第4話 「きばのこ・はのこ」を食べませんか?

 かべぎわに、甲冑かっちゅうゴーレムが並べられています。数は、五体。こしを地面につけ、両腕りょううでを体のわきにらして座りこむ姿勢しせいです。

 立ち上がると学校の二階の窓にとどくくらいになるでしょうか。甲冑かっちゅうゴーレムはずんぐりむっくりの胴体どうたいに短めの手足が生えたデザインでした。

「どれも形が少しずつ違う」

 アスミチが、頭を右に左にかしげながら思ったことを言います。

用途ようとの違いがわかるかな、アスミチ少年」

 とシュガーにうながされました。シュガーは体をずいっとアスミチのほうにせて、かがむようにして小声でしゃべります、

 アスミチはあごに手を当て考えながら答えます。

兵器へいきって言ってたよね……だから戦車みたいに使うのかな。武器ぶきは持っていないけどうでがあるんだから人間みたいな武器を持つんだろうな……。腕のつきかたも、太さも違うね。あれ? いちばんおくのは外装がいそうがスカスカで大きさも一回りほかのより小さい……」

 彼の視線しせんは甲冑ゴーレム一体一体にとどまり、それぞれの特徴とくちょうをとらえていきました。

「そうだ。凹凸おうとつが少ない丸みをびたデザインになっているが違いがある……とくに手前のは、あれは突撃用とつげきようだろう」

 シュガーがおもしろそうにアスミチに語りかけます。

 さらにアスミチの耳にだけとどくようにシュガーは続けます。

「いちばん奥のは注目したいゴーレムだぞ。なぜ甲冑ゴーレムといいながら乗り込む部分以外の甲冑がうすくて隙間すきまだらけなのだ。しかも奥にゆくほどデザインが洗練せんれんされている。あれが完成に近い汎用はんようのものなのか、それともニッチ用途ようと特殊とくしゅなものなのか、興味がきないな……」

 シュガーは目を細め、おもしろい考察こうさつに心がき立っているかのようでした。

「シュガーさん、好奇心旺盛こうきしんおうせいですね」

 とアスミチが気づいたことを言うと、

「私の親友がメカ大好きでね」

 そう答えて、シュガーのここまでの無表情むひょうじょうが少しゆるみ、遠くを見るような目つきになりました。

「あ、今、わらいましたか?」

 とアスミチが目ざとくその変化を指摘してきすると、

「笑ってない」

 シュガーは、ほころびかけたように見えた無表情をぐっと引きめてしまいました。


 地球から流れついた品々がゴーレムのそばに集められていました。五人とともにこちらに渡ってきたもののようです。

 自動車や公園のベンチもあります。おそろしいことに、大きな災害さいがいのあとみたいに、ぐしゃぐしゃにひしゃげています。

 ノノレクチンが説明してくれました。

異世界渡いせかいわたりをするとき、大きな力を受けることがあるの。そしてこの世界はいろいろな生き物や物体がじり合いやすいの。混じるのに失敗して破損はそんしたのでしょうね、それらの機械は」

 自分の持ち物で無事なものがあればひろってよいと言われたのですが、こわれていないものはあまりなさそうなのでした。

「あっ、私の水筒すいとうだ」

 ウインが自分のピンク色の水筒すいとうを見つけてひろい上げました。カバンに入れておくことにします。

 パルミも持ち物を見つけました。

「あたしのおやつを入れた巾着きんちゃく発見ー!」

 トキト、アスミチ、カヒは文房具ぶんぼうぐや教科書、ノートを見つけて、カバンの中にしまいます。

「異世界で役に立つものがあるのかどうかも、わからないけど……」

 ウインは小さくつぶやきました。

 それにしても、自動車やベンチがゆがみひしゃげ、一部が融合ゆうごうしたようになっていることは衝撃的しょうげきてきでした。空のけ目に吸いこまれたことは覚えているのですが、もしかしたら自分たちの体もぐちゃぐちゃになっていたかもしれないのです。

 ウインは手近にいたタバナハにたずねます。

「あ、あの……ぐちゃぐちゃになっちゃったあの残骸ざんがい……スクラップなんですけど」

「あ、はい。スクラップがどうかしましたか?」

「あの中に人がきこまれたりは……してないですよね?」

「え、わ、私はそこまで知らなくて……えっと、シュガーさん、ご存知ぞんじないですか?」

残骸ざんがいの中に人か……もしいたら生きていないだろうな。んー、んー、生きている人も死んでいる人も、いないみたい」

 ひたいに手を当てただけでシュガーは答えました。

「シュガーさん、今もしかして魔法まほうとかそういうのを使ったりしましたか?」

 とタバナハ。

「使ってない」

「うそー、使ってましたよね? 術者じゅつしゃがメイドのお仕事をしているなんて聞いたことがないんですけど」

 シュガーは無表情のまま、しかもどことなく棒読ぼうよみのように声に気持ちが入っていない感じの声で答えます。

「そうだね。術者じゅつしゃめずらしいから、わざわざメイドの仕事をしなくても、かせぐ方法は、いっぱいあるよね」

「急に口調が冷たくなりましたよ! なんでかくすんですかシュガーさん」

かくしてないヨ」

「ますますかくしている感じのしゃべりかたになってるじゃないですか!」

 質問したほうのウインが、

「タバナハさん、そろそろ追及ついきゅうをやめておいたほうが……私も、人が怪我けがをしたりしていないとわかって安心しましたし」

 と、興奮こうふんするタバナハをなだめることになってしまいました。

 五人はさらに自分のお弁当べんとうを見つけることができました。異世界に渡ってくるとき朝でしたから、お弁当は手つかずでした。長持ちしないでしょうが、いつもの食べ物があるのは安心なことでした。それに、家族が作ってくれたお弁当は、心細いこの状況じょうきょうで、とてもうれしい回収物かいしゅうぶつだったのです。

 パルミがウインになにかを差し出しています。小さなお菓子かしです。

「どうぞ、ウインちゃん」

「あれっ、パルミ、これ『きばのこ・はのこ』じゃん」

 日本ではコンビニなどどこでも売っている有名なお菓子かし『きばのこ・はのこ』でした。クッキーにチョコレートを組み合わせて、けものきばや生き物の歯の形をいろいろと再現さいげんした駄菓子だがしです。

「いしし。お菓子入れの巾着袋きんちゃくぶくろにいっぱい入れておいたの」

「ありがとう。いただくね。甘いものは安心するー。ああ、チョコとクッキーの甘い味。おいしいなっ」

 ウインはひとつもらってほっぺたの内がわで味わいました。すぐに飲みこんでしまいのがしかったのでリスになったつもりで長く味わおうと思ったのです。そのあとクッキー生地きじがつばを含んでとけてに落ちていってしまいましたけれど。

「はい、カヒっち。トキトっち。アスっち」

 とパルミはみんなに一つずつ食べさせていきます。そのあとで自分も一つ食べました。

 ウインはパルミの行動を見ながら、内心で

「パルミはすぐに男子に文句を言うし口が悪い子に見えるけど、ほんとは思いやりのある子なんだよね。なんで口だけは、あんなに男子につんけんするのか不思議ふしぎなくらい」

 と思うのでした。

 みんな、『きばのこ・はのこ』が大好きでしたし、甘いものを食べることでリラックスできたみたいで、うれしい瞬間しゅんかんでした。

 そこへエトバリルが近寄ちかよってきます。こんなふうに声をかけました。

甲冑かっちゅうゴーレムの準備がととのった。こちらに来てもらおうか、トモダチ」

 あいかわらず単調な口調で、幽霊ゆうれいのような印象いんしょうでした。

 パルミがエトバリルの顔を見つめて、一瞬いっしゅんためらうような時間がありました。

「エトバリルん、食べる?」

 と、友だちにするように軽い感じに『きばのこ・はのこ』を手のひらに乗せてエトバリルのほうに差し出します。

 エトバリルは顔に近づいてくるパルミの手に、あからさまにぎょっとした表情をかべ、手のこうで払います。

得体えたいのしれぬものを口にしたくはないわ」

 と言いはなちました。その彼の冷たい態度たいどと、つき放すような言葉に、どう考えても「友だち」に言う言葉ではないと五人は感じました。

 はねられた『きばのこ・はのこ』のゆくえは、どうなったでしょう。

 お菓子は、放物線ほうぶつせんえがいて飛んでいきました。その先にタバナハがいました。タバナハが手のひらを胸の前に出すと、小さなお菓子はそこにぽんとおさまります。手からチョコのきばが生えたみたいでした。

「タバナハさん、よかったらどうぞ……えっと、地球の食べ物が危険きけんだと思うなら、もちろんことわってくれていいんですけど」

 とウインがパルミを横目で見ながら言いました。パルミはあごを何度も引いてこくこくとうなずいています。エトバリルに強く拒絶きょぜつされたショックで今は言葉は出てこないようでした。

「いいのー? 私のかわいいゴグの犬歯けんしみたい、ありがとー」

 タバナハはためらいもせず口にお菓子を放りこみます。

「サクサクしてるー。あ、上にかけてあるのが甘いのね。これ好きかも」

 と、ウインたち地球人となにも変わらない反応です。子どもたちはほっとしました。

 アスミチがウインとパルミに近寄ってきて、

「食べ物をあげることが異世界の人にとって失礼なことっていうわけじゃないみたいだね」

 と小さな声で言いました。

 そのとき、そばにいたトキトが驚いた声を出しました。

「わっ、びっくりした。俺の横に気配けはいもなく……ノノレクチンさん。それにシュガーさんまで!」

 見ると、ノノレクチンがウインとパルミに満面まんめん笑顔えがおを向けています。その横には相変あいかわらず無表情ですが、明らかに好奇心こうきしんを目に浮かべているシュガーがいます。

 二人そろって、お菓子が乗せられるように、手の平を胸の前にちょこんと二つくっつけた形で広げています。

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