第二十九章

 「こんにちは。アレンいますか?」

雪が降り積もった日曜日の午後、ヴァーノン邸に訪ねてきたのはロバートだった。

「まぁ、こんにちは。アレンならスタジオにいますよ」

アレンの母親が言うとロバートは、ペコリとお辞儀してスタジオに向かった。

スタジオのドアをノックすると聞き慣れた懐かしいアレンの声がした。

「ママ?入っていいよ」

「ママじゃないけど入ってもいい?」

「わあ!ロバート!おかえり!久しぶり!もちろんだよ入って」

ロバートはスタジオを見渡しながら椅子に腰掛けた。

「…なんだか懐かしいな」

アレンは思わず笑いだした。

「まだ3ヶ月くらいしか経ってないよ」

「そうだよな…ツアーに行くこと言い出せなくて、ごめんね」

アレンはかぶりを振った。

「ロバート、僕に手紙書いてくれたじゃん。なんか皆、色々と言い出すタイミングとか難しいことはあるんだよね…」

アレンはギターを抱えてため息をついた。

「そうだ、ロバート、凱旋コンサートするんだよね。僕、お小遣い貯めていたんだけど…チケットが即売り切れで買えなかったから行かれないけど…頑張ってね。こうして訪ねて来てくれたから会えて良かったよ」

「そうか、来てくれるつもりでいてくれたんだ」

ロバートが微笑んだ。

アレンはロバートが、たった3ヶ月会わないうちに、ずいぶん大人になってしまった気がした。

「えっとさ、アレン…その、僕のコンサートに来たいって思ってくれた気持ち変わってない?」

「そりゃ行けるなら是非行きたいよ。だけど、さっきも話したけどチケットが即売り切れだったんだ。あんなこと初めてだったよ。百人くらい買いに来ていたと思うけど前の方に並んでいた人達でも二十人くらいしか買えなかったみたい。あとは電話で買った人が多かったみたいなんだ。ずいぶん朝早くにパパと買いに行ったんだけど」

アレンの話を聞いていたロバートは椅子から立ち上がると、

「またすぐに来るから少し待ってて」

と言ってスタジオを出て行った。

三十分くらい経ってロバートが息を切らしながらスタジオに戻ってきた。 

「ハワードに聞いたら、まだあったんだ。招待席。とりあえずアレンと御両親と、良ければミシェルも」 

と、チケットを取り出した。

アレンはポカンとした。

「え?いいの?」

「もちろん」

ロバートがチケットを4枚アレンに手渡そうと差し出した。

「ありがとう、ロバート。でも、せっかくだけどミシェルは居ないんだ。転校しちゃった」

「えっ…そうだったんだ。それは残念だね」

「チケット、ありがとう…でも、その、高いチケットだからパパとママに訊いてみてからね。ちょっと待ってて」

「高いっていうか招待席だから、気にしないで欲しいんだけど」

「でも訊いてくる」

今度はロバートをスタジオで待たせてアレンは家に入っていった。

「ママ、あのね、」

息せききってアレンはキッチンに駆け込んだ。

アレンの母親は紅茶とロールケーキを用意していた。

「あら?彼は帰っちゃったの?」

「スタジオで待ってるよ。あのね、ママ、ロバートがコンサートに招待してくれるって。招待席があるんだって。パパとママにも、どうぞって言ってくれているんだ。チケット…もらってもいい?」

「まぁ…!それは…パパに電話して聞いてみるわ。あと、スタジオは寒いでしょう。あがってもらいなさいな。見ての通り、紅茶とロールケーキを用意したのよ」

母親は見るからに浮き足立ち、夫の職場に電話をかけにいった。

アレンはロバートを呼びにスタジオに戻った。


アレンとロバートがロールケーキを頬張り、アレンはロジーに招待されたクリスマスパーティーライヴの話をした。

「パパがビデオに撮ってくれたんだ」

(この話は携帯電話が普及する少し前の時代です※作者注)

「凄いなアレン。なんかめちゃめちゃ上達したよね」

ビデオを視たロバートが称賛した。

「ありがとう…でも、まだまだなんだ」

「上を見たらキリがないと思うけど向上心があるのはいいことだと思うよ」

アレンは俯いている。

「どうかしたのか?」

ロバートがアレンの様子に気付いた。

「どうかしたっていうか…今まではギタリストになりたくて好きなバンドの曲をコピーして沢山練習してきたよ。ロジーが誘ってくれたライヴも、とてもいい経験だった…だけど」

アレンは冷めてきた紅茶をゴクゴク飲んで長いため息をついた。

ロバートは傍でアレンが話を続けるのを待っている。

「僕は今のままじゃバンドのギタリストごっこだと思うんだ」

ロバートはアレンの話を聞きながらロールケーキの残った一欠片を食べて、

「これ、アレンのお母さんの手作り?凄い旨いな。で、ギタリストごっこ?」

言いながらアレンを見つめた。

「そうだよ。ギタリストごっこだよ。だって人が作った曲を弾いているだけだもん」

アレンの目が潤んでいる。

「アレン、焦るなよ。いい音出していると思うけどな」

「焦ってなんかいないよ。ただ、今の状態は物真似ギタリストの域なんだよ僕は」

「誰かに、そう言われたのか?」

アレンは思いっきり頭を横に振った。

「誰も何も言わないよ。僕が、そう思ったんだ」

「う────ん…さっきも言ったけど、いい音出していると思うよ」

アレンの目から涙が零れた。

「いい音?いい音って何?」

「僕は長い間ヴァイオリンを弾いてきたけど人が作った曲を弾いても、みんなが皆、同じ音にはならないって僕は感じているんだ」

「何それ?解らないよ」

ロバートは、ふう───っと長いため息をついた。

「上手く言えないけどアレンにしか出せない音が確実に芽吹いていると思うんだ。とにかく今は練習を続けることが大切だと思う」

「練習しているよ、しているけど物真似から離れたいんだ」

「解るよ。でも最初は色々真似して弾いていかなくちゃ、焦らずに」

「うん…」

答えながらもアレンは納得していなかった。

「アレン、音楽学校に行くんだろう?」

「うん…この前、パパと話し合いしたよ」

「将来に向けて着々と進んでいるね」

ロバートは立ち上がった。

「そうだよ。ミシェルも自分の進む道を見つけたし僕も」

ロバートは微笑んで頷き、コンサートの練習があるからと言って帰っていった。


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