第14話 エトバリルの中庭を突破せよ

 二階のわたり廊下ろうかを移動し、片側が開けた通路に出ました。城の中庭をぐるりと囲むくるわです。

 見張りの兵士が何人か廊下に配置はいちされていましたが、どの兵士もみな、こしゆかにつけて寝こけています。ノルのほどこした眠り魔法の効果がでしょう。

 タバナハと五人の地球の子どもたちは寝ている兵士の横を通って、起きてきたりしないかようすを確認しながら、中庭に向かう階段を下ります。

 階段の先は、中庭へと出る短い通路です。ここからは兵士も眠っておらず、見回りの姿も見えました。

 タバナハが子どもたちの顔を一人ひとり見つめながら、自分の能力について説明しました。

「私タバナハは、術者じゅつしゃの見習いくらいしか腕前がないんですけど、部族のおさから習った魔法を使ってお手伝いしますね」

 タバナハの手の平が光を発し始めます。あわい橙色だいだいいろの、彼女の髪の色とよく似た、気分の落ち着く夕日の色でした。

「物音を消す魔法です。みなさん、同意してください。魔法をかけていいですか?」

「いいぜ」

「もちろん、いいですよ」

「あたりきしゃりき」

「うん、同意する」

「わたしも、いいよ」

 と、子どもたちは一様いちようにタバナハに同意しました。


 タバナハの両手から現れた光がのびて五人の体をらしました。

「私くらいの弱い術者は相手に同意してもらわないと魔法を発動させることができないの」

 魔法の光をウインたち一人ひとりに照射しょうしゃしながらタバナハは説明します。

「エトバリル様は、相手が抵抗しても、それを打ち破って魔法の効果をおよぼすことができるほんものの魔法使いですね」

 タバナハの顔は苦痛くつうを感じているようにしかめられています。さっき見た、という言葉のところにわずかに憎しみや怒りのような感情が込められていた気がするのはウインの気のせいだったのでしょうか。

「他人に強制する魔法が、ほんものの魔法っていうこと?」

 とアスミチ。

「そうです。私などが使うようなのは術、と呼ばれます。甲冑ゴーレムのとびらを開く命令くらいの術なら、ほかの人間でも使えるけれどね。魔法と言えるほどのわざが使える本物の魔法使いってすごく数が少ないのですよ」

 橙色だいだいいろの光を浴びたウインが驚きをかくせない様子で言いました。

「あ、たしかに足音がしない。でも会話はできるんだね」

 軽く足踏あしぶみをして、たしかめます。

「弱い術レベルとはいっても、魔法ですからね、ふふ」

 とタバナハは優しい笑顔で答えました。

 ところが、作戦どおりにはゆかなそうでした。

 エトバリルがいるのです。

 中庭の中央にいる人物のすらりとした長身、流れるような長髪は、見間違えようもありませんでした。

 しかもすぐそばにマシラツラもいました。

 もう日が暮れるというのに、なにかの作業に急ぎ足で取り組んでいます。兵士が走り回り、作業用のゴーレムやゴダッチが動き続けています。

 中庭は喧騒けんそうに包まれていました。

 兵士たちが行ったり来たりを繰り返しています。エトバリルとマシラツラが部下たちに命令をつぎつぎに下しています。

「甲冑ゴーレムは?」

 とウインたちが視線を城壁がわへと向けると、

「ありゃりゃん、また一体減ってるじゃん!」

 パルミが言うとおり、座り込んでいる甲冑ゴーレムは二体残っていたはずなのに、さらに減って残り一体になっています。

「ごめん、残ってるあれ、ぼくの青色のゴーレムだ。特撮とくさつセットの操縦席だから、動かせないかもしれない!」

 とアスミチがあやまります。

 彼をはげますようにウインが言いました。

「ううん。操縦席にスマホを作ってあるでしょ? あれで音声入力できるんだ。だからアスミチのも動く可能性が高いよ。たぶんカヒの甲冑ゴーレムは動かせるようになったんだね。それでこうしょう?っていう場所に運び込んだんだよ」

 カヒが、昼間、甲冑ゴーレムを彼女が動かせなかった理由を言います。

「あのね、操縦桿そうじゅうかんとか、レバーとか、わたし、体がまだ小さくて、手が届きにくかったの。シートベルトをめたら、操縦桿に指先もさわれなくて……シートベルトを外して動かしたら、トキトの赤いゴーレムみたいに速く動いちゃったら、どうしたらいいかわかんないって思って怖くて……」

 たしかにカヒとアスミチは九歳で、トキトとウインから比べると背が低いのでした。おそらく操縦席がどんな形であったにせよ、動かすためにはパルミくらいの身長が最低限必要だったことでしょう。

「あたし、身長百四十センチあるしね」

 と、本当の身長より一センチメートルだけ高くサバを読んで言うパルミでした。

「どうしましょう。足音を消したくらいでエトバリル様とマシラツラ様のお二方に見つからずに中庭を横切ることはできそうもありません」

 とタバナハ。

 子どもたちは眉根まゆねを寄せ、考え込んでいます。彼らの小さな肩には、今、重大な決断がのしかかっていました。

 ウインが口を固く結び、すっと息を吸ってから、決意の言葉を発しました。

「ううん。エトバリルたちがいても、計画をなるべくそのまま実行するほうがいいと思う。こそこそしたら言いわける時間もないうちに即死魔法そくしまほうみたいなのにやられちゃう可能性が高いでしょ」

 その言葉に同意するように、タバナハが言います。

「知能の高い人間のような対象たいしょうには、距離をおいて魔法を放っても抵抗される可能性が高いと教わりましたけど……でも伝説のエルフであるエトバリル様の魔法なら、すごく強いかもしれませんね」

 このとき、アスミチは、少し別のことを考えていました。

 彼は、新しく得た情報を一つも逃さずに記憶しようと、決意していました。特に魔法という、地球にはないとされる神秘的しんぴてきな力については、より多くを知りたいと、のどのかわきのような望みを持ちはじめていたのです。

 しかし、残念ながら時間は彼らを待ってはくれず、今は魔法についての質問を投げかける状況ではないことを彼も理解していました。

 ――脱出したら、少しはメイドさんたちに魔法を教えてもらう時間が作れるかもしれない。それまで待とう。

 とアスミチは心の中で自分をはげましていました。

 タバナハが真剣な表情で言います。。

「エトバリル様とマシラツラ様に見つからない方法が、ない」

 パルミが弱気な声をあげます。

「だよねだよね、ボスを素通りできたらゲームにならないし」

 それに対してアスミチが冷静な言葉を返しました。

「これ、ゲームじゃないけどね。失敗したら最悪……死んじゃうんだよ、パルミ」

「アスっち、悪かった。でもわかってるけど、あたしはそういう言い方しかできねーんだって」

「それもそうだね。うん、ごめん」

 と二人は互いのわびの言葉を言い合いましたが、

「アスミチも、パルミも、真剣に考えて。甲冑ゴーレムのところまで行く方法を」

 とカヒに注意を受けてしまいました。

 五人とタバナハは頭をひねって考えます。けれども、なかなか案は出てきません。

 パルミは、ゲームを「ゲー」と省略しょうりゃくする若者言葉で、

「エトバリルだけでも無理ゲー、マシラツラだけでもたぶん不可能ゲー」

 と彼女らしい表現で難易度なんいどを表しました。そんなちゃかした言い方がアスミチに小さなため息をつかせます。

 ウインもあせる気持ちばかりが強くなり、

「早くしないと兵士が眠りから覚めてきちゃうかも……そしたらエトバリルたちだけじゃなく兵士にも見つかる心配が増えるよね」

 と言います。

 無理やりアイディアを出しますが、「石を投げてエトバリルが気を取られていつすきに走る」とか「壁にりついてカニのように横ばいで進む」とか「中庭に少しあるしげみに隠れる(茂みは建物のそばにしかなく、隠れても少しも目的に近づけません)」とかばかり。どうにも有効性に大きな疑いが残るものしか出ません。

 そのとき、トキトが「あっ」と、ひらめきを得たような声を出しました。

「なあ、タバナハさん。もしかしたら俺たちは気づかれてもいいんじゃないのか?」

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