第6話 君たちは多くの敵を殺すだろう!

 甲冑かっちゅうゴーレムの中の五人に聞こえない場所で、メイドたちの会話がありました。シュガーが感想をもらします。

「すごいなノノレクチン。私の知らない情報があったぞ」

 タバナハは戸惑とまどいをかくしきれず、状況の把握はあくに苦心している様子です。

「わ、私は言われても意味がわからない部分が多くて……お二方、いったいなぜおくわしいんですか」

 エトバリルが文句を言う時間もしいという表情がありありに、手をりました。その動作はメイドたちにだまるようにという意味でした。そして、彼は甲冑ゴーレムの中のウインたちに聞こえるように言いました。

「もう説明はよいぞ、ノノレクチン。事情は聞いてのとおりだ、トモダチ。どうか今すぐに協力きょうりょくしてほしい。命の保証ほしょうはもちろんする」

 彼の声からは、あせる心のさまが感じられました。

 ノノレクチンの説明とらして考えれば、同じような新兵器を、敵国ラダパスホルンのほうが先に作ってしまったようです。だから、遅れを取りもどしたいのでしょう。

 なんとか急いで子どもたちに甲冑ゴーレムの完成のために説得したいという切実さもにじみ出ていました。

 トキトがいささかとまどい気味の声で

操縦装置そうじゅうそうちって、俺たち子どもだからそんなのわからないんだけど」

 と言うと

「エトバリル様、もう少し説明しても?」

 とノノレクチンが静かに許可きょかを求めました。

「む、そうか。まだ説明不足であったか……」

 とエトバリルは困惑こんわくしたように言い、先ほど黙らせるために彼女に向けた手を下ろしてノノレクチンをうながします。

「操縦席を作るって言っても、君たちは思い出すだけで大丈夫です。機械の操縦席、それを大人がどう使ったか、思い出すとあとは魔法の力でどうにかなります。ほら、地球にはいろんな機械があるでしょ、大地を走る機械、海に鉄のかたまりかべた船、空を飛ぶ金属のトリ、絵を動かして戦いや冒険をする電子頭脳でんしずのう……そういうの、思い出してみてね」

 地球にくわしいとしか思えないノノレクチンの説明を聞いて、パルミが明るく言いました。

「ノノさん、見てきたように地球のこと、しゃべるねー」

「うふふ、パルミちゃん、そうだった? 私も勉強したからねー。エトバリル様よりきっと地球のことにくわしいかも?」

 子どもたちから見えない中庭でエトバリルが口をゆがめています。が、言葉として発したのは

「まず手始めにかんたんなものを作ってもらおう」

 ということでした。おためしでなにかを作れと言いたいようです。

「甲冑ゴーレムの手元の金属のかたまりを、君たちが地球から持ち込んだという通話装置つうわそうちに作り変えるのだ。君たちの所有物を思い浮かべるだけだ。かんたんにできるだろう?」

 という手順の説明でした。

 要するに、電話(=スマートフォン)をコピーするという意味でした。

 ウインが困って言います。

「あの、中の仕組みまでは理解していないんですけど」

「つべこべ言わずに、やってみることだ」

 そこで、子どもたちは目を閉じ、スマートフォンの記憶を探ります。信じられないことに、エトバリルの言う通りに、金属がたちまち形を変えていきます。クレイアニメの粘土ねんどがひとりでに形を変えていくのを連想させる動きです。ものの数秒間で、記憶からたいらな直方体の見慣れたスマートフォンの形が生み出されます。

「今は形を真似まねただけだ。まだ記憶を手放してはいけない」

 スマートフォンの形をしている物体は、ただの黒い金属のままです。電源も入らないでしょうし、通信なんてできそうもありません。

「こちらの世界では形が意味を与えるのだ。トリが地球にもいるだろう。翼の形から、空を飛ぶ姿を想像できるな? 同じことをしてもらう。君たちがその機械を使って会話するイメージを描くのだ」

 アスミチが、本でいつか読んだ知識を披露ひろうします。

「古代ギリシャの人みたいな発想だ」

 と、知識欲の旺盛おうせいな彼らしい感想でした。

 ウインが答えて、

「この世界では魔法があるから、形が意味になるっていう考えが正しいんだろうね。ちょっと素敵すてきかも」

 とアスミチに向かって言いました。

 カヒが気になる点を口にします。

「あれ? 貝殻かいがらが通信魔法を使えるのって変じゃない? 貝殻かいがらはしゃべらないのに」

 トキトがカヒに同調しました。

「たしかに、形がはたらきを表すのなら、貝殻で通信するのは変だよな」

 エトバリルは少し苛立いらだったような声で、カヒとトキトの疑問を封殺ふうさつします。

「いい疑問だが、あとで答えることにしよう。君たちの作った装置の上に、今通話している耳あてを乗せてくれ。より強い意味を与える」

 できたばかりの黒いスマートフォン型の金属の上に耳あてを置きました。すると、耳あてが水に沈むように金属に飲み込まれてしまいます。

 あろうことか、ただの金属の塊だったはずの黒いスマートフォンからエトバリルの声がするではありませんか。

「通話する意味をもたせることができたようだな。実験は成功だ。いよいよ甲冑ゴーレムを魔法の力なしに操縦そうじゅうするための装置を作るとしよう!」


 ベルサームには過去に存在しなかった、魔法なしで操縦可能な装置が、目の前で新たに創造そうぞうされる瞬間でした。

 地球と、この異世界との技術の融合ゆうごうとも言えるでしょう。

 エトバリルの指示にしたがい、五人は「操縦装置」を記憶から呼び出そうとします。

「えっと、ええっと。操縦ってどうすればいいんだっけ? うまく思い出せない……」

 ウインはこめかみのあたりをおさえて、頭をれた姿勢しせいで苦労しています。ほかの四人も、なかなか記憶をはっきりと思い浮かべられないようでした。

「五人すべてが失敗という事態はけたいのだがな。もしそうなら……」

 とエトバリルがなにかをつぶやいています。あまり聞きたい内容ではなさそうです。

 そこへノノレクチンが助言を伝えてきました。

「頭で思い出すだけじゃなくて、体を使って思い出すといいと思うわよ。そこに実際にあなたたちが知っている機械があると思って、それを手や足を使って操作そうさする動きをしてみたらいいんじゃない?」

 五人にはありがたい助けぶねに思えました。

「ノノさん、それいいね。やってみる」

 とパルミがうれしそうに答えました。

 パルミは、家にあったコンシューマーゲーム機のコントローラーをあやつるように、両手を動かしてみます。指先はボタンを使い分けて素早く動きます。またアナログスティックをグリグリとこねる動きをしています。ゲームの世界でアバター操作をしている想像にうまく没頭ぼっとうできていました。

 ほかの四人も、同じようにノノレクチンの言葉どおりに、体を動かしています。

 五人それぞれが思いえがく形は違うものでした。

 トキトは、パルミとほとんど同じ発想で、ゲームセンターに置かれているビデオゲームのジョイスティックとボタンを思い浮かべて、それを操作そうさするように手や指を動かします。

 トキトの頭の中では、よく遊んだ対戦型のゲームが動いています。彼の手や指が、操作コマンドを入力する動きを続けます。

 一方、ウインは手元を見下ろしながら、乗用車のハンドルをにぎるつもりで記憶を呼び起こしました。両手で空中でハンドルを握る仕草しぐさをしています。

 彼女は「右がアクセル、左がブレーキ」と、いつか父親に教えてもらったことをつぶやきながら、足で想像上のアクセルとブレーキをみ、前進、停止てしいし、また前進、と自動車運転をイメージします。

 アスミチはテレビで見た特撮番組とくさつばんぐみ「アルティメット人間」に出てくる怪獣型メカが操作されるさまを想像し、両手を大きく広げています。彼の手は、まるで複雑なコントロールパネルを実際に触るかのように動いています。地球防衛部隊ちきゅうぼうえいぶたい隊員たいいんがテレビドラマの中でかっこよく操作しているシーンに自分を重ねているのです。

 そしてカヒは、飛行機パイロットになったかのように想像の中で、操縦桿そうじゅうかんを握りしめ、計器類のチェックをしています。彼女は、もちろん飛行機の操縦はできません。でも、いつだったか、飛行機の博物館に連れて行ってもらったことがありました。そこで操縦席の模型もけいに座ったことがあったのです。


「素晴らしいぞ、トモダチ」

 とエトバリルが五人を称賛しょうさんする声が、甲冑ゴーレムの中に響きました。

 五人のいる操縦席は、みごとに想像で思いうかべたとおりの形になっていました。魔法の力のせいか、金属だけではなく、樹脂じゅしやガラスのような部分も、記憶のまま再現さいげんされています。

「うわ、飛行機のメーターとまるで同じだよ……」

 と、カヒが息をのむ声が伝わってきました。

 うまくいったようで、とりあえずほっとする五人。

 しかし、続いた言葉が、子どもたちの心に冷水を浴びせかけました。

「では甲冑ゴーレムを使ってもらう。実戦だ」

 さらに続く言葉は、子どもたちにとって心をてつかせる恐ろしいものでした。

「君たちはベルサームの優秀ゆうしゅうな兵士となり、多くのてきを殺すだろう!」

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