第三十二章
「ミシェルってば、たまには息抜きしようよ!さ、行こう」
この日、ミシェルは同級生に誘われて、アレンが出演しているとも知らずにサマーフェスティバルライヴの会場に来ていた。
「ミシェル、そんなに退屈そうにしないでよ。ロックバンドに興味ないの?」
ミシェルはアレンと親友のロジーのことを考えていた。
差出人住所を書かないで、ずっとカードを贈り続けていたけど…最初っから迷惑だったかもしれない。
ミシェルが差出人住所を書かなかった理由は…
編入試験に受かったものの、学校での勉強は、とても難しく、ついて行くのに精一杯だった。
そこへ持ってきてルームメイトから意地悪されて、本来ならミシェルは負けずにやり返す質なのだが変わり過ぎた環境と難しい勉強で、いっぱいいっぱいになってしまったのだった。
引っ越してきてくれた両親と一緒に住んでミシェルは落ち着きを取り戻し、勉強に集中できたが、アレンとロジーに手紙を書いたら泣き言を書いてしまいそうだった。
仮に泣き言だらけの手紙を送ってしまっても心優しいアレンとロジーは思い遣りを、ロジーは叱咤激励も込めて手紙の返事を書いてくれるだろう…
そんな手紙を受け取ったら…帰りたくなってしまうかもしれない。
もっとも、住んでいた家は手放したと両親から聞いているから帰る場所は、もうないのだけど。
そんなに弱虫なつもりはなかったけど…今の自分は精神的に弱くなっているかもしれない。
そう思って差出人住所は書かないで毎年誕生日とクリスマスにカードを一方的に贈っていたのだった。
いつか二人に会えたらキチンと話そう、そう思っていた。
まさか同級生からサマーフェスティバルライヴの会場に連れてきてもらってアレンと再会するとは思ってもいなかった。
激しいギターサウンドを聴いてミシェルはアレンを思い出していた。
──アレン、セッションライヴ、カッコ良かったな。凄く楽しかった。ロバートと一緒にバンド活動しているのかしら…会いたいな。
「わ!このバンド皆ルックス良さげじゃない!」
同級生が、はしゃいで俯いていたミシェルの腕を引っ張った。
それは今日、アレンがヘルプに来たバンド、ブルートパーズだった。
ミシェルは、ゆっくり顔を上げた。
──やだ、ギターの人、アレンに似ている。
「カッコいい───!」
同級生が叫んでいる。
──違う!似ているんじゃなくて、本当にアレンだわ!間違いないわ。
「アレン…」
ミシェルの目に涙が浮かんだ。
ギター、凄く上手になっている…本当にカッコいいわ。
ブルートパーズの出演が終わるとミシェルは舞台裏を目指して走った。
出演が終わったら、すぐに帰ってしまうかもしれない。
一言だけでも話したい!
ミシェルは舞台裏付近まで来ると、サマーフェスティバルライヴのロゴ入りTシャツを着たスタッフを見つけた。
「すみません、今、出演していたブルートパーズのメンバーって何処にいますか?」
「ああ、ブルートパーズなら駐車場の方に行きましたよ。このイベントは楽屋がないんでね。駐車場は、すぐそこですよ」
スタッフが指さし、ミシェルは素早く礼を言って走った。
「アレン、凄く助かったよ。ありがとう!」
駐車場でアレンはロバートを始め、メンバーから。それぞれ礼を言われていた。
「こちらこそ。凄く楽しかった。ありがとう」
「アレン、うちに入ってくれるんじゃないの?」
ドラムス担当のスティーブがアレンの肩に腕を回しながら言った。
「アレン!」
不意に女性の声で呼ばれたアレンは顔を向けた。
ミシェルが立っていた。
身長も伸び、やや大人びて、目を潤ませている。
「え?ミシェル?」
──そう言えば、ここってミシェルが転校した学校がある州じゃなかったか…
アレンは、ゆっくりと吸い寄せられるようにミシェルの方に歩いて行った。
「ハイハイ、俺達お邪魔虫、帰ろう帰ろう」
ロバートがメンバー達を促し、そっと離れた。
「いや、ロバート、アレンを口説いてバンドに入ってもらってよ」
スティーブが食い下がった。
「アレンが大学を卒業するまでには口説くから。今日は帰ろう」
アレンとミシェルはコーヒーショップに入った。
「ビックリしたよ。ミシェル、元気そうだね。良かった」
「アレンも、元気そうね。あの、ごめんなさい…差出人住所を書かなかったこと」
「ああ、何か理由があるんだろうと思っていたよ。僕よりもロジーが、かなり憤っているから。なるべく早くに連絡した方がいいと思うよ」
アレンは微笑んだ。
「うん、そうするわ…アレン今日、とてもカッコ良かったわ。同級生が誘ってくれたのだけど。偶然会えて本当に嬉しいわ」
「そう言ってもらえて嬉しいな。ありがとう」
ミシェルは俯いてソーダの中に入っているチェリーをストローでポンポンと押して沈めている。
「あの、ミシェル、今って、その特定のボーイフレンドとか、いる?」
ミシェルは顔を上げた。
「いないわ。勉強で忙しかったから、そんな余裕なかったわ」
「そんなに忙しいの?」
「うん、凄く忙しかったわ。でも試験の結果も、なんとか良かったから今日は息抜きだったの」
ミシェルは再び俯いてソーダを飲んだ。
「そうだったんだ。あの、その、勉強で大変だと思うけど…もう少し余裕が出来たら、僕と、その~つ、つつっ…付き合ってもらえないかな…」
約十年ぶりくらいの再会だった。
毎年、届くカードは、いつも凝った物だった。
手作りでギターの形をしたカードが届いたこともあった。
昔々、クラスメイトに取り上げられたギターを取り戻してくれたミシェル。
ギターを、いつも聴きに来てくれて仲良くしてくれたミシェル。
今日、こうして偶然会えたのは運命かもしれない。
ミシェルはチェリーの茎の部分をストローに差し込んで持ち上げてたが、アレンの告白を聞いて驚いてチェリーはソーダの中にポチャンと落ちてソーダが跳ねてテーブルの上にこぼれた。
「え…私?」
しどろもどろになってミシェルは俯いてチェリーを見つめた。
「うん。ダメ?」
ダメも何も…子供の頃、いつも優しいアレンと一緒にいて楽しかった。
彼が奏でるギターの音は、とても綺麗で…癒された。
引っ越す前にアレンがプレゼントしてくれた指輪は今でも大切に持っていた。
「ぜんぜんダメなんかじゃない…です」
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