第12話 変身、シュガーとタバナハ

 開いたとびらの向こうに立つシュガーがジト目で、とがめる言葉を発しました。

 あらわれたのは、シュガーだけではありませんでした。彼女のうしろには着がえて身軽な服装になったタバナハが不安そうな表情で立っています。

 ノルとシュガーはメイド服のままです。タバナハだけ、子どもたちが映画の中でしか見たことがないような大胆だいたんな服装でした。

 パルミがぎょっとおどろいたように目を見開いて、

「わ、わわ、わわわ、タバナハちゃん、トロピカルでワイルドなファッションスタイル……でも、それもいいっすね!」

 と感想を口にします。熱帯、野生という意味の言葉をならべました。

 タバナハの服装は、全体的に布が少ないかもしれません。南国の島にバカンスを楽しむ若い女性を思わせるような、上半身と下半身とセパレートになった水着に近い感じの服です。ただ生地はカンバス地(厚手あつで麻布あさぬの)に近い丈夫そうなもので、さらにブーツはあつみのある革でできていて、脚に巻いた脚絆きゃはんとあいまってひざから下が大きく見えました。手首から先にも脚と同じような巻き布、革の手甲てっこうをして、戦闘準備せんとうじゅんびをととのえた格闘家かくとうかを思わせます。

「ゲームに出てくる冒険者……か、探検家の服装って感じ」

 とアスミチが現代の小学生らしい表現を選びます。

 シュガーもタバナハの服装を上から下までじろじろと見た上で、

「私もタバナハに少し似ている装備そうびを持っている。そうだな、メイド姿以外もお目にかけよう。変身!」

 と言って体をひるがえし、背中を見せてくるりと回転しました。

 またたきするほどの時間で、シュガーは白い革鎧かわよろいまとった冒険者へと姿を変えていました。タバナハのものと似ている点は、上下がわかれていて鎧の面積は少なめであるところでした。異なるところとして、上質そうな純白の革をふちどる金糸の刺繍ししゅうがこまやかにあります。それが王侯貴族の持ち物のような高級さをかもし出している点と、タバナハと比べると青いシャツやスカートを鎧の下に着こんでいて、肌の出ている部分が少ない点でした。ただ、おなかはふたりともはだが出ているところを残しています。

「シュガりんも、かっけえええ!」

 とパルミが目をかがやかせると、シュガーの顔が満足そうにゆるみます。

「笑顔がにあうね、シュガーさん」

 とウインが言うと、

「笑ってない」

 シュガーは無表情にもどります。

 彼女は自分をめられることや笑顔を見られることにあまり慣れていない人なのに違いありません。れ屋さん、という言葉がウインたちの頭に浮かびますが、口には出しませんでした。

 シュガーの白い革鎧は、タバナハの服装ほど大胆だいたんではありませんでしたが、それでもおおわれている面積はそれほど多くなく、若々しい二の腕や、もも、そしておへそまわりは無防備にむき出しでした。

 そばに立つウインは、彼女らのよそおいが、動きやすさをえらんだ結果なのかと考えます。

 ――これはこれで合理的というか、機能的で、いいものなのかな?

 不思議な感じのするシュガーはともかく(ノルのように口に出さないように気をつけました!)、タバナハはウインたちと近い常識を持った女性に思えたからです。

 それでも残る疑問に、首をかしげて考えました。

 ――おそらくこの異世界では、お腹を出していても恥ずかしいという感覚がないんだろう、ほかの人もぜんぜん違和感はないのだろう。

 とウインは想像するのでした。

 ここで、 短い言葉の交換がおこなわれて、たいせつな情報が共有されました。

 メイドにふんしていた三人の女性たちは、ベルサームにメイドとして仕えていたものの、別の目的があってのことのようでした。

 つまり、三人とも本当はメイドで働くつもりなどなく、いわば偽装ぎそうだったということです。

 タバナハ、シュガー、ノルの三人は、あらかじめ打ち合わせをした仲間ではないとわかりました。ほんとうに偶然ぐうぜんに、それぞれがべつべつに子どもたちに脱出をうながす計画を持ちかけていたのです。

 三人とも「地球からきた子どもたちがかわいそうだから」なんていう理由ではなさそうです。

 あくまで取り引きであり、協力関係のもうし出ということでした。

 ただ、タバナハだけは、ときおり子どもたちに対し同情的なまなざしを投げかけていました。やさしい性格でもあるのでしょう。感情をかくすのがあまり得意ではないというほうが正しいのかもしれません。

「エトバリルみたいにトモダチと口だけ言って、無理やり戦争させようとするより、取り引きしてくるあんたたちのほうが百倍まともだ」

 と安心顔のトキトです。そんなトキトにシュガーが教えさとすように言います。

「そうとも限らないよ、トキト少年。無理やりさせられたとか、強制されたとかのほうが、気持ちの上では楽に行動できることもある」

 意外な答えに、トキトはシュガーを見つめます。彼女は続けます。

「私たちは選ばせようとしている。君たちが危険な状態におちいったとしても、自分で選んだという事実からのがれることができない。そのほうがつらいことも、あるんだ。私の親友がよくそういうことを言っている」

 またしても親友、なんていう言葉がシュガーから出ました。タバナハやノルから見ても「親友」とシュガーが言うなんておかしな感じがしました。私生活に関することをシュガーが明かしたのは、意外なことだったのです。

 ともあれ、五人の気持ちは決まりました。

 三人のメイドたちの提案の通りにする。自分たちも三人に協力してもらう。

 目的はひとつです。

 ベルサーム国の新兵器、甲冑かっちゅうゴーレムをうばって逃げる。

 それは間違いなく、命をかけた冒険の始まりでした。

 シュガーがトキトに警告したように、彼らはそれを自分で選んだのでした。いい結果も、悪い結果も、自分で選んだことになるのです。

 相談が始まります。

 タバナハが少し身を乗り出して子どもたちと同僚どうりょうたちに向けて言いました。

「シュガーさん、ノルさん、まず私から先に、これからの手順を提案させてもらっていいですか?」

 ノルは優しくほほえみながら、タバナハに話す機会をゆずります。

「もちろんよ。最初に計画を持ちかけたタバナハちゃんから、どうぞ」

 子どもたちも、シュガーも、異論いろんはなく、うなずいて同意をしめしました。

 タバナハは深呼吸を一つしてから、しっかりとした口調で説明を始めました。

「中庭に残った甲冑ゴーレムの二体ですが、五人が二体に分かれて乗りこむということでいいですよね」

 異議いぎのある者はいないようでした。

「まず一体をトキトさんが操縦そうじゅう、そこにアスミチさん、カヒさんも乗りこむ。次にもう一体にウインさん、パルミさんが二人で乗る。この配分がいちばんいいと思われますが」

 彼女の提案は理にかなうものでした。

「トキトさん、ウインさん、パルミさんなら、甲冑ゴーレムを操縦そうじゅうできるんですよね」

 とタバナハが三人の顔を見つめて付け加えます。

 ここでほかの人間は、少し理解に差があるかもしれないことに気づきました。タバナハはもしかすると、甲冑ゴーレムの「操縦ができるか・できないか」に問題があったととらえているのかもしれません。

 メイドの仕事だけを命じられたタバナハが、甲冑ゴーレム作成について理解不足があったとしてもむりもない、むしろ自然なことでした。

 ここで子どもたちがメイドたちに質問します。音声入力で動かなかったばあいに、もう一度操縦席をつくりなおすことができるか。この質問には「できる」と、シュガーとノルの二人が保証してくれました。

 どうやら甲冑ゴーレム起動の問題は、なさそうです。

「大丈夫そうだぜ、タバナハさん」

 と、あらためてトキトがタバナハの案を了承しました。

 操縦が一番上手いトキトが、アスミチとカヒの年下組を同乗させるのは当然で、おそらくほかに選択の余地よちはありません。アスミチとカヒはまだ操縦を経験していないのです。

 タバナハは続けて、自分自身にも少しの魔法が使えることを明かします。

「甲冑ゴーレムの入り口のとびらを開けるには魔法の命令が必要ですが、私も少しだけ、魔法をこころえています」

「つまり、甲冑ゴーレムを開けることがタバナハちゃんにもできるってことよね」

 ノルがほほえみました。

「エトバリル様が開ける様子を見ましたから、開けられます」

 そこで、パルミのまゆがぴくりと動き、口をはさみました。

「となるとさー、問題は、乗りこむ前だしょー」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る