第7話 パダチフとの戦い 私たちは生きのびる

 てきを殺すだろうと言われて、ウインたちは大きな衝撃しょうげきを受けていました。言葉すら出ない空白の時間が流れます。

冗談じょうだんじゃないぜ!」

 真っ先に大声をり上げたのは、やはりトキトでした。

 ウインはエトバリルに真っこうからさからうのはけっしていいやり方ではないとわかっていましたが、止める気にはなれませんでした。それのみならず小さな声で

「ほんとに冗談じゃないです」

 と自分の口がしゃべるのを聞きました。自分では意識するより早く言葉が出ていたのでした。パルミ、アスミチ、カヒの声も聞こえてきます。

「殺すって? 人を? あたしたちが? 無理無理無理ダメダメダメ!」

「兵士になんかなりたくないよ」

「わたしも、そんな怖いこと、できない」

 エトバリルは鼻白はなじらんだ表情をかべましたが、子どもたちからは見えません。

 エトバリルにマシラツラが歩み寄ってきました。

「エトバリル、けものたちがみょうに荒ぶっている。このまま甲冑ゴーレムと戦闘させては、獣と甲冑ゴーレムと、無駄に死ぬものが出るやもしれん」

 エトバリルはじろりとにらむと、

「マシラツラ、貴様が手駒てごまとして提供した獣の損耗そんもうをしたくない気持ちは理解できる。だが、なにより時間がとぼしいのだ。甲冑ゴーレムを実戦で使えるなら、今日のうちにそうしたいのだ」

 マシラツラはそれ以上言いつのるつもりはないようで、頭を低くして下がってゆきました。

「な、なにかありましたか」

 とウインが甲冑ゴーレムの中からたずねます。心の中では「なにかがあってほしい。マシラツラの水入りがあって戦いなんてなくなってほしい」と願いながら。

 ノノレクチンが解説してくれました。

「ごめんねー。残念ながら、戦ってもらうことになりそうです。今から大きな動物と模擬戦もぎせんです。マシラツラ様が動物部隊パダチフの担当なので抗議こうぎなさったけど、あえなく却下きゃっかされちゃったところ」

 子どもたちは、戦いと聞いて非常に緊張きんちょうしていました。マシラツラの意見が通らず、動物と戦うことになったのはつらいところですが、実戦ではない模擬戦と聞いて少し緊張がやわらいだ気がしました。

 ゴトゴトと車輪の音を立てて、大きなおりがいくつも運び込まれてきました。岩ゴーレムや、小型のゴダッチは人間よりも力が強いようで、思ったより少ない数でおり牽引けんいんして動かしています。

 甲冑ゴーレムの並んでいるこちら側ではなく、中庭の反対側に、けものたちの檻がたくさん集められてきました。五人はのぞき窓から自分たちの相手となるパダチフと呼ばれる獣を見ようとしています。ならぶ檻と、中の動物たちに、地球の動物園のゾウやキリンのいる飼育舎しいくしゃを連想しました。

 しかも、この檻の数々は、ゾウやキリンといった生き物を収める施設しせつよりもさらに巨大であり、そのことが中にいる獣の大きさを暗示していました。

「君たちの仕事の成果を見せてもらいたい。命がしければ、大猿オピ・ケロムと四足獣しそくじゅうデサメーラを檻に押しもどして見せることだ」

 エトバリルはもはや友人を装うことをやめたようです。子どもたちにも兵士にするのに近い、命令に慣れた口調で伝えました。

 子どもたちが乗る甲冑ゴーレムが火がともったように駆動くどうを始めました。五体のゴーレムは腕と脚とを小刻こきざみにゆらし始めたのです。

 まるで長い夢を見ていた人が眠りから覚めようとでもしているかのように、甲冑ゴーレムは手と足をつっぱらせています。

「た、立ち上がろうとしてるの?」

 ウインが言いました。

「なにがどうなって、うぎゃああ、動いてる。どうなってるのさー」

 パルミの大声が座席のそばから聞こえます。その声に反応するようにゴーレムの中が白い光に満たされました。

 操縦席の壁が、まわりの景色けしきを映す窓に変わりました。モニタのような機能があるのでしょうか。これもウインたちが想像して作られたのでしょうか。よくわかりません。

 おりに入れられたけものがいるのが見えました。

 獣はひとつの檻に一頭が入れられています。

「戦車として使役しえきするための、大猿オピ・ケロムと、四足獣しそくじゅうデサメーラをあわせて十体、ここに用意した。檻を開けて解き放つ。君たちは元通り檻に戻せばよい。さあ、地球の子どもたち、新兵器の甲冑ゴーレムを動かして見せよ」

 檻の中で、一頭だけどうしても落ち着かないものがいました。皮膚ひふよろいのように見える獣です。四足獣デサメーラでしょう。

 荒ぶるデサメーラは、檻に頭突きをくり返しています。ごすんごすんと低い恐ろしい音を立てています。自分の頭が傷つき、その傷が広がって血をき始めても、うなり声を上げるだけで、動きは止まりません。

「あれでは使えぬ。地球の子どもたち、魔法をお目にかけよう。魔法使いでありエルフであるエトバリルがすみやかに心臓を止めて殺す」

 エトバリルが右腕をふり上げました。その手のひらが雷光のようにまぶしい光を発します。

 デサメーラのひたいに、まったく同じ雷光がひらめきました。それで、終わりでした。

 ごす、という音とともに檻の鉄格子てつごうしに頭を打ちつけた直後、獣は動かなくなりました。体重をすべて自分の頭部に乗せ、後脚あとあしを強くつっぱって力いっぱい破壊の力をこめた姿勢、そのまま固まって。黒い目をいっぱいに見開き憎しみの感情をあらわにしたまま動きません。デサメーラのひとみから光が失われました。

「な、なにあれ……こわいよ」

 カヒの声がウインたちに届きました。

「魔法で、かんたんに殺すことができるなんて……」

 アスミチがそこまで言って絶句せっくします。のみこんだ言葉は、誰もが想像したとおり、「自分たちもあっさり殺される可能性がある」というものだったのでしょう。 

 ウインの目の前に、ハンドル、ギアチェンジレバー、アクセルペダル、ブレーキペダルがありました。お父さんの自動車にそっくりでした。

 不思議なことに、自動車とそっくりな部分がありながら、ほかの機械が混じっていました。ビデオゲームのコントローラのようなもの、テレビのリモコンのようなもの、パーソナルコンピュータのキーボードまで、所狭ところせましと並んでいました。

 思い出す中で、いろいろな機械の記憶もかんでいたのかもしれないとウインは思いました。

「スマートフォンだってコピーできたんだもん。甲冑ゴーレムも動く可能性、あるよね」

 はたしてウインの甲冑ゴーレムは歩行を始めました。

 ウイン機だけではありません。五体あるうちの三体が、立ち上がり、前に進み始めます。トキト、パルミの甲冑ゴーレムも、動くことに成功したのでした。

 アスミチとカヒの甲冑ゴーレムは、うであしをふるわせるばかりで、立つことも無理そうでした。

「ごめん、みんな。ぼくが想像したのは特撮とくさつテレビ番組、アルティメット人間の機動メカの操縦席だった。だから……これ、動かし方がわかんない」

 とアスミチの声が届きます。カヒも、

「わ、わたしも、飛行機の操縦席を思い出して……わかんないし、こわいよ」

 どうやらすぐにはまともに動かせそうもありません。

 カヒの「こわい」は、操縦方法がわからない混乱と、それよりもゴーレムを動かせないと命を奪われるかもしれないという思いがにじみ出ているものだったのでしょう。

 直前に見たエトバリルの非情さが、子どもたちを萎縮いしゅくさせてしまっていました。しかし同時に、エトバリルの言う通りにして、なんとしても仕事をやりとげなければならないという気持ちも起こっていました。

「なんと、三体もが即時そくじ歩行したぞ。魔法の力を使わずに。どこにいるマシラツラ、見よ、私の言う通りではないか。実験は成功そのものだ!」

 エトバリルの言葉は、どうやらマシラツラに向けられたもので、子どもたちに伝えるためではないようでした。

 けれども、子どもたちには貴重きちょうな情報でした。エトバリルは甲冑ゴーレムが五体すべて動かなくても満足しているどころか、自分でも意外に思っているのです。いがみあう関係にあると思われるマシラツラに文句を言わせないほどの大きな成果だと思っていることがわかりました。

「おし、俺とウインとパルミだけで獣を檻に戻せば、今のところは生きびられるな」

 トキトの声に力がこもっています。生き延びられる、という言葉を、さっきまでなら怖くて使うことができなかったかもしれません。けれど、今は、希望があるのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る