第3話 メイドたちと、兵器・甲冑ゴーレム


 ウインたちにも、その口調くちょうからわかりました。

 いかにエトバリルが自分がエルフであることをほこりに思っているかということが。

 しかし、もったいぶったように言う理由はわかりません。ウインたちの知るエルフは、物語やゲームの中にいる種族しゅぞくで、ふつうの人間よりすぐれたところもあるけれど、威張いばるほどではない気がしたからです。

 ノノレクチンとシュガーは、あからさまにいやそうな顔をしています。

 ――おそろしいエトバリルのすぐそばで、この表情ができるなんてきもすわっている二人だなあ。

 とウインは思うのでした。

 あと一人のメイド、タバナハの反応はんのうは違っていました。口に両手をえて、ひとみが点に見えるほど大きく白目をむいて、おどろきの表情をかくせません。

「エ、エルフ……この世にエルフがほんとうにまだいたなんて……うそっ」

 と、タバナハはうろたえた声でつぶやきます。

 うそと言われてもエトバリルは気分をがいしたふうもありません。きっとおどろいてもらえて自尊心じそんしんが満たされたのでしょうね。

「エルフは自然物との調和ちょうわけた一族いちぞくである。だが、自然物をしかあやつれないというわけではないぞ」

 と、エトバリルはみずからの能力を誇示こじするように続けます。

 サービス精神旺盛せいしんおうせいなのでしょう、自分の胸当てにかくし持っていたものを取り出しました。

 それは銀色に輝くぼうでした。ぼうは金属で、細かな装飾そうしょくほどこされていました。書道でつかうふでくらいの大きさでしょうか。とてつもなく高価な品に見えます。

「地球とこの世界とをつなぐゲートをもねじ曲げるアーティファクト、その名もカロカツクーウである! 古代よりエルフが受けいできた秘宝ひほう中の秘宝ひほうだ」

 またももったいぶった言い回しでした。

 ここで、四年生のアスミチが口を開きます。輝くカロカツクーウに強くひきつけられたようです。

「カロカツクーウ……ゲートをねじ曲げる……もしかしてぼくたちがここに連れてこられたのって……あの秘宝ひほうのせい?」

 アスミチは好奇心こうきしんあふれる性格で、怪獣かいじゅうとか、かっこいい武器ぶきやアイテムが大好きなのです。

 アスミチの言葉にエトバリルが答えます。

「君たちを連れてきたのはカロカツクーウの力ではない。しかし、ゲートをベルサームに誘導ゆうどうすることができる。歴史れきしの始まる前より、エルフにカロカツクーウ、ドワーフにダロダツデーニ、わずか地上に二つのみ、伝わる秘宝ひほうだ」

 誘導ゆうどうという言葉を聞いて、アスミチが自分なりに解釈かいしゃくしました。

「たとえば、どこかで雨がっているのを、雨雲を引っ張ってきて自分の畑にを降らせる、みたいなことができる装置そうちってことかな……」

 エトバリルが目を細めました。

「そのたとえは正しい。魔法を知らぬ者にもわかりやすい説明だな。さすが地球人だ」

 エトバリルは秘宝カロカツクーウをしまいこみながら言いました。

「あたしたち、もともとはどこに移動させられるところだったの……?」

 パルミがめずらしく弱々よわよわしい口調で言いました。

「トモダチの少女よ。カロカツクーウの示す座標ざひょうによれば、無人の荒野こうやにゲートが開きかかっていた。ここからはるかにへだたり、人もいない土地に、な」

 エトバリルは、子どもたち五人のあっけにとられたような表情を見て、さらに自尊心じそんしんがくすぐられたようでした。こんなふうに続けます。

「君たちはだれの助けもないまま、荒野で生きるか死ぬかの時間を過ごすことになっていただろう。ベルサームのような世界でもまれなる文明国に来ることができたのは、秘宝カロカツクーウで私がここまでまねいたからなのだ。ここで何不自由なく暮らすといい」

 今度はアスミチではなく、トキトがエトバリルに話しかけます。

「エトバリルさん。おれたちに仕事をさせるためにんだんだろ? 仕事をするかわりに生きていけるように助けてくれるっていう取り引きなのか?」

 まるでエトバリルが親戚しんせきのおじさんであるみたいに親しげにたずねました。

 “取り引き”という言葉をエトバリルは少し考えてみたようでした。

「ふむ、そう言ってもいい。取り引きでも間違っていない。だが今はトモダチとして協力関係きょうりょくかんけいを作ってゆきたいものだな。私は少し困った問題をかかえている。その解決に協力してもらいたい。君たちの記憶をりて、ある物を作るのだ。君たちによけいな負担ふたんはかけない。さあ、そろそろ準備じゅんびが整うころだ。話はそちらでしよう」

 中庭にふぞろいな岩の人形のようなものがたくさん動いています。動きはのろのろとしていますが力は強そうです。兵士が命じると忠実ちゅうじつに動き、荷物にもつを運ぶ仕事をしています。

 岩の人形によって、大きな機械が運び込まれていました。

  その様子を子どもたちのそばでながめていたノノレクチンが、説明してくれました。

「あのしもべたちが気になる? 魔法の力で動くゴーレムよ。あれくらの大きさだと人間の使うとびらや通路を通れるから便利よね。もっと大きいのもいるし、小さいのもいる」

「便利ですね。魔法の力なんていうのが、ある世界なんですね……」

 ウインが感慨かんがい深そうに言いました。

「そうだ。あなたたち、まだお名前を聞いていなかったよね。さっきも名乗ったけれど、私はノノレクチンと言います」

 背の小さいメイドも自己紹介じこしょうかいをします。

「私はシュガー。あまい甘いシュガー」

 と、語られた言葉はジョークめいていたものの、彼女の顔つきは変わらず、無表情のままでした。

「二人とも、わざと違う名前を名乗ってるよね……」

 と、カヒがアスミチに声を低めて言いました。

「わかるの?」

「なんとなくわかる」

 三人目のタバナハが、

「東のケロム密林みつりんの部族からこちらに奉公ほうこうに来ています。タバナハです」

 と名乗りました。このときにはカヒは、

「きっとタバナハさんは本名ほんみょう

 と言いました。

 次に自分の名前をげたのはウインです。

 トレードマークのポニーテールの頭をぺこりと下げて、

「私は芝桜しばざくらウイン。読書が好きな十一歳です」

 彼女のとなりでトキトは胸を張って言いました。

「俺は庵小柄あんこづかトキト。十一歳。放課後に近所の野原や山を探検たんけんするのが趣味しゅみなんだ」

 続いてパルミが口を開きます。首のチョーカーにつけたシルバーアクセサリを揺らし短いボックスカットの黒髪を両手でかきあげながら、

「あたしは本殿ほんでんパルミ。十歳。今はちょっと機嫌きげんいいよ。エトバリルんの持っている秘宝ってゆーの? あれを使ったら地球に帰れるんっしょ?」

 ノノレクチンは、パルミの言葉に対して「それは私たちにはなんともわからないけど」とひかえめな答え方をしました。

 それに続いてカヒが、おずおずと自己紹介しました。くしゃくしゃの天然パーマの髪をうつむけて目を半分くらいかくし、その奥から、

「わたし、わたしは加藤カヒ。片付かたづけや整理整頓せいりせいとんが得意……です」

 ノノレクチンが

「わあ、整理整頓せいりせいとんができるのね。きっと私よりメイドに向いているわね、カヒちゃん」

 と反応しました。

 最後にアスミチが言いました。

「ぼくは甲野こうのアスミチ。カヒと同じ九歳。小学四年生。テレビ番組のアルティメット人間が大好き……あ、テレビは、こっちの世界にあるのかな」

 ノノレクチンが残念、というように軽く笑って、

「テレビは、ないのよー」

 アスミチは言い方を変えました。

「じゃ、じゃあ、生き物の図鑑ずかんを読むのが好きです」

 シュガーがあごに手をやって、考えながら教えてくれます。

「図鑑……はあるね」

 タバナハがシュガーに言います。

「神様の翻訳ほんやくが正しいなら、図鑑というのも本ですよね、シュガーさん」

 シュガーはうなずいて、続けました。

「図鑑も本だな。たとえばタバナハの生まれ故郷こきょうの生き物のページだったらオピ・ケロムの絵が描いてあって、そこに人の五倍の背丈せたけのある大猿でオスはハーレムを作る、ハーレムから追い出されたはぐれオスは凶暴きょうぼうで人をおそうこともある、なんて書かれているはず」

 タバナハは花が開いたように明るい顔になり、言います。

「シュガーさん、よくわかります。ご説明ありがとうございます」

 最初の印象いんしょうのとおり、ノノレクチンは不思議ふしぎなお姉さん。シュガーは無表情むひょうじょうだけれど無愛想ぶあいそうではない子どものような身長と体型の女性。タバナハは、十代後半くらいで親しみの持てる人柄ひとがらの女性のようでした。

 話していたときに兵士へいしの一人が呼びに来て、五人の子どもたちは中庭のべつの場所に連れてゆかれました。


 兵士たちが、岩人形のしもべをあやつっています。「ゴーレム」と呼ばれています。人間の半分くらいしかない小さいもいて、その小さいゴーレムは「ゴダッチ」と呼ばれています。

 ゴーレムたちは、大きな金属きんぞくの部品を両手にかかえて運びこんでいます。

 運んだ部品を兵士たちが組み立てています。どうやら自動車よりも大きめのサイズの機械がいくつか完成するようです。しかも、ずんぐりむっくりながら、人間のように手足がついているように見えます。

 できあがったのは人型の機械です。コガネムシのような光沢こうたくでテカテカしています。色違いが五体、ありました。

「ベルサームの新兵器しんへいき甲冑かっちゅうゴーレムである」

 エトバリルがほこらしげな響きを声ににじませて、言いました。どうやら、子どもたちにやってほしい仕事が、あきらかになるようです。

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