第三十四章
ミーティングでは、ロバートが自分が教えているピアノ教室にきていた、という十六歳の少年をキーボード担当として連れてきた。
ヴォーカリストは、その後、何人か応募してきたが皆、どういうワケが前任のヴォーカリストにソックリな声でメンバーは辟易して断っていた。
「なんだよ何が悪いんだよ?俺はソックリな声じゃないか!」
と、中には前任者ソックリに柄悪く絡んでくるような男もいた。
なかなかヴォーカリストが決まらないまま数ヶ月が過ぎていった。
はぁ───…
椅子に腰掛け深々とアレンは、ため息をついた。
「自分に顔立ちが似た人間は、この世に三人いるって聞いたことあるけど、こんなに似た声の人間がいるもんなのか?声のソックリさん三人以上、来たぞ」
アレンは心底グッタリでテーブルに伏せた。
「もう募集したくなくなるなってワケにはいかないけど」
と、スティーブ。
「プロのバンドで、やっぱり三人くらいヴォーカリストが交代しているバンドがあるけど、それが皆、驚くくらいソックリな声しているんだよな…よほど、その声じゃないとダメとか拘りがあるんだろうな…というか、よくあれだけ同じ声の人間を見つけてくるな、と思う」
ロバートが誰に言うでもなく呟いた。
「声がソックリだとしても、アイツとは中身は違うと思うけどな…だけど、あの声は、もうお断りだ。嫌な思い出が蘇る。トラウマだ」
アレンが言った。
「ベース担当はロバートは勿論だけど、ギタリストはアレンじゃないとダメだからな。他の誰が弾いても音は違う。ロバートから話は聞いていたけど。初めて聴いた時、絶対に来て欲しいと思ったよ」
と、スティーブが言った。
初めてブルートパーズのライヴにヘルプで参加した後、スティーブはアレンにバンドに入って欲しいと熱心に誘ってくれた。
「ありがとう、スティーブ。楽器って繊細なんだな…」
「いや、声も繊細なんだと思うよ」
スティーブは答えた。
アレンが大学を卒業してもブルートパーズのヴォーカリストは決まらないままだった。
「こんなに決まらないものなのかなぁ」
アレンは通っていた大学の近くにあるギター教室で時々子供達に教えたり、観光客相手に街を案内したりして生活していた。
感覚が鈍るからと、ロバートの兄ライアンにヘルプで歌ってもらってブルートパーズは時々ライヴをしていた。
実家に戻って、そろそろママの手料理を食べたいなと考えながら街を歩いていると、
「アレン?アレン・ヴァーノンじゃないか?」
背後から声をかけられた。
振り返って見ると同い年くらいのつなぎの作業着を着た男性が立っていた。
…何か見覚えがあるけどアレンには解らなかった。
「同じ小学校だった、ジャック・トマスだよ」
アレンが思い出せないでいると男性が名乗った。
──ああ!俺のギターを壊した悪童…すぐに引っ越したんだっけ…
「良かった!絶対に会いたいと思っていたんだ。今、時間ある?そこのコーヒーショップで、少し話せる?」
熱心な様子で言ってきた。
アレンは断ろうとジャックの顔を見たが彼の目が涙で潤んでいたので応じた。
「今さらだけど、ギター壊したこと本当に悪かったよ。申し訳ない」
テーブル席に着いて注文をするとジャックは、すぐに謝ってきた。
「ああ、もう十年以上、前のことだ」
アレンは答えた。
「ブルートパーズのライヴ、観たよ。凄いカッコ良かった」
ジャックの言葉にアレンは心底驚いた。
「ありがとう。ジャック、今、この近くに住んでいるの?」
注文したコーヒーが運ばれてきた。
「うん。小学校の頃、引っ越してから、ずっと、この街に住んでいる」
ジャックはコーヒーにミルクを入れながら話した。
「ずっと悪かったって謝りたいって思っていた。偶然、アレンがブルートパーズでギターを弾いているのを見て…更に本当に悪かったって気持ちになったんだ」
ジャックの目から涙がこぼれてテーブルに落ちた。
「ジャック、気持ちは充分解ったよ。もう気にしないでくれ」
アレンは言ったが、ジャックはハンカチを取り出し涙を拭いて更に話を続けた。
「小学校の時、俺、引っ越しただろう…親父が働いていた会社が潰れて。母方の祖母の家がある、この街に逃げるように越してきた。すぐに働いたんだ。職を転々としたけど十年くらい前から今の会社で働き続けている。ギターの弦を作っているんだ」
ジャックはゴソゴソと持っていた鞄から弦を取り出した。
「…俺が作った新作なんだ。会えたら渡したいと思っていたんだ。使ってみてくれないか?合わなければ捨てて構わないから」
と、アレンに差し出した。
ジャックが何よりも気にし続けていた気持ちが伝わってきた。
「ありがとう…使わせてもらうよ」
アレンが受け取ってくれたのを見たジャックの表情が、ぱあっと明るくなった。
「その弦、リチャード・シモンズの監修で作ったんだ。元々、俺が作らせてもらっていた弦を彼が気に入ってくれて工場に来てくれたんだ」
リチャード・シモンズはアレンがギターを始めたいと思ったキッカケのギタリストだった。
「リチャードは俺がギタリストになりたいと思ったキッカケなんだ。彼が使っているのと同じ弦を買っていたんだ。合うと思うよ。凄いな、ジャック、ありがとう」
アレンの言葉にジャックは笑顔を見せて、休憩が終わるから職場に戻ると言ってコーヒー代を払って去って行った。
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