13

 そうしてなんとなくで交際を続けること1週間。

 土日の休みを挟んだので実質5日だけど…最終日の放課後。

 目下交際中の先輩は私を教室へ迎えに来るなり不機嫌そうな顔で

「ちょっと、話したいんだけど」

人気ひとけの無い非常階段へと私をいざなった。


 今日でやっと終わる、最大限に傷付けないような断り方でなるべく綺麗に振ってあげなければ。私は今の今まで忘れていたこの最後の関門について考えを巡らせる。

「(ごめんなさい、やっぱり付き合えません…でも最初からお試しのつもりだったしなァ…嘘も必要なのかなァ…)」

 試着したって買わなければいけない決まりは無いのだし、第一私にその気が無いのだから答えは1択しか存在しない。


 ぺたぺたとスリッパタイプの上履きの踵がコンクリートの床を打つ。それを聴きながら眺めながらついて歩くと最上階の踊り場で先輩はやっと足を止めて私へ振り返った。

「…桃ちゃん、1週間経ったんだけどさ、その…桃ちゃんって誰にでもこうなの?」

「何がですか?」

「全体的に素っ気ない。土日…デートに誘っても断るし」

「あー、」

 確かに『駅前でイベントやってるみたいだよ』とか『勉強捗ってる?』とか連絡は来たけど当たり障りのない返事をするに留めるしかなかった。

「(あれ、誘ってるつもりだったんだ)」

「……あとさ、なんで連絡してこないの?普通『おやすみ』とか『おはよう』とか送らない?」

「はァ、」

そんな風習があったとは想定外、携帯電話文化はカップルにそのような堅苦しい儀式を強いているのか…私はキョトンと先輩を見つめる。

「返事も遅いし少ないしさ、文字だけで絵文字もスタンプも使わないし、そんなんだとモテないよ⁉︎」

「はァ」

 素っ気ないというかそれはこの先輩がただの先輩だからであって、告白しただけで私の懐に入り込んだと思い込んでいるこの人が空回りしているだけなので余計なお世話であった。


「せっかく彼女にしたのにこれじゃ意味ないじゃん」

「……お試しですよね」

「お試しでも彼女だろ、」

「…はァ、」

 なんとなく、なんとなくで自分を騙しながら付き合ってみたけれど私の対応はどうやら間違っていたらしい。質問に対して短文を返す、膨らましようが無いと困り果てた。『YES』・『NO』も、使い勝手の良いスタンプは所持しているけど失礼かと思い敢えて文字にした。結果的にとてつもなく殺風景なチャットになった訳だがそんなものかと思っていたのだ。

「もういいわ、可愛いと思ったけど見た目だけだったわー、あーガッカリ、」

 この人はこれで私を貶したつもりなのだろうか。

 「あァこの人は私を解放してくれた、私から興味が削がれたようだ」と意識すれば体から頭から妙にポーンと跳ねそうなほどに軽くなる。


 ならば私の顔など見たくもあるまい、

「はい、じゃあ失礼しまーす」

と階段を降り始めると先輩は

「…おい、待てよ!」

と荒々しく呼び止めた。

「なんですか」

「反論しねぇのかよ」

「いや…特に何も無いです。元々…1週間でサヨナラのつもりだったので」

 最後っ屁で貶されたのでこちらもある意味反撃を。

 言わなくても良かったのだろうが上に立たれたままなのが少々癪で言い返し…ところがこれは力のある男性相手には悪手であった。


「…ッこのっ‼︎」

「っきゃあっ⁉︎」

 足元が不安定な階段の中腹で後ろ髪を掴まれて、私は足を滑らせ…視界がぐらと歪んでスローモーションになる。

 そしてどすんどすんと3段ほど固い階段の上を尻でホップして、次の踊り場へ尻もちで着地した。


 骨盤と尾骶骨と背骨の強打に足首もグネったと思う、

「いったァ…」

と力無く漏らすと次の瞬間下の階から源ちゃんの声が飛んでくる。

「モモちゃん‼︎」

「⁉︎」

「大丈夫?痛かったね、」

 スマートフォンを片手に構えた源ちゃんは先輩を見上げ、

「と、撮りました。真下だったのでバッチリです…どうしますか?」

強請ゆすりにかけた。

 何故源ちゃんが?何故撮影していたの?何のために?言葉を失う先輩を尻目に、私は源ちゃんのシャープになったフェイスラインに見惚れる。


「あ、あ…」

 一方故意では無いにしても最悪の場合傷害か。今年受験の先輩には頭に内申とか警察とか色んなことが巡ったのだろう、赤かった顔色は蒼白になって目が泳ぐ。

 そしてそこにぺたんと座り込んで

「ごめん…」

と極小の声で謝罪の言葉をり出した。

「ごめんで済んだら警察は要りませんよ、モモちゃん、立てる?病院行こう」

「え、うん、なんで源ちゃん、」

「その話は後ね…診断書貰おう、その後は交番ね。先輩、また連絡しますからよろしくお願いしますね。行こう」


 ひょこひょこ脚を引き摺り尻を摩る私を源ちゃんは1階までエスコートして、靴箱からローファーを出して履かせてくれる。

「自転車漕げるかな?」

「たぶん大丈夫…あの、源ちゃん、いつから見てたの?」

「最初から。最終日だから結論出すんだろうなって思って…尾けた」

「…隣のクラスから?」

「うん…でもごめん、ケガする前に止めるべきだった」

 先輩のすぐ真下で気配を消して佇む源ちゃんを想像するとそれだけで可笑しくて、

「いいよ、私も想像してなかったもん…でもなんで撮影?」

と手際の良さに言及した。

「…それもごめん、モモちゃん…本当は撮ってないんだ」

「あら」

「…その…もし話が拗れて言った言わないのケンカになったら僕が証人になろうと思って張ってたんだけど、あんなことになっちゃって…だったら本当に撮っておけば良かったよ。本当…ごめんね」

「もういいって、結果的に目的は果たせたじゃない……いたァ」


 駐輪場まで歩いてみると脚はそこまで重傷でもなさそうで、それでも「よいしょ」とサドルに腰掛けると尻が痺れたように痛む。

「モモちゃんがケガしちゃ意味無いんだよ…1回家に帰って、財布取ってこよ。角の病院、あそこで診てもらおう」


 私は重心を前に置いて尻を庇いながらゆっくりと自転車を漕いで家まで帰り、源ちゃんに付き添ってもらい近所の整形外科へ向かった。


 幸いにも脚はなんともなく尻も腰も無事、気になるようなら湿布を処方すると言われて出してもらい、数百円だけ支払って帰ることとなる。

 そしてその領収書は源ちゃんが自身の財布へと入れて、

「あの人に払ってもらおうね」

と不敵に笑った。

「…いいのかな」

「あの人が突き落としたんでしょ?」

「違う、髪を引っ張られて、その反動で私が滑り落ちたの」

「あ、そうなんだ。ごめん、現場は目視してないから……でも手を出したことに間違いは無いよね、警察沙汰になるかもって今頃ガクブルしてるだろうね」

「…推測だけで先輩を悪者にしたんだァ」

「でもあの人だって反論しなかったじゃん、罪の意識があったんだよ。今夜は眠れぬ一夜を過ごすんだ、それだけでも充分お灸になるかもね」

「源ちゃんコワーイ」

 まるで美人局つつもたせ、まぁ私は実際に軽傷とはいえ怪我をした訳だがハッタリでよくああも高姿勢でいられたものだ。

「僕は第三者、本人にやましいことが無ければ反論するさ」

「第三者は録画なんてしないよ」

「まぁいいじゃない…『違う』って言われたら僕は謝るつもりだったよ」

「ふゥん…」


 翌日、源ちゃんは本当に先輩のクラスへ行き領収書を渡し、皆の前で治療費を回収して来たらしい。


 そして帰りにそれを私に差し出し、

「代行手数料は引いといたから」

と冗談を言うので帰宅後に確認したらジュース代分のお金が抜かれていた。

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