第15話 ベルサームの一兵士

 ほんの少し、またたきほどの空白の時間がありました。

 その直後にパルミが反対の声を上げます。

「トキトっち! 聞いてたっしょ、見つかったら甲冑かっちゅうゴーレムをかっぱらえないんだって!」

 ウインがパルミをせいして、

「待ってパルミ。聞いてみようよ。ねえ、トキト、どういうこと? 気づかれてもベルサームから逃げる方法があるの?」

 トキトに五人の目が集まります。

「うん、気づかれていいじゃん。エトバリルに話をつけるんだよ。もう一度いちど操縦そうじゅうをためしてみたいった感じで。あいつらも残った青色の甲冑ゴーレムを動かせないで困ってるんだろ? 手伝ってやるんだから、堂々どうどうとしていたほうがいいんじゃないか」

 タバナハがはっと気づいたようにトキトに答えます。

 両手を胸の前で合わせて。

「たしかに。この城では軍事顧問ぐんじこもんのエトバリル様がいちばんえらいの。エトバリル様に許可こよかがもらえれば残りの兵士は警戒けいかいしなくていいんだわ。すごい、トキトさん」

 ウインは、否定的ひていてきな言い方をしたくはなかったのですが、ここでは言わざるをえらないと思いました。

「でも言うほどやさしくないと思うの。だってエトバリルを説得するって……私は自分がそれをできると思えないから」

 そこはトキトにとっても解決方法かいけつほうほうがわからない部分です。

「俺が言い出しっぺだけど、そこまでまだ考えてなかったな。言われてみれば、だますのが難しいし、バレたら即詰そくつみというやばい相手だよな、エトバリルは」

「トキトっちは絶対に説得せっとくはムリムリじゃん。トキトっちの甲冑ゴーレムは片づけられちゃったし。乗る理由ゼロだもん」

 とパルミが指摘しました。もっともなことでした。トキトが操縦を申し出ても、エトバリルは警戒するでしょう。そして許可を出しそうもありません。

「もちろん、あたしのコクヨウちゃんもないから、あたしも説得できないと思う」

「ちょっとパルミ、それはそうかもしれないけど! それってつまり……」

 ウインが言いかけたところを、カヒがさえぎって言いました。

「わたしと、アスミチがエトバリルに、甲冑ゴーレムにもう一度乗りたいって言うのがいちばんいいんだよね」

「おおー、カヒっち。そか、そういうことになるじゃん……あれ? だめだよ! カヒっちとアスっちに命をかけさせられないよ!」

 パルミが自分の言葉でカヒたちの危険に気づきました。年下に危険なことをさせることになりそうで彼女はあわてます。

「パルミ、でもカヒとぼくがいちばん成功の可能性が高いんだよ。パルミが心配しているのと同じ理由で」

 アスミチがつとめて冷静な声でパルミの心の動揺どうようをおさえようとしています。彼はつづけて、

「ぼくたちがいちばん年齢が低いから、弱いから。まさかぼくたちがだまそうとしているなんてエトバリルも疑わないでしょ?」

 パルミの目を見ながら、落ち着いた表情で言いました。

 タバナハが言います。彼女はアスミチの考えをすぐさま理解して、受け入れました。

「私も、お二人に賛成さんせいです。考えてみてください。危険はみなさん五人とも、同じです。私もです。だまそうとしたのがばれたら、だれももう逃げられないし、安全なんてなくなります。ウインさん、パルミさん、年下のアスミチさんとカヒさんに重要じゅうような役割を任せるのが心配なのはわかりますけど……」

「重要だから任せられないんじゃないです」

 とウインはきっぱり否定したあと、自分の言い方の強さにびっくりして、

「あ、タバナハさん、ごめんなさい。おっしゃるとおりですよね。この城内にいたら危険はなにも変わらない。うん、たしかにカヒとアスミチだったら警戒されないと思う。ね、パルミ?」

 あたふたとほかの顔ぶれを見回していたパルミに、ウインは気づいたのでした。

「あ、あたしがそそのかしたみたいになっちゃった……ごめん、カヒっち、アスっち。でも、ウインちゃんの言う通り、タバナハさんが正しいとあたしも思うよ」

 カヒが笑顔で答えます。

「パルミ、謝らなくていいよ。わたしたち、自分からやるって言ったんだよ」

「カヒっち~」

 感激かんげきしたパルミがカヒの頭をぎゅっと抱きしめました。トキトがそれを見てアスミチの前で「お前も俺の腕の中へ来い」という顔つきで腕を広げましたが、アスミチはジトっとめた視線を送って、頭を振り、

「ナイスジョーク、トキト」

 とだけ、トキトに言いました。

 でもそんなパフォーマンスが五人のあいだでほんの少しのあいだ、笑いを生みました。誰かに気づかれないように、こっそりと笑いました。

「考えてみたら、兵士は眠らせちゃったし、もう後戻あともどりできないんだよな」

「トキトっち、眠らせたのはノルさんで、あたしたち関係ないんですけど!」

「エトバリルにとっては同じことだろうぜ。俺たちは、兵士が眠っているあいだに逃げ出したんだ」

「う、たしかにそうかも」

 ウインもトキトの言う通りだとは思ったのですが、心配でつい聞いてしまいます。

「エトバリルに話して、怪しまれたら、どうするの? もしそうなったら、手はないでしょう?」

 とトキトを見やり、トキトが両手を上げた姿勢で首を振るのを見ました。

  答えたのは、タバナハです。

「疑われたら、そこからは、走ります!」

 タバナハは、まるでマラソンランナーの走り方のように腕を前後に振るジェスチャーをします。

「獣の檻はノルさんとシュガーさんが開けてくれるんだよね?」

 とウインが聞きました。

 タバナハは「そうです」と言ってから、自分の計画を話します。

「甲冑ゴーレムの操縦席を開いたら、私も獣たちの解放に当たります。そして、獣もあなたたちのように、城から脱出させるつもりです」

 こうしてタバナハと五人の子どもたちあは、階段下の安全なスペースから足をみ出しました。

 意を決して、中庭に出ようとしたとき、またひとつアクシデントが彼らに降りかかります。

 兵士の一人に呼び止められたのです。怪しまれたかとうろたえる五人とタバナハ。

「お前たち、今日連れてこられた子どもだな。エトバリル様に呼ばれたのか?」

 タバナハが代わりに答えます。

「いえ、そうではなくて甲冑ゴーレムの起動実験きどうじっけんをもう一度ためさせてほしいとのお申し出ですので、お連れするところです」

「呼ばれてねえのなら、少し時間をもらいたい。なあ、五人のガキども、年はまだ十歳ちょっとくらいだよなあ? 戦場を体験したことあるのかよ?」

 ほかの子どもをかばうようにトキトが前に出ました。

「ないです」

 兵士はトキトを見て少し表情を変えました。おそらく甲冑ゴーレムの戦いっぷりを見ていたのでしょう。しかしあらためて見ると、ほんとうにトキトも、ほかの四人も、子どもです。

 兵士は、疑い深げにさらに尋ねます。

「貴族の子どもとかなのか?」

 トキトの横に立ってウインが言いました。

「違います」

 兵士は次第にいら立ちをおびてきます。

「じゃあ、なんで俺たち兵士が部屋の立ち退きをさせられて代わりにお前たちが使うんだ? 奴隷用どれいようの部屋でも牢獄ろうごくでも何でもあるだろうが!」

 ウインは思いました。

 ――それが本音だったんだね。部屋を追い出されて、私たちに八つ当たりしているんだ。……部屋を取っちゃったのは、悪いけど。

 タバナハがかばいます。

「エトバリル様がお呼びしたお客人ですよ。牢獄ろうごくなどに入れられるわけが……」

「客人なら賓客用ひんきゃくようの別館があるじゃねえか! 納得いかねえぜ。賓客ひんきゃくでもない、奴隷どれいでもない、お前たちいったいなんなんだ」

 タバナハが

「答えなくていいですよ、みなさん」

 兵士は怒りをあらわにし、さらに言葉を続けます。

「新兵器だとか、獣だとか、なんなんだよ一体。この国を変えちまうつもりなのか、エトバリル様は。ラダパスホルンが新兵器を開発したっていう噂を聞いてから、イライラしてこっちにも当たり散らししてよ、よっぽどすげえ兵器なのかよ、ラダパスホルンの作った兵器ってのは」

「そんなの、知りません」

 とタバナハは冷静に答えます。。

「へっ、ガキども、兵士たちのうわさじゃあ、この城に今夜にも襲撃しゅうげきがあるって話らしいぜ。ベルサームの国境こっきょうから遠いこの城へ、敵襲てきしゅうだ? どっから攻めてくるってんだ、周りはぜんぶベルサームの城だのとりでだのに囲まれてるってのによ」

 タバナハは怒りをおさえながら言います。

「そんなの私たちにわかるわけない」

「だったらなおさら、お前たちがチヤホヤされるのがわけわかんねえだろうが。ま、あれだ、敵襲があるってんなら、目的はお前たちの命なんじゃねえか? 新兵器が襲ってきて、こっちの新兵器はまにあわねえ。新兵器を作ろうとしていたお前たちガキはやられっちまうってわけだな」

 兵士はぶっきらぼうな口調で意地悪なことを言い放ちました。

 タバナハはついに怒りを隠すことをやめ、強い調子で兵士に言います。

「あなたはベルサームの兵士でしょう。この子たちを守るのも仕事ですよ!」

「うるせえ。あの甲冑ゴーレムとかいうのがまともに動かねえうちに相手が先に作ったっつー新兵器に攻められたらオレたちはどうせ全滅なんだよ! もういっちまえ。せいぜい残った甲冑ゴーレムを動かしてくれ。ちっとは生き延びる目が出てくるかもしれねえからな」

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