第11話 シュガーが来る!

「今夜このまま脱出だっしゅつするのが成功せいこうの可能性が高いというタバナハさんの考えは、正しいと思う。みんなはどう思った?」

 とウインがうながします。まずトキトが前向きな気持ちを伝えてきました。

「さっき言ったとおり、甲冑かっちゅうゴーレムをいただいてさっさと逃げるのがいい。あの強さなら城の門でも壁でもこわして逃げられると思うぜ」

 パルミが加わります。

「こっちにはトキトっちがいるからね。ベルサームの兵士も手を出せない感じだったし、大猿や四つ足のけものも敵じゃないし、甲冑ゴーレム、やっぱよさげじゃね?」

 アスミチが、頭の中に城の地図をえがきながら、みんなの顔に真剣な目をむけました。

「ぐるっと見回したけど、北側、東側、西側は……たぶん、壊しても脱出できないね。石の建物がいくつも建ってた」

 部屋の窓のあるほうを指でしめします。

「南側から逃げるべきじゃないかな。南には大きな城門じょうもんがあったよ。もしかしたら城門を開くか、壊すかできれば、外に出られるのかも。ぼくも、甲冑ゴーレムをうばって脱出するかんがえに賛成さんせいする」

  青ざめた表情のカヒが、小さな声で言いました。

「わたしも、みんなと同じ考えだよ……でも、すごくこわいよ」

 カヒも怖さにおそわれながらも、賛成さんせいのようでした。

「軍隊のロボをぬすんで逃げるなんて、カヒっちが怖く思ってもしょうがないっつーか、あたしも、本音を言うとちょびっとびびってなくも、ないし?」

 パルミがカヒの気持ちをくんで言いました。意外なことに、カヒはパルミのフォローにちょっとした異を唱えます。

「ありがと、パルミ。でも、怖いのはそれだけじゃないの。城ぜんぶ、なんだか、すごく今、怖い感じがするの……」

「いわば敵の真ん中に捕まってるみたいなもんだしな」

 トキトは彼なりにカヒに理解をしめそうとしています。カヒはトキトの言葉に対しても、首をふりました。

「昼間より、今のほうがずっと怖い。なんかおかしいの。でも、ごめんね、怖くても、大丈夫だよ。わたしも、みんなといっしょに逃げたいよ」

 カヒはしっかりと自分の考えを言えました。

 ウインが自分たちの状況をたしかめます。

「うん。意見は一致いっちしたね。あとさ、甲冑ゴーレムのハッチを開けるのに魔法の力が必要とか言ってたよね。私たちだけじゃ乗りこむこともできないってことだよね」

 ほかの四人もうなずきます。

 アスミチが、忘れてはならない点にれました。

「あとはエトバリルやマシラツラが追いかけてきたらどうするか、という大問題が残っているね……」

 彼の表情に暗いかげがさすようでした。

「そこは現地の協力者のタバナハちゃんが、なんか考えてあるっしょー? いっしょに逃げるっちゅーてたじゃん」

 パルミは楽観的らっかんてきでした。

 五人は、大した準備はできなかったものの、上着をふたたび着て、カバンを背負っていつでもタバナハがむかえに来てもいいように支度したくをしました。

 ウインはピンク色のステンレス水筒をぎゅっと手のひらで握りしめました。ピンク色はウインの名字にもなっている芝桜しばざくらの花の色でした。

 ――お願い、私ががんばれるように応援して。私のロボット。

 ウインの心にいる“友だちロボット”に伝えます。心の中に自分で作った友だちがいるのです。友だちロボットは体は持っていないけれど、心に話しかけてきます。

 ――うん、応援するよ。ウインお姉ちゃん、足が痛かったら、トキトお兄ちゃんたちにかならず言ってね。

 もうひとつの心は、あたたかいメッセージを伝えてくれました。

 ほかの四人もまた、中庭でひろった自分の持ち物を整理整頓したり、チョーカートップを指で触れたり、社会科の教科書の索引さくいんページを開いてベルサームなどの言葉に似たものが載っていないか調べたり、かんたんな体操をしてこれからの一大クエストに備えたり、めいめい準備をしています。

 石畳いしだたみ廊下ろうかには、夕暮れのやみがしのびよってきています。さっきまでいた中庭から土木工事のような音が響きも高く聞こえてきています。カンカンカンという金属を鳴らす音、ゴロゴロという大きな物体を転がすような音。巨獣部隊パダチフの檻をなおしたり組み立てたりしているのでしょうか。どうか残った二体の甲冑ゴーレムを分解する音でありませんようにと、五人はいのります。

 これからおこなう大作戦を前にして緊張でいっぱいの五人でした。その五人の部屋に、ふたたび扉がノックされる音が響きました。

「タバナハさん?」

 とウインが呼びかけると、

「違う。今、少し時間いいかな?」

 と、どこかぶっきらぼうな、聞きなれつつある女性の声がしました。

「あ、シュガーさんだ」

 とアスミチがすぐさま声のぬしを言い当てました。

「美人の声だから覚えたん? アスっちも、男子なんねー」

 とパルミが冷やかしたので、アスミチはパルミのほうをぐっとにらみました。

「ひゃっ、アスっち、本気で怒らないでよね、くわばらくわばら」 

 アスミチも大きな冒険を前にして、心のゆとりが少なくなっているのかもしれません。

 シュガーは、子どもたちの部屋に現れる直前に、見張りの兵士にわいろのお金を手渡していました。

 つまり、これから起こるやりとりを秘密ひみつにしたいのでした。万が一にも声が聞こえない位置に、見張りの兵士は何歩か遠ざかってゆき、そこで警備けいびの姿勢になりました。

 シュガーはひょいと身をすべりこませ室内に姿をあらわします。

 「単刀直入たんとうちょくにゅうにお願いする。よく聞いてほしい」

 とシュガーは強めの口調くちょうで言いました。

 五人の子どもたちは、その言葉に身を固くします。さきほどの戦場にすずしい顔で踏みこんでこられるシュガーがいったいどんな「お願い」をするというのでしょう?

「おどろかずに、冷静れいせいに、しっかり聞いてくれ。――甲冑ゴーレムをうばって、ひとあばれしてもらえないだろうか」

 シュガーはそこでひと呼吸します。子どもたちが言葉を理解する時間をおいたのかもしれません。

「私が魔法を使ってサポートする。君たちは甲冑ゴーレムに乗ったまま、城門を破って脱出してくれてかまわない。遠くへ逃げきるまで、私が手伝うこともできる」

 と続けました。

 先ほどタバナハがしていた提案ていあんとびっくりするほど似通にかよった内容です。

 五人はおどろきのあまり目を見張りました。すぐに言葉が出てきません。

 シュガーはまた来るということだけ告げ、ふたたび夕闇ゆうやみせまる廊下ろうかへと姿を消しました。兵士が立ち去るシュガーを見て、「もう終わったのか」とでも言いたげに意外そうな顔をしましたが、なにも言葉を発しません。

 五人の子供たちは、この出来事に困惑こんわくしています。

 ひたいせあうと、まずはウインが口火を切ります。

「あはは、べつべつに同じことをすすめられちゃったね……」

「俺もおどろいた」

 と、トキトは何度かまばたきをしながら、

「けど、もとからタバナハさんの考えに乗るつもりだったし、協力者が増えるのはありがたいぜ」

 言うと同時に、胸をなで下ろすようなしぐさをします。

 パルミは疑問があるようで、ウインに向かってこんなことをたずねてきます。

「ねえ、ウインちゃん、どう思う? シュガりんもタバナハちゃんも、仲間同士なかまどうしっていう感じと違ったよね?」

 タイミングが違うものの、提案の内容はほとんど同じ。もしかすると、彼女たちは仲間同士で、手違いでもあってたまたまどちらもが伝えにきてしまったのでしょうか。それとも、なんの相談もなく、偶然ぐうぜんあのように近い提案をしてきたのでしょうか。

 そういえば、トキトをこの部屋に運びたがったのは、このためだったように思えます。そ提案するタイミングを見つけたかったのかもしないと。

 五人の子どもたちは、なんともいえない顔を寄せ合います。

「パルミと同じ印象を受けたよ。二人とも別口べつくちの提案だと思う」

 とウインが静かに答えます。

「やっぱそーか」

 とアスミチ。彼はすぐ続けて言います。

「エトバリルは二人も部下に裏切うらぎられているのを気づいていないんだよね」

 というアスミチの言葉に、カヒは首を縦にふり、同意を示します。

「エトバリルっていう人、部下にも冷たいのかな」

 エトバリルに問題があるせいで裏切られるのだろうと思っているのかもしれません。そのとおりかもしれません。

 カヒがあることに気がつきます。

「シュガーは甲冑ゴーレムが動くと思っていた感じだったね。わたしたち自身、まだ動かせるかどうかわからないと思っているのに」

 トキトが思いつきで答えます。

「あれじゃね、魔法使いのたすけを借りて、もう一度つくりなおす」

 ウインが補足の質問をします。

「つくりなおす……ニョイノカネ金属で、操縦席をもう一度つくるってこと? たしかにそれができれば絶対に動く。ただ、操縦席をつくるのに魔法が必要みたいな感じだったけど……」

 アスミチが目をかがやかせます。

「もしそうだったら、もうひとり魔法使いがいて、しかも味方になってくれるってことだよね! その可能性は高いよね、うわ、うわ」

「アスっち、まだ決まりっちゅーわけじゃないからね。でもあたしも、魔法使いの現地協力者がいてくれるんならありがたいって思うよ、うん」

 パルミは現地協力者という言葉が気に入っているようですね。でも、間違っていません。見知らぬ土地で生き延びるには現地協力者がいたほうがいいのはたしかなことです。

 その時、トキトが思いついたように言いました。

「なあなあ、みんな。このあとノルさんまで同じ提案してきたら、どうする? 俺、笑っちゃうかも」

「ないっしょ、それはさすがにー」

 パルミがトキトのジョークに手をぴこぴこと振って答えました。こんなジョークで少しだけ場の空気がやわらいだ感じになりました。

 話をしていると、三度め、扉がノックされる音が室内に響きました。

 部屋を包んでいたゆるい空気が一変します。

「はいはーい。ノルです。今、私のうわさをしてたでしょー。いけないんだ、先入観せんにゅうかんで人の噂話うわさばなしをしたら、いけませんよ、みなさん」

 と部屋にひょこり入ってきたのは、なんとノル本人でした。噂話をたしなめるようなことを言っていますが、本気で注意をしようとしている感じではありません。

「ほんとにノルさんが来た。なんだこりゃ、あははは」

 とトキトはおどろきをかくせず、笑い声をあげてしまいます。

 ほかのみんなも、この冗談がほんとうになってしまった現実に、とまどいとおどろきでノルを見つめるのでした。

 ちょっとのをへて、言葉の回復したウインが、そっとたずねました。

「あの、ノルさん、廊下ろうかまで話し声が聞こえてましたか?」

 ノルはくすりと笑みを浮かべながら、余裕よゆうある表情で応じます。

「心配ないわよー。私はちょっと魔法の能力にすぐれているのでなんとなく私の噂をしていることがわかったのです。廊下の兵士には物音ひとつ聞こえていないと思うわよ。それに、この宿舎しゅくしゃの建物内にいる兵士はみんな眠っちゃってるし」

 兵士に会話を聞かれていなかったとわかり、ほっとする子どもたちでした。

「ノルさんが、魔法で眠らせたっていうことですか?」

 ウインは、わずかにまゆをひそめながら問いました。ノルが自分をかなり魔法が使えると言っていたのはほんとうのことのようです。

「そうなのよー。さて、普通に声を出して話しても大丈夫よ。私の提案を聞いて」

 そう言ってから、ノルは自分の用件を切り出しました。

「ベルサームの新兵器をかっぱらって、君たちを脱出させてあげます。今、これから」

 そう言ってノルは子どもたちの反応をうかがいます。どれだけおどろいてもらえただろう、と、胸をそらしぎみに、鼻を高くしてみんなを見回しました。

 ――ノルさん、自慢じまんそうにしていると、ちょっとエトバリルに似てるかも。

 ウインは心の中でノルに言いたくなっていました。もしほんとうに口に出して伝えていたら、ノルは深く反省はんせいしたことでしょう。

 子どもたちは、まるで自分たちが予言したかのようなこの事態にとまどいを感じるほかありません。笑いたい衝動しょうどうにかられましたが、笑いは出てきませんでした。なんと言っていいものか、すぐにはわかりません。

「わ、わけわかんねえ。なんで三人がばらばら、べつべつに同じことを俺たちに言ってくるんだろ」

 と、ノルが現れたときには笑ったトキトが、提案を聞いた今は心の動揺どうようかくすことなく口にしました。

「笑うっていうより、不気味に思っちゃったよ、ぼく。あ、ごめんなさい、ノルさんのことを言っているんじゃないんです」

 つづけてアスミチがわびました。ほかの子たちも、二人と同じ気持ちでした。

 ノルは思案しあんげにほほに人差し指をついて、はてな、と言いたげな顔をしています。

 ノルも、少しきょかれたのでした。きっと珍しいことでした。

「トキトちゃん、アスミチちゃん、えっと。説明してもらってもいいかな? 同じ提案を、三人から? 三人ってもしかして私と、シュガーちゃんとタバナハちゃん?」

 ノルの推理は、むずかしいことではなかったでしょう。三人といえば、そうなるのが当然でした。そしてノルは自分の疑問をそのまま口にのぼらせます。

「タバナハちゃんもその一人、で合ってるのね? へええ。シュガーちゃんみたいなあからさまにメイドに無理がある子はともかく……」

 と言葉を途中とちゅうで切ると、そのタイミングで、扉の向こうから声がしました。

「シュガーにメイドが無理とか言いましたか、ノノレクチン」

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