第十七章
ローズクラウンのコンサートは大盛況に終わった。
アレンは興奮冷めやらず、メンバーが居なくなってステージを片付けるクルーの動きを茫然としながら見つめている。
大きなアリーナ会場だから近隣の州からも沢山の人が観に来ていて、終演後も客席を立つ人々で混雑して、なかなか会場の外には出られない。
「もう少し待った方が良さそうだね」
ロバートが呟いた。
しばらく経ってからバックステージパスを首から下げたバンドの関係者らしき人物がロバートに手を振りながら近づいてきた。
ロバートも、その人物に駆け寄って行った。
「知り合いなのかな──」
アレンは誰に聞くともなしに呟いた。
ロバートはアレンと父親から少し離れた所で、しばらく話していたが、やがて話し終えると親子の所に戻ってきた。
「楽屋に入れてくれるって。彼はバンドのマネージャーなんだ」
親子は心底驚いたが、なかなかない機会なのでマネージャーとロバートについて行った。
楽屋に入るとギタリスト──アレンがギターを始めたいと思ったキッカケのリチャード・シモンズが笑顔でロバートと握手した。
「ロバート、水くさいぞ。来るなら連絡してくれよ。こちらは知り合い?」
アレンと父親に顔を向けて会釈した。
「リチャードは、いつも連絡つかないじゃないか。友達と、そのお父さんだよ」
ロバートが答えた。
アレンは混乱していた。
「ねぇロバート…、リチャード・シモンズと知り合いなの?」
ドキドキしながら訊いた。
「従兄弟なんだ」
と、ロバートが答えた。
「どうもはじめまして。ロバートの従兄弟のリチャード・シモンズです。コンサートに来てくれて、ありがとう」
まっすぐな金色の髪をサラッとさせて笑顔で近づいてきた。
目の前に憧れていたリチャード・シモンズが笑顔で手を差し出し、アレンは嬉しさでドキドキしながら彼と握手を交わした。
「あ、あの、僕、あなたに憧れてギターを始めました」
つっかえ、つっかえなんとか言うとリチャードはさらに笑顔になって、
「そうなの?ありがとう!めちゃめちゃ嬉しいよ」
と言ってマネージャーに声をかけると二人で写真を撮ってくれた。
アレンの父親とも写真を撮ったり和やかに過ごし、親子とロバートは楽屋を後にした。
「ロバート、ありがとう。まさか楽屋に入れてもらえるなんて思ってもいなかったから夢みたいだ」
アレンが頬を赤くして礼を言った。
「マネージャーが、僕を見つけたから。おいでって言ってくれたから…友達も一緒に保護者同伴で、お願いって言ってみたらOKしてくれたんだ。リチャードがアレンのギターを始めるキッカケとは知らなかったよ。リチャード、嬉しくて内心めちゃめちゃ舞い上がってるよ」
アレンの父親もニコニコして感動している。
「僕も本当に嬉しい驚きだったよ。ありがとう!」
ロバートはアレンの父親からも礼を言われて少し恥ずかしそうに頬を赤くして頷いた。
執事が運転する車が到着したので親子に挨拶してロバートは去って行った。
「パパ、コンサートに連れてきてくれて、本当に、ありがとう!僕、ずっと忘れない」目を輝かせて話す息子に父親も微笑み、
「良かったね。なかなか、ある機会じゃないからね。パパも嬉しかったよ」
アレンは父親が運転する車に乗り、親子は家路についた。
「え───っ!凄い!楽屋に入れてもらえたなんて!しかもリチャード・シモンズと会えたなんて!羨ましい~」
土曜日の午後、アレンのギターを聴きに来たミシェルが羨ましがり大きな声で言った。
「でっ?サインしてもらったの?」
と、ミシェル。
「それがさ、何も持っていなかったからサインはもらえなかったんだ」
「ええ~残念…」
ガッカリして話すアレンよりもミシェルの方が残念がっている。
「でも本当にカッコいいコンサートだったよ!ミシェルも今度は一緒に行こうね」
と、アレンが言うとミシェルは嬉しそうに微笑み頷いた、
その笑顔を見たアレンの心臓が早鐘を打っているかのように動いた。
「アレン?どうしたの?顔が赤いわ」
「なっなっなんでもないよ」
アレンは慌ててミシェルから目を逸らした。
それでも心臓がドキドキするのは治まらなかった。
ギターを弾こうとしたけどドキドキしたまま指もキチンと動かなかった。
「あら!ロバートじゃない」ミシェルが丘を登って、こちらに向かってくるロバートに気がついて手を振った。
ロバートも手を振って応えた。
「アレン、どうした?顔が赤いよ」
ロバートにも言われてアレンは、どうすればいいのか解らずモジモジしながらギターをケースにしまった。
「そうだ、これ渡しにきたんだ」
ロバートが言いながら白い封筒をアレンに差し出した。
「え?僕に?」
アレンは封筒を受け取って開いた。
「ええっ」
アレンは封筒から取り出した写真を見て驚きの声をあげた。
ミシェルはアレンの様子を見て彼が持っている写真を覗き込み、
「きゃ───❤️」と、叫んだ。
それはコンサートの後で楽屋で撮った写真だった。
リチャードとアレンが写っている写真にはリチャードのサインとメッセージが書いてあった。
父親とリチャードが一緒に写っている写真も入っている。
「うわうわうわ…いいの?これもらっちゃって、いいの?」
アレンが震えながらロバートに訊いた。
「もちろん!リチャードが渡してくれって」
ロバートが答えた。
「アレン、凄いじゃない!良かったわね。私、さっきアレンにサインもらえなくて残念だったわねって言ってたのよ」
と、ミシェルはロバートに話した。
「あの時は時間も、あんまりなかったからね」
と、ロバート。
「ありがとう!パパも喜ぶよ」
ロバートは微笑んで頷き芝の上に座って空を見上げた。
午後の陽射しを受けたロバートの髪が、そよ風に靡いて輝いた。
雲が風に流されていく。
アレンとミシェルも空を見上げた。
しばらくの間、三人は無言で流されていく雲を見守った。
「あのさ、アレン…僕さ、」
ロバートは、そこまで言うと黙り込んでしまった。
「うん?」
アレンがロバートの言葉の続きを待った。
「私、居ない方がいい?」
ミシェルが立ち上がりかけたのをロバートが首を横に振って止めた。
「いや、いいんだ。ミシェルも聞いて」
そよ風が吹き、丘に咲いている草花が揺れた。
「僕さ、ロックバンドやりたいんだ」
ロバートは視線を芝に落として言った。
「えっ?ロックバンドでヴァイオリン弾くの?」
アレンの、やや間抜けな質問にロバートの頬が赤くなった。
「なんでロックバンドでヴァイオリンなんだよ」
「いや、えっと、その…」
今度はアレンの頬が赤くなった。
しまった!知らないふりをしていたのに…
「まぁ、別にいいよ。知っていたんだな」
ロバートが、ため息混じりに言った。
「えっと、その…まぁ」アレンとミシェルが俯いた。
「いいよ。気にしないで。ロックバンドはやるけど、ヴァイオリンじゃないんだ。もちろん、ヴァイオリンが絡む楽曲もアイデアにはあるけど」
「何の楽器やるの?」
アレンが身を乗り出して訊いた。
「ベースを弾きたいんだ」
まぁロバートは弦楽器なら、なんでも出来るんだもんな…ロックバンドか、いいなぁ…僕はギタリストになりたいけど…今は、とにかく練習しなくちゃだし。それでギタリストになって…やっぱり、ロバートみたいにロックバンドを作ったりしたいなぁ…
アレンは、ボンヤリと考えていた。
「アレン?聞いてるの?」
ミシェルが肘でアレンを軽くつついた。
「え?何を?ごめん。ボンヤリしてた。ロバートがロックバンドをやるんだよね、凄いね」
ミシェルにつつかれてアレンは自分を見ているロバートとミシェルに顔を向けた。
「やだ、ぜんぜん聞いていなかったの?」
ミシェルが目をパチクリしている。
「ごめん、ボンヤリしていた」
「だから、アレン、僕と一緒にロックバンドやらないか?って言ったんだけど…」
ロバートは、まっすぐにアレンを見つめて言った。
「僕とっ?」
「うん、とりあえず一緒にやってみないか?」
とりあえず、とりあえずでもロバートと一緒にステージに立てるのがアレンには嬉しかった。
テレビで観たヴァイオリンを弾くロバートがカッコ良かった。
ギターの弦も上手く張り替えてくれた。
弦を買うのも見立ててくれた。
ちょっと、ぶっきらぼうなところもあるけど…ギターを始めたばかりの僕と仲良くしてくれる。
「ありがとう、ロバート!今、ボンヤリ考えていたんだ。ギタリストになって僕もバンド組みたいなって」
「じゃあ、決まりだな。とりあえず音合わせしてみようよ」
「え~素敵❤️バンドが上手くいったら私、ファン第一号になるわ!」
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