第二十三章

 アレンは学校が終わるとミシェルを囲んで別れを惜しみ涙するクラスメイト達を後目に走って家に帰り、自分の部屋に駆け込むと赤い貯金箱の底の蓋を取り逆さに振った。

金額を確かめ…大丈夫だ!買える!

「ママ、僕ちょっとパークタウンに行ってくる!」

バタバタと階段を駆け降りながらキッチンにいる母親に声をかけた。

「まぁ、なんなのアレン、帰ってきたばかりじゃないの」

「ちゃんと夕飯までには帰るよ~」

アレンは自転車に乗るとパークタウンへと急いだ。

以前、ミシェルとキャラメルポップコーンを食べていた時にミシェルが可愛いと言って見ていた雑貨屋に入るとショーウインドーに飾られていた赤いプラスチックのハート型の石が付いた指輪を購入した。

赤いチェック柄の小さな袋に入れてもらって袋の表には少しお金を足して小さな淡いピンクのバラの造花をリボンの形をしたシールで留めてもらった。


アレンはウエストポーチに小さな包みを大切にしまい、家に向かった。


アレンは自転車をこいでいるうちに、家に帰る途中でミシェルの家の前を通るから、その時に渡そう!と思いついた。

ミシェルは、もう学校に来ないというのだから。


コナリー邸に着くとアレンはドアをノックした。

ドアを開けたのはミシェルだった。

赤いエプロンを着けていた。たぶん夕飯の支度を手伝っているんだろう。

「アレン、どうしたの?」

「ごめん、ミシェル、突然来て…すぐに帰るから、ちょっとだけ話せる?」

自転車を急いでこいできてアレンは息を切らしながら言った。

「わかったわ。少し待ってて」ミシェルは一旦、家の中に行き、母親に少しアレンと話してくるからと言っているのが聞こえた。

「お待たせ。どうしたの?」


アレンは自転車を横に倒すとウエストポーチから小さな包みを取り出した。

「えっと、あの、そのクッキーありがとう。まだ食べていないんだけど後で頂くよ」

「うん」

「そ、それでさ、これ、受け取ってくれる?」

アレンは今さっき買ってきたばかりの小さな包みを差し出した。

「私に?」

ミシェルは、そっと受け取った。

「うん、あの…ミシェルは、もう学校に来ないっていうから…クッキーの御礼と…これから行く学校でも勉強頑張ってねってことでプレゼント」

ミシェルはアレンの話を聞きながら包みに付いている小さな造花を嬉しそうに眺めている。

「ありがとう、アレン。開けてみてもいい?」

「もちろん…気に入ってもらえたらいいけど…」

ミシェルは赤いチェック柄の袋を閉じたセロテープを丁寧に剥がし袋の中を覗いて、

「わぁ♡」

と、小さな感嘆の声をあげて袋から指輪を取り出した。

「これ、パークタウンでキャラメルポップコーンを一緒に食べていた時に見かけたのよね。ありがとう!このお花も可愛い!勉強が難しくて落ち込んだ時は、これを見て頑張るわ。大切にするわ」

ミシェルは指輪を小指にはめた。

「気に入ってもらえて良かった。じゃあ、僕は、そろそろ帰るよ」

アレンは自転車を起こした。

ミシェルは指輪が入っていた袋を大事そうに胸の前で両手で持ち、自転車を押して歩くアレンについてきた。

「私、時々…アレンに手紙を書いてもいい?」

「え、うん、嬉しいよ。僕も手紙書くよ」

「ありがとう。楽しみにしてるわ。じゃあ、気をつけて帰ってね」

「うん、じゃあね」

アレンは自転車に乗り家路を急いだ。


夕飯の前にアレンは自分の部屋に行き机の上に置いた昼間にミシェルからもらった袋を開けた。

小さな丸いレーズンクッキーは紙の袋の中にさらにビニール袋に入っていた。

ミシェルが転校する、という話に驚いた勢いで袋を握りしめたからクッキーが、一つ割れてしまっていた。

アレンは割れたクッキーを口に入れた。

サクッとしたクッキーの歯触りとレーズンの甘さを活かしていて絶品で、お店で売っているみたいな味だった。

アレンは机の前にある窓ガラスから外を見た。

夕闇が迫ってきた空には星が一つ、輝いていた。

庭を見下ろすと父親が作ってくれたスタジオが黒くて四角い輪郭になっている。

本当に楽しいセッションライヴだった。

一昨日のことなのに、何ヵ月も経ったような気がする。

ロバートはツアーに行ってから留学するから、しばらく会えない。

それも帰ってくるのに何年かかるか解らない。

ミシェルは?

休みの日に帰ってきたりするって言っていたけど…

そんなこと解らないじゃないか。

もしかしたら、もう会えないかもしれない。

僕だって、ギタリストになってバンドに入って音楽活動を始めたら、ここにパパとママの元に、いつまでも居ない。

先のことは解らないけど…


アレンは母親に夕飯が出来たと呼ばれたのでキッチンに降りていった。





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