第三十五章

 アレンは、とりあえずママの手料理を食べて栄養補給をしようと実家に帰る支度を始めた。

相変わらずヴォーカリストは、なかなか決まらない。

ライヴはロバートの兄ライアンが自身のバンドが休業中だという今は、いつでも快く引き受けてくれるが、いつまでも甘えてはいられない。

いっそのこと、長期活動休止にしようかとロバートですら弱気になっていた。

皆それぞれバンド活動が軌道に乗るまでの仕事はしているし、最近入ったキーボード担当のジェイミーは高校生だ。

とりあえず、今は音楽活動から少し離れた方がいいのかもしれない。

アレンは荷物をまとめて母親に連絡しようと携帯を取るとロバートから電話がかかってきた。


「アレン、明後日なにか予定あるか?」

「いや、特には…というより、今から一週間くらい実家に帰ろうか、とは思っていたんだけど」

「まさか、もう切符を買って駅にいるとか?そうじゃなければ、その予定、少し延ばせないか?」

「いや、まだ部屋にいるよ。どうしたの?」

「ジェイミーが、ヴォーカリストの候補を見つけて連れて来るんだ。だから」

「解った。それなら、急ぎじゃないから帰る予定は延ばすよ」

アレンは通話を終えた。

ジェイミーが、どういった経緯で知り合って連れてくるのか気になるし、とにかく久しぶりのヴォーカリスト候補だ。

そう、あんまりにも前任者と似た声の候補ばかり来るのを、いちいち断っていた為、ブルートパーズのオーディションはワケが解らないと妙な噂が広まって希望者が来なくなっていた。

ヴォーカリストというのは、そんなに前任者と同じ声じゃないといけないのか?

演奏するのは俺達なのに。

もう前任者の声からは俺達は離れたい。

そんな悩みがグルグルとメンバーに取り憑いていた。

アレンは気になり過ぎて、じっとしていられなくなり、ジェイミーに電話をかけた。

「ジェイミー、ヴォーカリストの候補を見つけたって?」

「うん。バイト先のスタジオに時々来ていて。よくバンドのメンバー募集帳を借りていくから声かけてみたんだ。そしたらヴォーカリスト希望だったんだ」

ジェイミーと同い年らしい。

ということは十六歳か…若いな。

とにかく、絶対にアイツとは違う声であって欲しい…いや、ジェイミーも事情は知っているのだから、それは心配しなくても大丈夫か。


翌々日、浮き足立つメンバーは約束の時間よりも、かなり早く来て待っていた。

「俺らが早く来たからってオーディションが早まるワケじゃないんだよな」

と、互いに苦笑いした。

ジェイミーが時間通りに連れてきた。

トニー・オルセンという、その少年は確かに若いけど十六歳、というよりは、もう少し歳上に見えた。

張りのある澄んだ声質で、ちょっと荒削りな歌い方だけど磨けば光るだろう。

何より、魅力的なイケメンだ。

これはバンドというショービジネスの手堅い武器となるだろう。

性格も良さそうだ。

メンバーは全員、彼を迎え入れることに賛成した。

ブルートパーズの新たなスタートだった。



「ふう」

オーディションの後、アレンはアパートに帰ってきた。

ヴォーカリストが決まったのだから、これからバンド活動が忙しくなる。実家に帰るのは、もう少し先になるだろう。

「おかえりなさい、アレン」

ミシェルがキッチンから迎えに出てきた。

「ミシェル!来てくれたんだ♪」

アレンはミシェルを抱きしめてキスした。

「ねぇ、どうだったの?」

ミシェルがキスを返しながらアレンの肩を撫でた。

「うん?」

「今日、ヴォーカリストのオーディションだったんでしょう?決まったの?」

「ああ、うん!決まったよ」

「良かったわね。どんな人?」

「めっちゃ若いよ。十六歳。それに、同じ男から見てもヤバいくらいイケメンなんだ。歌い方は荒削りだけどブルートパーズの音楽に合った声だと思う」

「え~イケメンなの?楽しみ❤️」

イケメンと聞いて、はしゃぐミシェルにアレンは妬きもちをやいた。

「女性はイケメンが好きだよな」

「やだ、アレン、拗ねないで。アレンだって、とてもハンサムよ」

アレンは拗ねていたがミシェルから沢山キスされて機嫌を直した。


新しく迎えたヴォーカリストでライヴを成功させたブルートパーズは多忙になりつつあった。

アレンは、もっと忙しくなる前に時間を作って実家に帰って両親にバンドのことを報告しようと思った。

「アレン、実家に帰るんでしょう?私も行くわ」

と、ミシェルが言った。

「え?なら、うちに泊まれば?」

一緒に来るならアレンはミシェルと付き合っていることも両親に報告したかった。

「泊まるのはロジーの家に泊まるわ」

ミシェルはロジーに連絡してから、一度顔を見せて、と何回も言われているという。

「うちにも来てよ」

「そうね、あのスタジオも懐かしいし、お邪魔させてもらおうかしら」


その後、実家に帰ったアレンは両親に色々と報告を済ませた。

ミシェルはロジーの家に行ってからアレンの実家のスタジオに来た。

「懐かしいわね」

今、ミシェルと二人きりでスタジオにいる。

あの日、スタジオ完成記念に、ロバートとライアン、そして父親と奏でた音楽。

この空間で目を閉じれば鮮やかに思い出が蘇る。

ミシェルは夢中で聴いてくれた。

みんなが時間を忘れて演奏に夢中になってミシェルの両親が心配して迎えに来た。

様々な思い出。


そのミシェルとは今は恋人同士。

ブルートパーズは長い沈黙の後に好調なスタートをきった。

あとは…


アレンはミシェルを抱き寄せてキスした。

ミシェルもキスを受け入れた。

「ミシェル、俺と結婚してください」

思い切って言った。

指輪を用意しておくものかもしれないけど…アレンは、プロポーズした。

ミシェルは目を見開き、アレンから一歩離れた。

まさかの長い沈黙。

いや、突然のプロポーズだったし、これからOKの返事が…アレンが、そう思った瞬間、

「それは…ごめんなさい…考えられないわ」

まさかの長い沈黙の後の、まさかのNOだった。

「え?え?なんで?」

恋人として付き合ってきて何度も一緒に夜を過ごして、お互いに想い合っていたんじゃ…

「だって…アレンは、これからバンド活動が忙しくなるでしょう。私は医者になるために、パパの知り合いの、お医者様の病院で研修医として働くのよ。パパが診療所を開くのも援助してくれるから、開業医として働くのも近いし。お互いに違う世界を生きるのよ」

「え?じゃあ、俺と別れるってこと?」

アレンは、まさかの展開に混乱していた。

確かに、これからバンド活動が忙しくなるだろうけどミシェルと別れるなんて微塵も考えられなかった。

「今すぐに別れるとかじゃないわ。でもロックバンドのギタリストと医者では住む世界が違い過ぎるのよ。いずれは自然消滅するんじゃないかしら私達」

そんな、ミシェルとの関係が自然消滅するなんて、それこそアレンには考えられないことだった。

「ミシェル…」

言葉が続かなかった。

クラクションが外で鳴った。

ミシェルは腕時計の時間を確認すると、

「ロジーが迎えに来てくれたわ。行かなくちゃ」

そう言ってミシェルは立ち去りかけたが、もう一度アレンに歩み寄ると背伸びして彼の唇に優しくキスをした。

「その、別れたいんじゃないのよ。それは誤解しないで。大好きよアレン。あなたも、あなたが奏でるギターの音も」

ミシェルは、そう言ってアレンを一人残してスタジオから出て行った。

アレンは、即、追いかけていった。

「待ってよ、ミシェル!俺とは遊びだってこと?」

ロジーの車のドアを開けようとしているミシェルに向かって叫んだ。

ミシェルが顔を赤くして振り返った。

「バカなこと言わないで。住む世界が違うって言ったじゃない」

ロジーが運転席からアレンに挨拶した。

「ミシェル、アレン泣きそうじゃない?もう少し話し合ったら?ね、」

気遣うロジーに、かぶりを振りミシェルは車に乗り込んだ。

「予約したお店に早めに着いておきたいわ。駐車場だって探さなくちゃでしょ」

ミシェルがロジーに言う。

ロジーが、アレンに頷いて見せて車を発進させた。


アレンは去っていく車を茫然としながら見送った。











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