第9話 ノル、「ぎゃわーん!」と転ぶ

 パルミは、メイドのシュガーの助言じょげんで理解します。

「そか。マシンガンがなければ鈍器どんきを食らわせればいいじゃんー!」

 と、地面の岩をゴーレムでつかみます。

「あれ、あれ、あれれれ、この岩でっかい」

 ゴーレムが片手で持ち上げようとした岩は地面の下に深く食いこんでいたようでした。見えていたのはいわば氷山の一角いっかくです。しかし、ゴーレムの力はウインやパルミの想像以上でした。ウインが心配して声をかけます。

「パルミ、その大きさの岩、大丈夫なの? 落としたらゴーレムごとつぶれちゃうんじゃ? 気をつけて!」

 パルミのコクヨウちゃんゴーレムは、重量挙じゅうりょうあげの選手がバーベルを持ち上げるようなポーズで、自分のボディよりひとまわり大きな岩を頭上にかかげていました。

「え、うそ、あたしもちょっと、どうしていいか。歩けるの、これ、威力いりょく、コクヨウちゃんもそうだけど、獣もこれの下敷したじきになったらげきヤバくんじゃん」

 パルミのそばに近寄っていたデサメーラが明らかにひるんだ様子で動きを止めました。

「パルミ、威嚇いかくしろ。おりに逃げこませるんだ」

 トキトから通信が入りました。

「そうだよ、パルミ。岩でおどせば逃げるよ」

 ウインはそう言いながらゴーレムをパルミの後ろに移動させました。パルミが後ろから獣におそわれることがないようにするためです。

 パルミのゴーレムがデサメーラ、オピ・ケロムを威嚇いかくしてゆっくり歩きはじめます。

「おっとっとー、ケモノっちょー! 岩がこわけりゃ、そら逃げろ! みんなでジェイル(牢屋ろうや)へ、ゴー・バック!」

「言葉はさすがにわからないわよ、獣ですもの、ヒトじゃないもの」

 とノノレクチン。

「わかってるけど、動くと、バランスが……おっとと、おとうと、おとうと、おかん、岩、落とす、岩、ガンガン落としちゃう」

 ふらつきました。それがむしろうまく作用しました。

 大猿オピ・ケロムも、四足獣しそくじゅうデサメーラも、大岩の破壊力は理解できると見えます。じりじりと後退あとずさりして檻のほうに下がってゆきました。

 ウイン機がパルミ機のうしろから前に飛び出します。

「獣たち、もどりなさい!」

 ウインが大きな声で一喝いっかつし、甲冑ゴーレムの腕をぶんぶんふり回しました。

 それをきっかけに、獣たちは自分たちのほうから檻に逃げこみます。

 パルミは大岩をなんとかもとの位置にもどすことができました。

 トキトのゴーレムが合流しました。

「おっ、獣たちも安全な場所が檻だってわかったんだな。いい子だ」

 謎の歩き方のまま、腰をふりふりしているトキト機です。

 獣たちの檻のふたがりました。

 ベルサームの兵士たちから「わっ」と歓声かんせいが上がります。

「やるじゃなーい。がんばったね、トキトちゃん、ウインちゃん、パルミちゃん」

 とノノレクチン。

「アスミチ少年、カヒ少女、もう出てきていいよ」

 シュガーが、動かなかった甲冑ゴーレムの中にいる二人に呼びかけました。

 さらに続けて、一部始終を見ていたエトバリルに向かってシュガーは

「子どもたちを休ませてやってもよろしいのでは?」

 と冷たく言いました。それを聞いてようやくエトバリルは模擬戦終了の許可きょかを出したようです。

 アスミチとカヒが、シュガーに操縦席を開いてもらってそろってゴーレムからりました。

 マシラツラがいつのまにか戻ってきています。とは言っても地面にはいません。外壁の上から中庭を見下ろしています。身をかがめているさまはほんとうのサルのようでした。

「君たちにしてもらう仕事はひとまず完了だ。赤い甲冑ゴーレムをここへ」

 エトバリルがトキトのゴーレムを呼び寄せ、指で合図を送るとハッチが開きます。

「ご苦労。言っておくが私は生身でも甲冑ゴーレムを凌駕りょうがする強さを持っている」

 トキトのほうに向かってふわりと空中を移動してみせました。まるでわた毛が風に浮かぶような重力を感じさせない動きでした。エトバリルは、トキトのひたいれました。エトバリルの指がとどいたかと見えた直後に、トキトがはガクリと頭をれてしまいます。

 ウインとパルミがさけびます。

「トキトー!」

 まさか殺したのかと思ってパニックになる子どもたちです。

「眠り魔法だ。このように接触状態せっしょくじょうたいならば魔法が通る。ヒト相手であろうとな」

 アスミチが小声で言います。

「そういえば、デサメーラには離れたところから魔法を使った……」

 エトバリルは効果の確実な「接触せっしょく」という状態でトキトに魔法をかけたようでしたた。ほかの四人にはトキトが眠っただけだとわかったことが大事なことでした。

「寝室に運んでやれ」

 とエトバリルが言い放ちました。そして「地下へ」と言い置いて、そこから立ちりました。

「よかった、生きてる」

 眠りについてしまったトキトの顔を見ながらウインはほっとしていました。しかし同時に、またわかったことがありました。

 ――トキトだけ、眠らせた。なにもしなくてもトキトは下りてきて寝室に自分で歩いただろうに。

 そのことは覚えておきたいと思いました。だって、

 ――エトバリルはすごく強い。自分で言うとおりに強いんだろう。でも、トキトを恐れたんだ。予想以上にトキトは強かったんだ。

 エトバリルが眠り魔法でかんたんにトキトを無力化できることを、自分自身でも確認したかった。そして歯向かってもムダなことを、トキトをふくめた五人に見せつけたかった。そうに違いないと確信していました。

「ふたの開け閉めは、今のところ魔法なのよね。君たち五人に勝手に出てこられては困るからだと思うけど」

 とノノレクチンは言い、

「あ、ウインちゃんとパルミちゃんのは私が開けました。私も魔法使いを名乗れるくらい、魔法はできるほうなのよ。びっくりした?」

 ウインたちにそう言ってきましたが、五人ともおどろきませんでした。さっきの戦いの場に平気で立っていられるノノレクチンとシュガーがふつうの人間のわけがないと思ったからです。

「お二人とも、なんであんな危険なところに入っていっちゃったんですか。私は心臓が破裂はれつするかと思うほどびっくりしちゃいましたよ!」

 と、タバナハはおどろいているようでした。今日まで仕事の仲間だった人が異常な行動をしはじめたのですから、さぞびっくりすることだったのでしょう。


 兵士たちが、甲冑ゴーレムのうちまともに動いた三体をどこかへ運び出してゆきました。アスミチとカヒの甲冑ゴーレムは立ち上がれなかったためでしょうか、二体とも、そこに放置ほうちされました。

 眠ったトキトを、どうやって寝室に運ぶか、三人のメイドが話し合っています。

 でもちょっと変なのでした。ふつうなら三人の女性の力では「運ぶのがむずかしい」とか「あなたが運んでほしい」などという意見が出るのではないでしょうか。

 ここでは、三人ともが「自分がトキトを運ぶ」と主張しているようです。

 ウインたちがびっくりしたのは、今度はその変な仲間にタバナハが入っていることです。

「私もトキトさんを運べますから」

 トキトは小学六先生であるものの、中学生と間違われるくらいに発育がいいのですが。タバナハは小柄こがらな女性です。ほんとうに運ぶ力があるのでしょうか。

 パルミが「トキトっち、異世界で急にモテモテ人生はじまっちゃったの?」と、冗談っぽく言いました。ウインは、「たぶんちがうんじゃないかなあ」と答えるのですが、自分でもトキトのうばい合いのような状況を説明することはできません。

 ノノレクチンが、あっけにとられている四人に気がついて、言いました。

「あらら、とまどわせちゃったみたいね。トキトちゃんがモテモテになったみたいに見えると思うけど、たぶん違うわよー」

「そうだな。トキト少年はモテないよ」

「わっ、シュガーさんひどいですよ。トキトさんはモテているわけじゃない、という言い方にしてあげてください」

 ではなぜ自分がと言い合っていたのかは、メイド三人は言わないのでした。

 すぐにわかることになるのですが、三人とも、ほかの人には教えられないそれぞれの理由があったのです。

 らちが明かないので、ノノレクチンが「じゃあ、起こしちゃいましょう。歩いてもらうのが楽ちんだし」と言って指をってトキトを目覚めさせてしまいました。

「ありゃ、トキトっち残念無念ざんねんむねんだねー。美人さんにおんぶしてもらえなくなっちった」

 とパルミがからかうように言いました。

 目が覚めたトキトと、全員で中庭から歩いて寝室へ向かいます。そこでノノレクチンがぶうぶうと不平ふへいを鳴らしました。

「眠り魔法を使うなんて、まったく強引すぎよね、エトバリルのやつは」

 エトバリルに対しての不満からほっぺたがふくらんでいます。歩きながら、続けて言いました。

「あ、偽名ぎめいでごめんね。ここで働くときはノノレクチンと名乗っているけど、本当の名前はノルっていうの」

 五人の子どもたちに向きなおり、にっこりとノルはほほえみかけました。

 シュガーがそれを聞いて

「私もわけあって偽名ぎめいだ」

 と告白します。つづけてシュガーが言うには、

「が、本名はせさせてもらおう。君たちの敵ではないから安心するといいよ」

 ということのようです。シュガーの顔は無表情のままでした。

 トキトが、さっき自分の取り合いがあったことは知らずに、シュガーに答えます。

「俺たちをだましても得しないもんな。信じるぜ、シュガーさん」

「シュガーかっこ仮名かめいさん、じゃん? にしし」

 とパルミがおもしろがりました。

 ウインはパルミのおふざけにつきあわずに真面目まじめな顔で質問します。

「ノルさんとシュガーさんのどちらも名前をいつわってる……もしかして、こちらの世界ではわりとひんぴんと偽名を名乗るものなの?」

 タバナハがあわてて割って入ります。

「ええええ、偽名ぎめいをしょっちゅう使うとか、そんなことないですよぉ。私も今すごく混乱してます!」

 アスミチが、

「タバナハさんは、本名なんだね?」

 と、たしかめる質問をしました。

「ええ、私は本名です。生まれたときからタバナハ。ケロム密林の部族の娘です」

 中庭をふりかえって、ウインが言いました。

「もしかすると明日にまた甲冑ゴーレムの実験をさせられるのかもしれないね」

 今のところは、なんとかなっている、と思うことができます。けれどこれからのことは不安だらけです。

「今日のと同じ実験だったら、まだ安全だけどな。……戦争で兵士として戦わせるってエトバリルは言ってたぜ」

 トキトがもっともなおそれを口にしました。戦争ということは、相手は人間。しかも「敵を殺すだろう」と、はっきり言われたのです。

 五人はタバナハたちメイドにつきそわれて、寝室しんしつに移動しました。

 そこは兵士の宿舎しゅくしゃのように見えました。全体的に簡素で頑丈がんじょうな作りの石造いしづくりの建物で、これでもかと松明たいまつが備えてあって、夜はさぞ明るいことでしょう。

 階段から二階にあがります。通されたのは、粗末そまつな部屋ではなかったのですが、ベッド以外にはほとんどなにもなく、実用一辺倒じつよういっぺんとう、もっといえば殺風景さっぷうけいでした。壁も天井てんじょうも石なので、五人にはあまりなじみのある部屋とは言えません。

石造いしづくりの部屋だね。ぼくこういうのはじめて」

 とアスミチがものめずらしそうに部屋のあちこちに目をやっています。

「なかなか石の部屋を使う機会はないかもね。日本人の私たちには、重く押しめられた感じがしないでもないけど」

 と、ウインは言います。もしかしたら、今のウインたちの置かれた状況が、そのように重圧じゅうあつを感じさせるのかもしれません。

 パルミがふだんの会話のように、軽いかんじで質問します。

「ねえねえ、ノルさん。あたしら、いつから戦争に参加させられるか、わかんない?」

 ウインは「こういうときはパルミは頼もしいというか、自然に聞いてくれて助かるなあ」と思います。

「あ、それね。気をつけたほうがいいわよ。早ければ今夜か明日にでも甲冑ゴーレムでのほんものの戦闘があるかもしれないから」

 ノルの発言は恐ろしい内容でした。エトバリルの言葉から、戦いがかなり近づいているとは子どもたちも思っていましたが、予想よりもずっと早いと感じます。今夜かもしれない、とは。

「ノノレクチンもそう思うのだな。私も同じ判断だ。少年少女たちは戦いに参加したくなさそうだね。逃げるなら急いだほうがいい」

 シュガーも同じ意見なのはいいのですが、二人の返事はやっぱり変だとウインたちには思われます。エトバリルと言っていることが違いすぎるからです。

「ノノレクチンさん、シュガーさん、一応、私たちメイドはベルサームにやとわれているんですから、エトバリル様にさからうような言葉はつつしんだほうがいいですよ」

 と、タバナハがごく当然の反応をしてくれるので、ウインたちは大助かりです。

 異世界といえども、自分たちと常識じょうしきがそれほどかけ離れているわけではないようだと、タバナハを見ていると思うことができるからです。

 でもまさか、その常識人じょうしきじんのタバナハが、この日のうちに非常識ひじょうしきな目的で五人の部屋を訪問ほうもんしてくるとは、予想もつかないことでした。

 ウインたち五人が部屋に案内されたころには、もう太陽が西にかたむきかけていました。そろそろ夕方です。

 メイド三人は退出たいしゅつしていき、子どもたち五人だけが残されました。

「たぶん、ここ、兵士の宿舎しゅくしゃだよね」

 とアスミチが部屋を見回して言いました。

 簡素なつくりの石壁の部屋にかざり気のないベッドが六つ。子どもたちが五人なのに六つのベッドがあるのは、どかすための時間がないほど急いで部屋を用意したからなのでしょう。

「うえー、かたいベッドに、小汚こぎたない毛布。あたしここで熟睡じゅくすいすんの無理かもー」

 とパルミがベッドに腰掛こしかけるや、不満をらします。

 パルミに答えて、カヒが落ち着いた口調で言いました。

「エトバリルが言ったことがほんとなら、わたしたち、荒野に放り出されてたはずなんでしょ? それよりましだよ、パルミ」

「カヒっち、たまに大人だよね……」

 ドアがノックされて、退出していたノノレクチンあらためノルが顔を出しました。

「急ごしらえの部屋でごめんねー。むさい男たちの兵舎へいしゃしか空かなくて。飲み物を持ってきたから、どうぞ」

 と言って小さなワゴンを引いて部屋に入ってきます。

 飲み物の水差しとカップを両手で持ったとたん、ノルが床につまずきます。でこぼこしている床ですから、つま先をひっかけてしまったのでしょう。

「ぎゃわーん!」

 ノルはメイドとは思えないような悲鳴を上げて転倒てんとうします。

 飲み物の水差しはトキトが器用に受け止めてこぼれませんでした。カップは床にちらばりましたが、木のわんだったので五人はそれぞれがひろって衣服のはしでごしごしこすって使うことにしました。

「地球にいたころだったら、落ちたものは水で洗うところだけどね」

 とウインが言うと、

「これくらい、なんでもねえよ。地球でだって、遠足とかサバイバルのときなんかは食器が落ちてもいて使うだろ」

 とトキト。

「それもそうだね」

 ノルがすました顔で立ち上がり、メイド服の砂埃すなぼこりを両手で払います。

み手袋、あみタイツを着用していてよかったわ。もしこれらがなかったら大惨事だいさんじだった」

怪我けががなくてよかったね、ノル」

 とカヒが言い、ハンカチを取り出して背中がわの砂をはらうのを手伝いました。

「ほんとだわ。ご心配ありがとう、カヒちゃん」

 ノルもほほえみました。

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