第10話 タバナハ、びっくり爆弾発言をする

 ノルに続いてシュガーとタバナハが食事を運んできてくれました。顔や頭に砂埃すなぼこりがまだ残っているノルを見て、二人ともなにかをさっしたようでした。が、何も言いませんでした。

「あれだね、ノルさんは意外にもドジっ子で、しょっちゅうすっ転んでんじゃないの?」

 と小さい声でパルミがウインにささやきました。ウインは軽くうなずきましたが、そんなに転んでいてメイドがつとまるのかなあと心配の気持ちにもなるのでした。

 使い古してあちこちケバ立ったの木のテーブルが部屋の中央に置かれています。その上には、豆のトマトに似たスープと固いパンの食事が提供ていきょうされています。たぶん兵士の食事と同じものなのでしょう。

 五人は自分のお弁当もまだ持っていましたが、ここは提供された食事をいただくことにしました。

「食材や調理法ちょうりほうが日本とちがうと思うから、よくかんでね、みんな」

 というウインの言葉に、全員がすなおにしたがいます。

 食事が終わると、メイド三人が片付けをしてくれました。部屋には子どもたち五人だけが残されます。

 西日をながめながら五人は今いるこの世界について考えてみることにしました。

 ウインが誰に言うともなく言いました。

「やっぱり、私たち地球の太陽と同じに思えるよね」

 もうじきしずみはじめようとしているオレンジ色の円盤えんばん。光あの円盤にむかってウインは手の平をかざして目を守りながら考えています。

「そだねー、太陽と影の動きもさー、一時間に十五度、動いてるっていう感じに見えるー」

 とパルミが「一時間に十五度」という数字を使ってウインに答えます。

 アスミチは数字に興味きょうみをひかれて、そらで計算します。

「二十四時間のあいだに一周つまり三百六十度動くから、割り算して一時間で十五度、っていうこと?」

 パルミがうなずきます。

「そだよー」

 カヒが感心して、

「今のって、二十四人で三百六十円のお金をわける、みたいなこと?」

 そう言うと、パルミとアスミチとが「そそ」「あってるよ、カヒ」と返してくれました。カヒは、ぱっと明るくみの表情になって、

「パルミは算数ができるから、そういうこともわかるんだね。アスミチも、よくすぐにわかったね。二人ともすごい」

 そう言いました。五人は同じ通学班つうがくはんですから、ある程度はおたがいのことを知っています。

「エトバリルは地球ではない世界なんて言ってたけど……やっぱり、ここは地球なんじゃねえかな。ただし、俺たちのいた地球とは違う、もうひとつの」

 トキトの考えはもっともでした。

 ウインはトキトに同意したい気持ちはありましたが、本で読んだ知識を振り返ってみることにしました。

 ――太陽は見える。でも私たちの太陽と同じかどうか、わからないよね。

 そこで、思い当たりました。こんなふうに、仲間に伝えます。

「夜になったら、星座せいざや月が見えるかもしれないよ」

 このウインの考えは、みんなから「それだ」と言われました。

 まったく違う世界や、はるか遠くの天体から、月や星座が地球と同じに見えることはけっしてありません。月のもよう、星座をかたちづくる星のならび方を記憶とらし合わせれば――

「俺でも、星座ならわかるやつあるぜ。うし、地球かどうか、あと何時間かでわかるんだな」

 とトキトがまとめました。空はくもってねえかな、などとトキトは窓から夕暮れ近い空を見ましたが、雲もなく気持ちいい空でした。

 アスミチは心の中で思います。

 ――もし地球ではないとわかったとしても、ノートに星のようすを書きこんでおけば、あとでなにかの手がかりになるかもしれない。

 今はまだ調べる手段がありません。けれど紙に書いた記録はなくなりません。いつかのためにノートに記録することは頭に記憶することと同じくらいたいせつだとアスミチは知っていました。

 それから五人は、この兵舎へいしゃ一室いっしつを、自分たちの考えていることをさまざまに言い合う場とすることにしました。いきなり異世界で命の危険にあうなんて、思いもしなかったことでした。言っておくべきことはたくさんあるような気がしました。

 けれど、たった一つのことが大事でした。

 自分たちは、これからどうするべきか。ということです。五人の話し合いは、その話題になります。

 五人は、それぞれの意見を出し合い、考えをりました。結論はすぐに出されます。

 もっともたいせつな点で、意見が完全に一致したからです。


「ベルサームの戦争に参加したくない。げ出す。そして地球に帰る」

 と。


 はっきりと、明確めいかく目標もくひょうが打ち出されました。

 しかしむずかしい、なかなか達成たっせいできなそうな目標でした。

 決まったからには、手段を考えなくてはなりません。手がかりも、あるにはあります。

 というより手がかりや手段しゅだんといえばこれくらいしかなかったのです。


「エトバリルの持っているカロカツクーウという秘宝ひほううばうか、使わせるかして、地球にもどるゲート=空間のけ目をひらく」

 ということ。


 この方法には、たくさんの問題があります。

 まず、あの恐ろしい魔法使いでエルフのエトバリルに、敵対することになります。

 次に、カロカツクーウです。あのカロカツクーウという秘宝の使い方もわからない五人には、「奪う」だけではゲートは開けません。

 さらに、彼ら五人は子どもです。できることにはかぎりがあります。

 どうやったって、どう考えたって、このプランはかなり難度なんどの高い挑戦ちょうせんとなってしまうように思われました。

 トキトは視点を新たにしてみました。

 「なあ」と全員によびかけ、思いついた考えを言いました。

「あの甲冑ゴーレムはすっげえ強さだったろ。だからあれで暴れれば、逆にエトバリルのほうからけ目を開いて、追い出そうとするかもしれない。どうだ?」

 発想は悪くありません。カロカツクーウを使えるエトバリル自身がゲートを開くように仕向けるという点がすぐれていました。懐疑的かいぎてきな意見を返したのは、アスミチとカヒです。

「ぼくたちの作った甲冑ゴーレムが、ちゃんと動けばいいけど……」

 アスミチのその不安には、ウインは答えてやることができました。

「私のウスベニちゃんゴーレムは、音声入力でも動いたよ。二人は音声入力ってためした?」

「そっか。たしかに声で命令は、しなかったと思う。カヒは?」

「うん。わたしも、あせって何もできなかった……アスミチと同じ。音声、ためしてない」

 保証ほしょうはないものの、動かせる可能性はなくはなさそうでした。

「でも甲冑ゴーレムを盗んで、暴れたとしても、ゲートまで開いて追い出してくれるかな?」

 アスミチが言うと、カヒも

「うん、そうだね。ありえない、とまでは言わないけど……そんな、わたしたちに都合つごうのいい考えをしてくれるかな……不安」

 と言い、その直後に、少しトキトにりそって考えます。

「トキトはほんとうに強かったから、もし暴れたらエトバリルも困るところまでは、ありえると思う……よ。昼間はみんなのためにたくさん戦ってくれて、ありがとう、トキト」

 と言葉をそえました。

 トキトは自分の意見を否定されたことをとくに気にしたふうもなく、感謝された部分に反応して

「えっへっへ。どういたしまして、カヒ」

 と満足げな笑顔をうかべるのでした。

 カヒは、ウインとパルミにも同じようにお礼を言い、そのあいだにアスミチが記憶をさぐって、こう言います。

「エトバリルもじっさい、トキトが暴れたらまずいと思ったんだろうね。自分は甲冑ゴーレムより強いって言ってみたりさ」

 パルミも同じように思い出して言いました。

「そそ。トキトっちだけ眠り魔法で眠りひめにしちゃったり」

 ウインが二人の意見に大きくうなずきます。ひとまずまとめます。

「みんなの言うことは、どれも正しいと思う。今言えることは、エトバリルは甲冑ゴーレムに暴れられたら困る。けれど甲冑ゴーレムより強いというのはたぶんほんとうのこと。トキトに魔法をかけて眠らせることもできた。でも私は、思ったよ」

 そこでひと呼吸おきました。トキトが話のつづきをうながします。

「なんだよ、ウイン。俺が戦ってエトバリルに勝てる、とか?」

「そうじゃないよ。けど、私たちはエトバリルを警戒けいかいさせた。ここに来たばっかりのときみたいに、なにもできない無力のままじゃないよ」

「そだね、無力なんかじゃないわな。甲冑ゴーレムに乗れれば、ゲートはムリでもどうにか……っちゅーか、城の門をぶっ壊して逃げる手だってあるっしょ」

 城門の破壊が可能であることはたしかでしょう。

「ひっ、パルミ、そんなことしたら兵士や、エトバリルや、マシラツラが追いかけてきちゃう」

 と言うカヒに、パルミも反論できません。

「ま、そーなんだよね。なかなかむずかしいのだにゃ」

 そんな会話をしているとき、ノックがあり、タバナハが静かに姿を現しました。

 話し合いは、いっとき中断です。

 五人は「タバナハさん」「お食事おいしかったです」などと笑顔でむかえます。

「みなさん、昼間はほんとうにおつかれさまでした。お怪我けがはしていませんか? お困りのことはありませんか?」

 どちらも、部屋に案内されたときにもタバナハ本人をふくむメイドたちから質問された内容と同じでした。

 ウインは、同じことをすぐにまた聞くなんて奇妙だなあと感想を持ちます。

 それにタバナハの表情はさきほどまでよりかたい感じがします。なにかの理由で緊張しているのかもしれません。

「お疲れだと思いますが、眠くはないですか?」

 と聞いてくるのも、おかしな感じがしました。夕方だというのに不思議だとウインは思いました。たしかにいろんなことがあったので疲れていますが、緊張きんちょう興奮こうふんで、まだ眠気を感じていません。ほかの四人の顔を、見回すと、みなウインと同じ感じでした。

 首を横に振る五人を見て、タバナハはますます表情をかたくして爆弾発言ばくだんはつげんをしたのでした。

「ここはベルサーム国の旧首都ウチディトのドミュッカ城です。私タバナハと、一緒にドミュッカを脱出して、ベルサームから逃げ出しませんか?」

 と。

 この世界では火薬が作りにくいと言われましたが、タバナハの言葉が大爆発しました。ウインもポニーテールが先端からチリチリにこげてしまうほどきもかれていましたが、

「え、まさかタバナハさんが、そんな話を持ちかけてくるなんて……」

 そう言うと、パルミが

「だしょ、だしょー。でも現れたよん、たのもしい協力者きょうりょくしゃ!」

 と、にんまり笑いました。

 あまりのとつぜんの提案ていあんでした。しかも大胆だいたんな提案です。場の空気が一変します。

「俺は、タバナハさんの提案に乗るのがいいと思う」

 とトキトが即座そくざに言いました。ウインは結論を急ぐことを恐れてトキトに言います。

「待って。急がず、少し時間をもらって考えたほうがいいよ。私もこのままドミュッカにいるのは危ないと思う。でも全員の意見を出し合ってから……」

「それもそっか」

 とあっさりトキトが言いました。彼は、頭のうしろでうでをくみ、

「タバナハさん、少し時間をもらってもいい?」

 と頼みました。

「はい、もちろんです。けれど時間をかけるほど脱出もむずかしくなると思います」

 その理由もタバナハは説明します。

「というのは、みなさんに使っていただくための甲冑ゴーレムが残り二体しか中庭にありません。明日にはかたづけられてしまうでしょうから……どうあっても今夜」

「なーる。甲冑ゴーレムをギってかっぱらってずらかるって寸法すんぽう? でどこかに片付かたづけられる前にやっちまうってこと?」

 とパルミが反応しました。

「パルミ、口が悪いよ。でもそうだね、甲冑ゴーレムをぬすんで逃げる、やっぱりそれくらいしか方法ないかもね」

 とウインはパルミをたしなめつつ、意見を言いました。

 五人の考えも甲冑ゴーレムをうばうことまで同じでしたから、提案を了承りょうしょうしたほうが得に思えます。タバナハの協力があったほうが成功しやすいのに決まっています。暴れたらカロカツクーウをエトバリルが使ってくれる、とまでは期待できないでしょうが。

「私も着替きがえてまいりますから、そのあいだにお考えをまとめていただけますか」

 四半刻しはんとき(三十分ほど)ったらご返事をいただきにまいります、とげてタバナハは去っていきました。

 五人の子どもたちは、たがいに顔を見合わせます。

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