第5話 甲冑ゴーレム完成のために私たちは呼ばれた

「あははー、気がかなくてごめんなさい」

 ウインが言いました。ここでカヒが、パルミのほうに進み出ます。

「パルミ、ノノレクチンさんとシュガーさんにも『きばのこ・はのこ』をあげていい?」

 とカヒは手を差し出します。

「え、うん、カヒっち、じゃ。よろ」

 パルミは自分の巾着きんちゃくをあずけました。手のこうをさすります。

 ノノレクチンとシュガーも、こうして地球の人気の駄菓子だがしを楽しみました。ウインたち五人とも、『きばのこ・はのこ』ほどおいしいお菓子はほかにないと信じています。だからそのおいしさが異世界の人にも伝わって、うれしく思いました。

 ウインは心の中で言うのです。

 ――よかった。三人のメイドさんたちに、もらうばかりじゃなくて、ちょっとだけど、あげることができたよ。

 エトバリルはそのあいだに部下の兵士から何かを受け取っています。たのみたいことというのに関係しているのに違いありません。

「これを頭に装着そうちゃくして甲冑かっちゅうゴーレムに乗ってほしい」

 さすがに、この流れで「トモダチ」とは言いませんでした。さきほどパルミを拒絶きょぜつしたエトバリルのふるまいは、子どもたちを友だちと思っていないことを雄弁ゆうべんに語っていました。

 貝殻かいがらをベースに作ったような耳あてをわたされました。

 エトバリルは、高らかな声で、兵士たちに合図しました。甲冑ゴーレムから離れているようにという指示でした。それからまた子どもたちに向き直ります。

「私は魔法使いでもある。物質にはたらきかける力も、みの術者以上にこころえている。これなる甲冑ゴーレムには、中に貴重きちょうなニョイノカネ金属きんぞくを使用してある。この金属は、君たちの思うがままに形を変える。では、大事なお願いだ」

 どうやら甲冑ゴーレムは、中のつくりが「思うまま」に変わるようになっているようです。魔法使いしか扱えない金属というものがあるらしいことも、このとき子どもたちは知りました。

「私の甲冑ゴーレムの中に乗りこみ、君たちの知識で機械の操縦席そうじゅうせきの内部を思い浮かべてもらいたい」

 奇妙きみょうなお願いでした。

 ――地球の乗り物の操縦席を思い浮かべるってこと? そうしたらそのとおりに金属が変形するっていう意味?

 ウインは、たぶんそういうことをエトバリルは言っているのだと考えました。


 ノノレクチンとシュガーとタバナハに背中を押されるようにして、五人は甲冑ゴーレムの前に進まされました。

 甲冑ゴーレムの胴体どうたいが前後に分かれて開きました。卵のからが割れたみたいでした。

 中は思ったより広く思えました。おそらく地球の乗り物と違って、かさばる機械部品が少ないのでしょう。

 エトバリルの五指が光をはなち、五体のゴーレムになにかの信号を発しはじめました。なにやらつぶやいている言葉には「起動せよ」のような意味があるように聞こえます。メイド三人が遠くからきびしい目で見ています。彼女たちには魔法がわかるのかもしれません。

 五人はキツネにつままれたような感じがしていましたが、ともあれ想像するだけでよいというので、協力することにします。不可解ふかかいさをかかえながらも、そうするしかないようでした。どんなひどい目にあわされるかわからない恐怖きょうふも、五人の小学生を動かす一因いちいんとなったに違いありません。

 

 甲冑ゴーレムの中には席がありました。とはいってもこしかけるためのシートがあるだけです。

 うす暗い密室みっしつです。明かり窓があるようで、うっすらと光が入ってきています。その明かりがかたくて冷たい空間の雰囲気ふにきを少しやわらげていました。

 座席まわりは、壁から天井に至るまでぬくもりのない黒っぽい金属です。ただ一箇所いっかしょ、シートの座面ざめんからは新品のかわのにおいがします。そこだけは本物のかわなのでしょう。どこかあたたかみが感じられました。壁面には、使いみちのわからないレバーや取っ手がいくつかついています。

 しかし、その壁以外には不可解なことにレバーやハンドルといったものがひとつもありません。つるりとした金属のかたまりがいくつか、それだけです。

 ほんとうに、子どもたちの記憶だけで甲冑ゴーレムの役に立つことができるのでしょうか。

 ゴーレムに乗り込む前に、耳あてを五人の子どもたちは持たされていました。二枚貝の貝殻かいがらで作ったもののようです。アスミチが受け取りながら「いかにも異世界っていう感じのアイテムだ」と言いました。

 エトバリルの言葉が届きます。

「耳あてには通話魔法つうわまほうをかけてある。音声を伝える装置そうちだ」

 声を聞いたパルミの

「すげー、魔法で通話してるじゃん」

 という声も残りの四人にとどきました。

 エトバリルが続けます。

「魔法の力をほとんど消費しょうひせずに離れた場所でも言葉のやりとりができるという魔法装置だが……地球ではこのような装置はめずらしくないというのは本当かね?」

「本当です。電話と言います。私たちも、その装置を一つずつ持っています。今はたぶん使えませんけど、見たいですか?」

 どうせ見たがらないだろな、と思いながらウインは言いました。

「それにはおよばぬ」

 たぶんエトバリルは、自分がエルフであることのほこりを持っている。その裏返うらがえしで、エルフ以外の人間を、ウインたち地球人も含めて見下しているのだとウインは考えました。「トモダチ」というのは口だけです。心からの言葉ではないのでした。

 ノノレクチンが、おだやかな声、またはのんびりした声で通話に割りこんできました。エトバリルの事情をふくめた、補助ほじょの説明をしてくれました。

「エトバリル様がおっしゃるには――」

 子どもたちに対して補足ほそくの説明をするのは、ノノレクチンに与えられた正式な仕事なのでしょう。エトバリルも、でしゃばるなと言わずに、まかせています。

「急ぎの仕事として、異世界渡いせかいわたりでおつかれのみなさんに、これから新型甲冑しんがたかっちゅうゴーレムの起動きどうをお手伝いしてもらいます。この五体は、貴重きちょうなニョイノカネ金属を使った特別なものです。こわさないでね」

 ここまではすでに聞いたとおりのことでした。さらにノノレクチンは進めます。

「ふつうのゴーレムは言葉で命令することで動きます。さきほどから中庭にいろいろと運び込んでいた岩のゴーレムもそうです。しかし甲冑ゴーレムは兵器。細かい命令できびきびと反応させなければ戦えません。つまり人間が手でコントロールして動かす必要があります」

 トキトが理解できているようで、

音声入力おんせいにゅうりょくの機械って、細かい命令とかできないっぽいしな」

 と言っています。操縦席でうなずく動きをしているのが想像されます。

 ノノレクチンは「トキトちゃんが理解しているなら大丈夫ね」と思ったらしく、続けます。

が国ベルサームは、千年前の技術を復元ふくげんして甲冑ゴーレムという新兵器を作り出しました。しかし今までにない操縦方法を作り出すことに難渋なんじゅうしております。難渋なんじゅうというのは、苦労している、うまく進まない、というような意味ね」

 ノノレクチンの口調がぐっとくだけた感じになってきました。

「えっと、それで、無理やりゲートの出口を曲げて、どこかの荒野に放り出される代わりに、君たちをこのベルサームに呼んだっていうわけなの。エトバリル様の独断どくだんでね。そもそも新型のゴーレムにそこまでする価値があるのかとか、いろいろと反対意見は出ましたけど。反対意見のほうが圧倒的あっとうてきに多かったんですけど、国王様がやってよいと許可したので、こういうことになったのです」

 ノノレクチンはエトバリルが怒り出しても不思議ふしぎではないようなことを言っています。彼女はエトバリルが怖くないのでしょうか。

 おそらくエトバリルが怒りを発する気配があったのかもしれません。その前に、素早すばやくノノレクチンが続けて説明しました。

「話が少しそれましたね。ニョイノカネ金属は神秘しんぴの金属で、あなたたちの思った通りのものに変形します。うまく動くかどうかはやってみてのお楽しみ、だれにも結果は予測よそくできないのね。だから五人も地球の子どもたちが来てくれたのはエトバリル様にとっても幸運だったの。五体も甲冑ゴーレムの操縦装置を作ってもらえば、ひとつくらいはいいのが作れるでしょ?」

 さらにもう少しだけ子どもたちに事情を教えてやりたいと思ったのか、ベルサームのことを教えてくれるノノレクチン。

「これを急ぐ理由は、敵国ラダパスホルンも同じような兵器を作っているという情報があるから。すぐに作って複製ふくせいして、すでに量産してあるゴーレムを魔法なしで動かせるようにしたい。だから呼び出して小一時間こいちじかんっていない君たちにトモダチだから助けてよ、ってお願いしているっていうわけ。マシラツラ様が見せしめに命をうばっておどしたほうが早いみたいに言っていたけど、それじゃダメなの。五人いるほうがいいんだから」

 ノノレクチンはエトバリルばかりかマシラツラの批判ひはんめいたことまで口にのぼらせました。おそらくこの城でいちばんえらいのはエトバリルとマシラツラであるように、五人の子どもたちには見受けられました。それを恐れないのは、どうしてなのでしょう。

 彼女の言葉は、説明しつつもどこか他人事ひとごとのような響きもあります。また、一方でベルサーム国が急を要する切実せつじつな状況を五人に伝えてくれるものでした。

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