26

「(なに…)」

 顔立ちは少し精悍になった、背が伸びて全体的に骨張ってゴツゴツしてきた。でも目つきは昔から変わらない、髪質も私を何かと導いて助けてくれるところも変わっていない。

 変わったところ、変わらないところ、全てが私を優しく守ってくれている。彼は私が好き、それは大きなアドバンテージで私の自信、追われる立場という優越感。

 彼は私が何をしても拒まない、そんな想いが煮詰まって、私は彼に瞳でもう少し近付きたいと訴えた。


「……源ちゃん、」

「……え、」

 見慣れた顔が近くなって20センチ、

「……」

10センチ。

「……」

 自然と吸い寄せられるように、でも作為的に背中を丸めて、目を閉じて。

 そして…二人の唇の先がちょん、と接した。


 その瞬間に魔法が解けたように私はバタついて、

「………あ、ごめ、ん、やだ、」

と体を起こすと

「やだじゃないよ、モモちゃん…僕がどんだけ我慢してると思ってんの…もう…もう…」

と源ちゃんは文字通り頭を抱えて顔を擦る。

「嫌、だった?」

私は彼があまりに顔を擦るので心配になり、絨毯の床にしゃがみ込んだ。

「~~、い、嫌な訳ないだろ‼︎」

「良かった…なんか、ロマンチックなムードに流されちゃった」

 照れ隠しに源ちゃんはピクリと反応し、

「…モモちゃん、好きでもない男と流されてキスするの?」

とこちらを心底疑う目で睨む。

「違う、したいって…思ったの」

「危ないな…僕以外の人と同じシチュエーションにならないでよね」

「そんな機会無いって」

 源ちゃんは雑に謙遜する私の手を握って短い距離を引き寄せて、

「しないで、って言ってるんだよ」

とキツく抱き締めた。


「あ…はじめ…ちゃん…」

「……」

 3日間で焼けた肌がちりちりと騒ぐ、彼の背中に手を回せば弾けるように動いて甘い拘束が解かれる。

「っ‼︎あー、止めろよ‼︎襲っちゃうだろ‼︎」

「おそうって……だって…力じゃ勝てないんだもん…」

「嫌がってよ、振り解いて、じゃなきゃ殴ってでも…いや、ごめん」

源ちゃんは私のノースリーブの二の腕を掴んで引っ剥がし、でも放し難いのかもにもにと感触を味わっていた。

「……なんかすごい…ムードって凄いのね。流されてエッチしちゃっても不思議無いくらい脳が蕩けちゃってた」

 それはたぶん年齢は関係が無くて、理性とか欲求の抑制ができなくなるくらい頭が沸いて胸が躍って…今この時しかできない、とか逃したくない、とかいう勢い、盛り上がりなのだろうと思う。

「…しないし…僕はモモちゃんに責任取れないからね、まだできない…」

「真面目だね、」

「…そうでもないよ…匂いだけで興奮しちゃう。でも良いんだ、今じゃなくて。…モモちゃんの裸なら散々見たし」

「それ保育園の時でしょ」

「小学生の時も見たわ」

「…だいぶ成長してるけどね」

 胡座をかいて頬杖をついて、源ちゃんは私の胸を一瞬見てから目を逸らした。

「うん…そりゃ分かってる。…あのさ、僕らって両想いってことでいいの?」

「う、ん……そう、だね、両想い」

「…良かった。さ、明日の為にもう寝よう、帰って」

 案外あっさりと源ちゃんは飲み込んで立ち上がり、私に背を向けて扉へ向かう様ジェスチャーする。

「…追い返す感じ、冷たくてイヤ」

「…襲っちゃうよ」

「やだァ♡」

「~~~っなんなんだよ、もう、」


 立ち上がりかけていた私へ振り返って、源ちゃんが相撲の立ち合いさながらに向かってくるものだから、

「きゃ、」

と思わず本能で両手をきゅっと胸の前で結び固まった。

 そんな私を正面から抱き締めて、彼は腹に溜めていた想いを吐き出す。

「好きだよ、モモちゃん、ずっとだ、幼馴染みだからってだけじゃない、色んな人が居たってモモちゃん以外にこんな気持ちにならなかったんだ、好きだよ…好きだ、」

「うん…私も…源ちゃんが好き…一緒に、隣に居て欲しいの」


 きちんと言葉で表現すれば心が少し落ち着いて、私は面白いイラストが描かれたTシャツの胸に開いた手を当て、首筋に鼻を付けてすんすんと匂いを嗅いだ。汗と、このバスルームに置いてある業務用シャンプーの香りが混じって。私の匂いも源ちゃんの鼻に届いていると心配になったが「どんな匂いでも許してくれるでしょう?」とこれも高姿勢に構えてみる。

 彼の息は私と反対で落ち着くどころかどんどんと荒くなっていって、

「はァ…………もうおしまい、部屋に戻って、」

とまた引き剥がされた。

「うん…おやすみ…また明日ね、」


 廊下に出て扉を閉めるその瞬間、ぼすっと大きな塊がベッドへダイブした音が聞こえ、私は何だか居た堪れない気持ちで自室へと戻る。

 そしてオートロックの扉を閉めて鍵を置いて、先ほどまで暖かかった二の腕をぎゅうと抱いて床へへたり込んだ。


「(…源ちゃん……あれ…)」

 下腹部に当たってすぐ離れたあの感触、私は源ちゃんの"オトコ"に始めて触れて叫び回りたいほどに動揺する。

「(興奮、してたってことだよね……うわァ…)」

 生理現象だもの、分かってる、でもそれを引き出したのは私なんだ。

 ばくばくと心臓が元気になってドーパミンだかアドレナリンだかがじゅるじゅると溢れ出すような感覚に襲われた。

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