第8話 トキト必勝・ファッションショー!

 ウインはハンドルを両手でかたくにぎって、覚悟かくごを決めました。ハンドルにあごをくっつけるくらいに前のめりになり、アクセルを少しずつみこみます。

「動いて、甲冑かっちゅうゴーレム」

 ウインの願いにこたえてくれたのか、甲冑ゴーレムは歩き始めました。

 見ると、中庭にずらりと並んだおりのふたが上がっています。

 大猿オピ・ケロムは、二階建ての家の屋根ほどの身長があります。頭のぶんだけ甲冑ゴーレムを上回る大きさです。四足獣しそくじゅうデサメーラも、体高はそれよりだいぶ低いものの、体の大きさ自体は同じくらいあると思われます。

 どの檻からも、凶暴きょうぼうな目を光らせながら、けものたちが出てこようとしていました。

先手必勝せんてひっしょう大勝完勝たいしょうかんしょう、ファッションショー!」

 トキトが、「えいえい、おう」の代わりに、でたらめなときの声を上げて甲冑ゴーレムを前進させました。

「俺の甲冑ゴーレムはゲームセンターの戦闘ゲームをイメージしたから、使いやすいぜ。コマンドを入力したらわざが出るかもな」

 カショカショ、ガチョガチョと二本レバーを動かす音が聞こえます。

 トキトのゴーレムは赤い塗装とそうをしてありました。灰色の体毛、といっても黒にちかい色のオピ・ケロムの一体がトキトの前に立ちはだかりました。赤色と濃灰色のうかいしょくの対決です。

「前ダッシュ、左腕さわん防御ぼうぎょのまま、しこみっ」

 トキト機が猛烈もうれつに前進して大猿に激突げきとつしました。眺めていた兵士たちには、赤い軌跡きせきを残すようなすばやさに見えました。

 大猿が両腕りょううででゴーレムの両肩りょうかたをがっしりとつかみます。力くらべの格好かっこうです。

 しかし、組み合ってからわずかな時間で、あきらかな差が出ました。大猿オピ・ケロムは押されるままにうしろに下がりはじめました。トキト機が足のつま先に力をこめ地面をふみしめてぐんぐん前進し、オピ・ケロムはかかとを地面にめり込ませながらずるずる後退してゆきます。

 ベルサームの兵士たちから驚きの声がれました。

「おおー」

「なんとすばやい」

「これほどの力とは」

 ここまでほとんど私語らしいものを発しなかった統率とうそつのとれた軍でしたが、戦いに興奮こうふんしているのがわかりました。

「やるわねー、トキトちゃん。でもオピ・ケロムは一頭だけじゃないのよ、気をつけて」

 いつの間に移動していたのでしょうか、ノノレクチンが中庭の真ん中あたりにいます。トキトの甲冑ゴーレムのほんの近く、危険な位置です。のんびりした声でトキトたちに注意をあたえていきます。

「まわりのオピ・ケロムとデサメーラが集まってくる前に、動けるウインちゃんとパルミちゃんで、トキトちゃんのわきを固めて、急いで急いでー」

 ノノレクチン本人はちっとも急いでもあわててもいない口調くちょうです。

 ウインとパルミは、その言葉にあせりました。

「トキト、囲まれたら危ない」

「一人で突撃とつげきとか、後先あとさき考えないんだから、男子は!」

 ウインの薄紅色うすべにいろのゴーレムと、パルミのオブシディアン(黒曜石こくようせき)めいた黒光沢くろこうたくのゴーレムも、前に出ます。ゴーレムの色は甲虫こうちゅうの光沢に似ていたのですが、女子二人はコガネムシのようにつやつやの自分のゴーレムの色を、心の中で詩的に表現したのです。

 トキトのゴーレムが大猿を檻に押しもどしてしまうと、兵士たちにによってふたが閉じられました。

「まずは一頭いっとう。のこりは八頭はっとう、あわせて悪戦苦闘あくせんくとう、まちがいなし」

 トキトの軽口は地球にいたころのままでした。おそらくはじめての機械での戦闘で、精神がたかぶっているのでしょう。

「トキト、私たちは君ほどうまく操作そうさできないんだからね」

「だしょ、だしょ。トキトっち、あんまし期待しないでおいて」

「わかった。うけたまわった。戦った!」

 赤いゴーレムが突然、地面に仰向あおむけに寝転ねころがったように見えました。

 ――まさか攻撃を受けたの? 近くになにもいないのに?

 と、ウインはとっさに思ったのですが、かんちがいでした。

 実際にはスライディングの姿勢でパルミのゴーレムのわきをすり抜けるトキト機の動作でした。

 人間の体であればスライディングでパワーを出すことはできないのですが、ゴーレムはちがうようです。トキト機は、デサメーラが頭を低くして突進してきていたのに気づいて飛び出したようです。

 トキトの甲冑ゴーレムは、スライディング・キックをします。デサメーラの顎先あごさきかかとを打ち付け、そのまま足をね上げて四足獣をひっくり返しました。

「あっ、ひっくり返ったら、あたしでも押せるかも。まっかせて」

 オブシディアンカラーのゴーレムが不器用に音を立ててゴキョゴキョと走り、デサメーラを仰向あおけのまま檻に押し込んでいきます。デサメーラはひっくり返ったカメによく似た感じでジタバタしました。そしてカメの甲羅こうらのようにパルミ機に推されて地面をすべっていきました。

「いっちょあがりー」

 パルミがデサメーラを檻にもどすことに成功しました。 

「トキト、こっち、大猿がいっぱい来てる」

「こっちも必勝、ファッションショー!」

 トキトの赤いゴーレムはいったいなにをどう入力すればそう動くのかわかりませんが、こしをくねらせた歩きかたでウインの薄紅色ゴーレムの前に出ます。

 ファッションショーと言っていたので、もしかしたらファッションモデルさんがランウェイで見せるモデル歩きを真似まねしているのでしょうか。

「いやいや、モデルさんに失礼でしょ。あれは左右をキョロ見しながらヒゲダンスに失敗している人だって……」

 と、トキトに聞こえないようにウインは操縦席でつぶやきました。

 ジグザグの動きで進みながら、腰で二体の大猿をバインバインとね飛ばすトキトの赤ゴーレム。

「バカみたいな動きだけど、バカ強い!」

 パルミは声を小さくしたりせず、大声でさけぶのでした。

 そんなパルミの甲冑ゴーレムの近くで、パルミに呼びかけている人がいます。

「おーい、パルミ少女ー。こっちにはデサメーラが来ているぞ」

 あいかわらず無表情なのに、まるで山でやっほーとさけぶ人みたいに腰を前に曲げて、片手をメガホンの形にして声をかけてきたのは、シュガーでした。

 メイドなのに、ノノレクチンといい、シュガーといい、怪獣かいじゅうとゴーレムひしめく戦場に、なんでもないように入ってきています。その不自然さを気にしている余裕よゆうは子どもたちにはありません。

「ひゃあああ! ヒヤヒヤだ冷やあせだああああ」

 パルミの叫びは、トキトの脚韻きゃくいんと逆に頭韻とういん(はじめのおんをそろえること。ここでは「ひ」にそろっています)をんでいます。トキトが強いので、パルミのほうもちょっと心に余裕が出てきているのかもしれません。

 ウインは自分の操縦席にもゲームのコントローラのパッドがついていることを思い出します。

 ゲームなら、トキトにも負けるつもりはありません。とはいっても、はげしい戦闘のあるゲームは、ほとんどプレイしないのですが。

「ゲームのパッドまであるんだし、マイクロフォン機能くらい、ついてるでしょ。パッドにくわえて音声入力。ウスベニちゃん、パルミのクロカナブンをかばって、四つ足の獣に足払あしばらいと頭突ずつき!」

 ウインの機体はすばやく動きました。デサメーラに足払いはあまり有効ではありませんでしたが、頭突きで下がらせることができました。音声に反応してくれたようです。

「ひどいよウインちゃん。そっちのゴーレムがウスベニちゃんなのに、こっちはクロカナブン!」

「動くよ。パルミも音声、試してみて。あとごめん。黒くてピカピカしてたから。ゴキよりいいでしょ」

「コクヨウセキのコクヨウちゃんだから! コクヨウちゃん、ビーム攻撃、ミサイル攻撃、マシンガン、ってえええ」

 パルミのゴーレムはっ立ったまま、動きませんでした。

「パルミちゃーん、こっちの世界は、火薬かやくじゅうがとっても作りにくい世界なのね。だからミサイルとかは作れないの。あと、ビーム攻撃は文明がまだそこまで発達してないのでごめんね」

「ノノレクチンさん、なんでそこまでくわしいのっ!」

 ウインがさけびます。

「またあとの機会に説明するけど、地球にはちょっとくわしくてね。ふふ、またあとのお楽しみ。だから、今は生きびてね」

 同じように戦場で平気な顔しているシュガーが助言じょげんしてきました。

「ウイン、パルミ。二人もトキトのように武術ぶじゅつで戦うんだ。それができないなら、鈍器どんきを使えばいい。私たちは知性ある生き物だろう?」

 シュガーはシュガーで、少し変わった人なのでした。兵士たちがゴーレムと獣との戦いを遠巻とおまきにしてざわめているところをみると、そっちがこの異世界でも当たり前の反応なのでしょう。この戦いに割って入ってきてごく普通の会話をするこの二人は、いったい何者なのでしょう。

 二人の正体とか目的とかがすっかりわかるのは、まだ先のようでした。

 

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