第13話 ノルとシュガーは強いかもしれない

 ウインがその言葉を引き取りました。

「パルミの言う通り。すんなり中庭を横切ることができるかどうか、問題だよね。甲冑かっちゅうゴーレムに近づくまで兵士たちに見逃みのがしてもらうのは……むずかしいよね」

 アスミチが、ノルの方を見やりながら質問します。

「ノルさん、魔法で兵士の人たちを眠らせることは?」

 ノルは軽く首を横にふりながら、否定の言葉を返します。

「少ない人数を眠らせることだったら、たしかに魔法でできるわよ」

 その言葉を聞いて子どもたちは反応しませんでしたが、メイドの二人は眉根まゆねを動かしました。

 ノルは続けます。

「でもねー、中庭にいる人数を考えると、同時に眠らせるというのは、現実的じゃないわねー。だいたい、立っている兵士がばたばた眠り込んだら敵国の攻撃だと判断されて大騒おおさわぎになると思うわよ?」

 どうやらノルの魔法でらくらく甲冑ゴーレムに近づくということはできないようでした。

 五人が心細く思いはじめたのを感じとったのか、彼女は心強い言葉を続けました。

「でも、私にできる範囲はんいで君たちに協力します。アスミチちゃんが今言った眠り魔法も、必要とあらば出しおしみをしないと約束しましょう」

 仲間たちはノルのその言葉に、ほっとした表情になりました。

 次いでシュガーが、淡々たんたんとした話しかたでべつの懸念けねんを口にします。

「少年少女が逃げようとしているのを察知さっちされたらまずいぞ。兵士だけじゃなく、強力無比きょうりょくむひな二人がおっとり刀でけつける」

 地球の言葉ではないので「おっとり刀で」と文字通りにしゃべったわけではないのですが、子どもたちにはそのように理解されました。

 そのシュガーの言葉に、ウインは不安そうに、エトバリルの名を口にします。さきほども、エトバリルへの警戒けいかいは話題に出ていました。

「乗りこむ前の時点でもう、エトバリルが来ちゃうのか。魔法使いで、エルフで、ゲートを開く秘宝カロカツ……なんとかを持っている」

 アスミチがさっとウインの言葉をひろい、正確な名前を教えてフォローします。

「秘宝カロカツクーウだね」

 それに続いて、シュガーはこれまでと変わらない声音こわねで言いました。

「エトバリルだけなら、シュガーが足止めしてもいい」

 ここまではっきり断言されると、子どもたちもタバナハも面くらいます。

 ――そこまで強いの、シュガーさん!

 ウインだけではなく、みんなに共通するおどろきだったことでしょう。

 巨大な獣デサメーラの命をあっさり魔法で奪ったエトバリルを足止めできるとうなんて、やはり普通ではない人のようでした。

 エトバリルの足止めができるとの言葉は、ありがたいものでした。そして、信じてもよい気がするのでした。

 シュガーは続けます。

「が、たぶんマシラツラも出てくるぞ。そっちの相手をする者が必要ではないかな」

 そこで、シュガーの目はノルにすえられました。透き通るような瞳でただじっと見つめています。なにか言いたげな顔ですがなにも言わず、こわい目で見るばかりです。

 ノルが視線に気づいておびえたようなセリフを言います。

「シュガーちゃん、怖い目! ノルにマシラツラをおさえてほしいって言ってるみたいな視線を感じるわ」

 シュガーがくちびるをとがらせ、答えました。

「そう言ってる。口を動かさないで目で言った」

 変に解説的せつめいなセリフを言うシュガー。たぶんこういうしゃべり方もシュガーの個性なのでしょう。

「ノルはね、言いにくいんだけどね、マシラツラの相手は御免被ごめんこうむりたいなあ。あ、でも、おどろくような働きをする腹案ふくあんがあるから、それで勘弁かんべんしてくれない?」

 ノルの返事はあいかわらずのんびりした口調に聞こえます。マシラツラが強くてノルは恐れているのでしょうか。

 言葉の上ではそう受け取ることもできるのですが、表情も、口調も、とてもそうは思えない感じでした。

「ノルはよくぶつかるし転ぶもんな。だから、体術が大陸随一たいりくずいいちのマシラツラとは相性あいしょう悪いな」

 シュガーが少し挑発ちょうはつするように言葉を投げかけます。ノルは一瞬いっしゅん表情を固くして、

「そんなことは言ってないでしょ。したいことが別にあるから、マシラツラの足止めはえないっていうだけよ」

 とマシラツラの相手をすることを固辞こじします。

 あとから思えば、ウインたちにも、シュガーの意図がわかります。ノルをあんに弱いと言うことで、さそっているのです。本当は強い実力を持っているノルを怒らせてやっかいな相手の一方を担当させようとしていたのだということなのでした。

 タバナハがそのタイミングで割りこんできました。

「そ、それでしたら! マシラツラ様は獣の管理も担当されていますから!」

 と、タイミングをはかっていたとすれば、ここぞというところでした。彼女はノルとシュガーをさえぎってつづけます。

「甲冑ゴーレムを今、工廠こうしょうであれこれ作業していて、場所を開けるためにパダチフの一部を残して、残りの獣すべてが中庭に檻ごと出されています。この獣を解放するんです。そうすれば大混乱になるし、マシラツラ様は獣のほうにかかりきりに……」

「ああ、名案ね!」

 ぱあん、と音を立てて両手をあわせ、ノルが目を輝かせます。

 わざとらしい賛同の仕草のため、タバナハから出たつごうのいい案に乗っかろうとしているのがまるわかりだったかもしれません。

 カヒが小さく縮こまっているので、ウインは彼女とも話をしていたほうがいいだろうと思いました。静かにカヒの肩に手をおき、やさしく声をかけます。

「カヒ、まだ怖い? なにか気になることがあったら言ってみて。話したら楽になるかもしれない……保証ほしょうはできないんだけどね、ごめんね」

 カヒはウインの言葉に顔を上げ、答えました。

「ありがと、ウイン。でも、ううん。怖いのが続いているけど、今のお話と関係ないの。なんだか、上から冷たくて重い空気をかぶせられたみたいで、息苦しくて、ただ怖いっていう気持ちで……」

 ウインはカヒの感覚を言葉で表現しようとします。

「重くて息苦しい……真冬の冷たい布団に押し込めらたみたいな感じ、とか?」

「うん、そう。さすがウイン、言い方が上手だね」

 会話すると気がまぎれるようで、かすかにカヒはほほえみました。

 作戦は、メイド三人が中庭の檻のふたを開けることでスタートするということになりました。真夜中のほうが見つかるおそれは少なくなるのですが、ノルもシュガーも「それでもすぐに実行したほうがいい」と主張します。

 先ほどの獣たちとの戦いでいちばん体力を使ったのはトキトだったことでしょう。

「トキト、休みたいんじゃない? 昼間だいぶ動いて疲れたでしょう」

 とウインが気づかいの言葉をかけます

「うんにゃ。俺は平気だよ。なんだろ、興奮して変な物質が出てるのかな、疲れもない」

「同じ同じ。あたしはトキトっちほど動いてないし、まだいけるよ」

 とパルミが同意します。

 ウインはほんの一瞬だけ迷ってから、自分の状態を正直に告げることにしました。

「私は、なんかあしに力が入りにくいかも……でも、休まずに行動できる」

 アスミチとカヒも「大丈夫」と言うので、いよいよ実行に移ることになりました。

 シュガーがあとの二人のメイドに話しかけています。

「私たち三人の身のふり方も考えよう。私もノノレクチンとタバナハの素性すじょうを今のところ知らない」

 ノルが答えて言いました。

「私のほうも、あなたたちについては知らないなあ。あ、私の本名はさっき言ったようにノルっていうんだけど。シュガーちゃんのほうは……というか、エトバリルの相手ができるとなると、たぶんシュガーちゃんの正体はそれなりに有名人よね。ううん、詮索せんさくするつもりはないのよ」

「それを言ったらノルも同じだろう。正体について尻尾しっぽを出すつもりはないのか?」

「やだやだ、シュガーちゃん、ぐいぐい来ないで」

 タバナハが自分の出自を言いました。

「私は、べつに素性すじょうを隠すようなことはなくて、ケロム密林の部族の出身のタバナハです」

 シュガーがウインたちに向き直ります。

「そういうことで、手のうちをさらしすぎないためにも、ノノレクチン、じゃなくてノルと私は、別行動としたほうがいいのではないか」

 ノルもその提案に同意しました。詮索せんさくするつもりはないというのは嘘ではないようでした。

 ということで、子どもたちのサポートはタバナハがすることになりました。ノルとシュガーの二人は音もなく姿を消しました。

 兵舎の廊下ろうかに出ると、夕日のだいだい色が差して床が幾何学模様きかがくもように色分けされていました。城壁のてっぺんのぎざぎざや、樹木の影が、オレンジ色の中に黒い部分をえがきだしているのです。

 ウインが言います。

「暗いところを避けて、オレンジ色のところだけ踏んで歩く、とか、そういう歩き方、遊びでよくするよね」

 とウインが言うと、「やるやる」「横断歩道でいつも白いところだけ踏んで渡ってる」などと声が上がります。

 とても危険な道を選んだ子どもたちの、極度の緊張がほんの少しやわらいだ瞬間でした。

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