15
「……お母さん…誰かのお母さんに…なっちゃうんだ…」
モヤモヤが消えない、誰かに話したい、祖母は知っているだろうか、言えばどんな反応をするだろうか。
「娘を置いて
源ちゃんはまだ起きているかな、私は彼の家側の窓のカーテンを夜だというのに開けてみた。
新島家のいつものバルコニーにはいつものブルーシートと何故か枕が置かれていて、出入口の扉からパジャマのズボンを纏った四つん這いのお尻だけが覗いて闇夜にぼんやり浮かんでいた。
「……源ちゃん?」
窓を開けて声を掛けると、
「……!モモちゃん、こんばんは」
と案の定パジャマの上と見慣れた顔がニョキと出てくる。
「こんばんは……な、何してるの?」
「んー…星がキレイだから見てた…モモちゃんは?」
「…特に…意味無くカーテン開けただけだよ…今、隠れてなかった?」
「ん…いや、カーテン開いたからビックリして」
「なんで?この窓からは私しか出てこないんだから驚かなくても」
「モモちゃんが出てくるからマズいんだよ」
明らかに動揺した様子の源ちゃんは何か誤魔化している。
よもや星空の下でやましいコトでも…
「は?なにそれ…変なコトしてたの?」
と声のキーを一段下げて問えば
「違う、星を見てたのは本当だよ、カーテンが閉まってたから」
と支離滅裂な答えが返ってきた。
「なんなの?カーテンカーテンって。私に見られちゃマズいことしてるんじゃないの?」
「あのねぇ……モモちゃんが見えるからマズいんだよ!」
「なに?分かんない」
そういえば最近やけにカーテンについて言及してくる。2階の窓から泥棒なんて入らないだろうしここから私の部屋が見えるのは源ちゃんの部屋からだけ、何が問題なのか理解が及ばない。
「だから…んー…気を悪くしないでね、」
逆光で私の表情は源ちゃんには届かないはず、しかし頭上に浮かんだ幾つもの「?」と怒りマークは伝わったようで彼はこちらに近付きつつ話し始める。
「モモちゃん、そこのカーテンいつも開けっ放しでしょ、き…着替えが見えちゃうんだよ、モモちゃんの」
「え」
「そこをひとり部屋に貰ったのは小学生の頃だったでしょ?それからずっとだよ、最初は僕も気にならなかったんだ。いつか自分で気付くかと思って…でもモモちゃんは気付かなかった。高学年になってさすがにと思ったけど今更…言えなかった」
「あ」
「だけどもう…高校生だよ、迂闊だよ、破廉恥、逆痴漢みたいなもんだよ」
なんだか私が悪い様な言い方、しかし幼馴染みとはいえ裸同然の姿を見られていたとあって人質を取られたかのようにしゅんとなってしまった。
「…源ちゃんのエッチ」
「そ、そう思われるし変な空気になるから黙ってたんだ‼︎……モモちゃん、ちゃんと自衛して、僕の部屋と
「でも源ちゃんしか見てないならセーフだね」
悔し紛れの言い訳をすれば何がスイッチだったのか源ちゃんは手摺りに掴まり、
「なんだよセーフって⁉︎…ぼ、僕だって男だよ!毎日毎日…毎日ピンクやら黄色やら下着見せられて、湯上りの薄着見せられて、何も…何も思わない訳無いだろ!」
と終いには身を乗り出して私にだけ聞こえるように抑えながらも、その勢いを増していく。
「…エッチ」
「じゃあ見せてくんなよ!見ちゃうんだよ!僕だってアイツらと…中学のクラスのバカな男子と一緒だよ、お母さんに似て胸が大きくなってきたんだから自衛しろよ‼︎」
「……なんかごめん…」
そうか好みのタイプに似てるんだものね、つい見ちゃうか。
私がしょぼんとなれば
「いや…ごめん…そ、そういう訳だから…僕が悪い奴だったら盗撮とかして売り捌いたりしちゃうかもよ」
と飛躍したことを言うもんだから悪の源ちゃんを想像してつい吹き出した。
「ふふっ…売れないでしょ」
「……じゃあ今度撮るからね」
「やだァ」
「と、撮らないよ、例えだから…本当…」
「見えないように窓塞いじゃったら?」
あまり物事に動じない源ちゃんがあたふたしているのが面白い。張り詰めていた糸がプツンと切れて、私は窓枠に両肘を置き顔を伏せる。
「日照権を侵害しないでよ……モモちゃん?」
「……本当はね、源ちゃんが…まだ起きてるかなって思って…気付いてくれるかなって思って、カーテン開けたの」
「うん?何か…先輩のこと?」
源ちゃんの声はいつも通り穏やかに、しかし気持ち低くなったように感じた。
「ううん、お母さんの……さっき電話があってね。その…再婚、するとしたらどう思うかって…」
「え、いい話があったんだ、良かったね」
「うん、でね、……もし、もしその人との赤ちゃんができたら…どう思うかって聞かれて…」
「………うん、」
「可愛がるって答えたんだけど…なんか…本当はモヤモヤしてて…心から喜んでなくて…あの…」
私は「同意して」という気持ちを込めて顔を上げ源ちゃんに訴えるも、彼は
「うん」
とただ相槌なのか肯定なのか不明瞭な返事をしてくれる。
「ずるいっていうか、なん…何て言うんだろう、ヤキモチ?私ってこんなマザコンだったのかなァ?」
「うん」
「離れてても、私だけのお母さんだって…思ってたから…違う、お母さんが幸せになるのは嬉しいの、それは本当なの、でも、」
「うん、淋しいね。それは伝えた?」
「……少しだけ…」
「ちゃんと言っておきなよ。そのまま。見ててあげるから、掛け直してみたら?言ったらスッキリするんじゃない?」
源ちゃんはそう言って、私に背中を向け手摺りにもたれた。
「う、ん、待って、」
「落ち着いて」
「源ちゃん、そこに居てね、」
「うん、居るよ」
彼の背中を視界に収めながら、私は母からの着信履歴をタップしてリダイヤルする。
「………あ、もしもし、お母さん…あの、あのね、さっきの話なんだけど…」
私は母へ、ありのままの気持ちを伝えた。
曖昧で感情的で感覚的な単語ばかり並べて、時折鼻水が垂れるくらい泣いて、ひと通り伝えたら電話の向こうの母も鼻声で
『ふふっ…大人になっちゃったと思ったけど…まだ泣き虫な桃ちゃんなのね、』
と笑っていた。
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