもしれないし…今現在は私はそのように考えていた。


 授業の範囲は追えたのでお終いにして、私たちは靴箱より駐輪場へ向けて連れ立って歩く。

 先輩は私の少し先を進み、同級生がいるとアピールする様にわざわざ挨拶を投げて私とのツーショットを見せつけていた。

「(…男子って高3でもこんななんだ…ださ…)」


 帰り道は反対方向なので門を出たらすぐ解散、私は軽い挨拶だけしてすぐに自転車に跨り自宅方向へとペダルを漕ぐ。

 ここから恋愛に発展するなんて到底思えない、彼の良いところが見出せない。


 浮かない顔で家まで戻り自室へ上がると、ばっさばっさと制服を脱ぎ捨てた。


『♪~』


「なに…」

 通知音でスマートフォンを開けばそこには先輩からのメッセージが表示されていて、


『今日は付き合ってくれてありがとう。また明日ね』


との文言…返事が要るかどうかも分からないので私は放置することにする。

「(分かんない、分かんない…)」

 返事をすれば会話のラリーが始まってしまう。こちとら花の女子高生なので友人同士で軽快なチャットもお手の物だが、慣れない相手と神経をすり減らしてまでする電子の会話に何の意味も無いと思うのだ。


 さらっと既読スルーをキメて私服に着替えて制服をきちんと片付けて、そうすると窓の向こうには源ちゃんの姿が見えた。


「源ちゃん、おかえり!」

「ただいま、僕の方が先に帰ってたよ、おかえり」

「ただいま、ふふ…変な会話ァ」

「そう?いつもこうじゃない」

源ちゃんはそう言うとバルコニーの床にお馴染みのブルーシートを敷いて座り込み模型を置く。

「何の模型?」

「うちの店の中」

「…もっとさァ…」

「有名どころの建造物は作っちゃったし飽きちゃって」

「プラモ部とか作れば?」

「んー………仲間を募るのがなぁ…僕は製作はひとりでしたいから」

 じゃあ私も邪魔になってない?聞けば「そんなことない」と言うだろうから口には出さない。


 私たちはしばらく中身は無い話をだらだらと交わしては夕暮れを迎える。

「ふー……どうかな、それっぽい?」

「んー?もう暗くて見えないよ」

「…また乾いたら見てよ」

「ふふっ…うん、分かった…そろそろご飯の手伝いしようかな、じゃあね、源ちゃん」

「あ、モモちゃん!」

 源ちゃんが今日一番の大きな声を出すものだからサッと振り返り

「なに?」

と身を乗り出して見つめれば、夕陽のせいなのか彼はひどく顔が赤らんでいた。

「あの…カーテン、そこ、窓閉めたらすぐカーテン閉めてね」

「うん…?うん、分かった」

なんだそんなことか、私はガサガサとブルーシートを片付ける源ちゃんとの間にガラスを挟み込み、言われた通りカーテンで封をする。

 そういえばこの前も去り際にカーテンのことを言っていたっけ、また機会があれば尋ねてみよう。


 私は祖母に付いて夕飯作りの補佐をして、祖父を待って食べてからお風呂タイムに入った。


「そういや…源ちゃん、先輩のこと何も聞いて来なかったな…」

 これから1週間は先輩とお試しとはいえ交際する体になっているので登下校を共にできないと事前に伝えてあったのだが、彼はその詳細どころか先輩がどんな人間かも尋ねては来なかったのだ。

「…人のことに興味無さそうだもんなァ」


 無関心で動じないのは源ちゃんの良いところ、私は湯上りのアイスをコロコロと口内で転がして閉まったカーテンを今一度確認してベッドへと寝転ぶ。

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