第16話 ラダパスホルンが攻めてくる

「情けない。そう思うなら邪魔じゃましないことです」

 いつのまにか、タバナハの姿すがたは見当たりません。リスの仮面かめんをつけた女性がそこにいました。タバナハが仮面をつけたのでした。

「なんだ、てめえ、メイドじゃなかったのか」

 その女性はなぐりかかってきた兵士をかんたんに転ばしてからわざで意識を落とし、廊下そうかのスミに転がします。

「さ、まいりましょう」

 子どもたちは彼女の戦闘能力せんとうのうりょくと、その仮面とに目をうばわれます。

「ええ、その仮面は……?」

「一族がしのびの技を使うときの仮面です。今の私はリッソツラ」

 マシラツラと名前が似ていることから、どうやら彼女はマシラツラと同じ一族らしいことがさっせられました。

「心配しないで。マシラツラ様にも、私が君たちを逃がそうとしていることはないしょにしてるからね。というかバレたらどんなおしおきが待っているか、想像するだけで身がふるえそうです」

 彼女の指先がほんとうに小刻こきざみにれているのを見ると、おおげさに言っているのではなさそうでした。

 タバナハが、アスミチとカヒだけを連れて、中庭の中心に進んでゆきます。

 エトバリルは相変わらずいそがしそうに指示を下しています。とくに、城の何か所かにある見張りとうの報告を気にしているような会話がれ聞こえてきます。

「そういえばノルさんかシュガーさんが、今日のうちにも戦闘が起こって俺たちは兵士にされちゃうみたいなことを言ってたような気がする」

 と、物かげからタバナハたちを見ているトキトが言いました。

「さっきの兵士もそういう噂があるって言ってたね。警戒けいかいしてる……ってことはほんとに敵の襲撃しゅうげきがあるかもってこと?」

「俺は、今はそう思ってる」

 パルミが頭の上で手をひらひらさせて、まいった、というように言います。

「うへえ。ここって、甲冑ゴーレムとか大猿とか四つ足のでかでか獣とかいて、魔法使いまでいる城だしょー? そんなとこに戦いをしかけてくる相手ってどんなのなのさー」

 一方、エトバリルにむかっていくタバナハを、マシラツラがさきに見つけました。

 マシラツラは影のように音もなく近寄ってきました。

「なにをしておる、タバナハ。緊急きんきゅうのことが進んでおるのはわかるだろう」

「すみません。まさかこんなあわただしいことになっているとは知らなくて。こちらの小さいお二人が、もう一度、操縦を試したいとおおせのことでしたので、お二人だけ連れてまいったのです」

 マシラツラはたっぷりと何呼吸かのあいだ、タバナハとアスミチ、カヒの三人に、仮面の奥のひとみを向けていました。やがて、

められた行動ではないが、今はむしろよかったかもしれん。甲冑ゴーレムはたしかに強力な戦力たりうる。ただし、動かせれば、だがな」

 振り向くと、背中で

「あとにつけ。エトバリルに話してやろう」

 歩き出しました。

 最大の関門かんもんは、これからです。

「服装がメイド服じゃないけど、兵士やマシラツラさんに見られて大丈夫なの、タバナハさん」

 とカヒが聞きます。

「うん。私の勤務きんむ時間は昼間だけだから、いつも夕方以降はこういう地元の服を着てるんです」

 その言葉どおり、エトバリルも不審ふしんに思った様子もなく、タバナハの呼びかけに振り向いて、「どうした?」とだけ短く言いました。

 マシラツラが短く「実験の申し出と聞いた」と言い、タバナハが説明すると、エトバリルが答えます。

「なに? ほう、先ほど失敗しっぱいした甲冑ゴーレムを起動しようというのか。よい心がけだな、小さなトモダチ。だが二人で来る必要はなかった。そちらの女児じょじの甲冑ゴーレム、ニー・パニパ万能型は部下の兵士でも起動できた」

 やはり予想が当たっていました。飛行機の操縦席をイメージしたカヒの甲冑ゴーレムは動いたようです。

 エトバリルは抑揚よくようの少ない、冷たい口調で続けます。

「素晴らしい子どもたちだ。地球の文明とはまこと驚くべきものだな。そして、今は君たちの協力が大いに助けになる。ラダパスホルンの襲撃しゅうげきが始まる」 

 そう言って城壁のまわりに目を配るエトバリル。

襲撃しゅうげき察知さっちしている。が、くわしくはわからん。目的は明らかに新兵器・甲冑ゴーレムの開発の妨害ぼうがいだ。君たちにはさっそく役立ってもらいたい」

 アスミチは思います。

 ――ここに甲冑ゴーレムを出しっぱなしにしておくのはよくないってことだよね。

 エトバリルが目を横に動かします。手を使わず、目の動きだけで、魔法の命令が伝わったようです。離れたところにある青色の甲冑ゴーレムの体が、ガポラと大きく開きました。

 カヒが勇気をふりしぼって言いました。

「あの、手がとどかないので、二人で操縦そうじゅうしてみても、いいですか」

「いいとも。たしかに君たちの体格では操縦を続けるのは難しいのかもしれないな。ねんのため大人の兵士を一人、同乗どうじょうさせたい」

 大人の兵士がいっしょに乗る、と言われてしまいました。

 タバナハ、アスミチ、カヒの心臓がぎゅっとめつけられる気がしました。

 そうなっては逃げ出すことはできません。

「が、今は人員じんいん余裕よゆうがない。とにかく歩行させるだけでもよい。やってくれ」

 どうやら、大人は乗らないようです。希望がつながりました。

 アスミチとカヒが乗りこむと、タバナハは

「ここからが本番。私たちが獣を解放かいほうするから。なんとか城門を目指してね」

 と言って、小さく手をります。

 アスミチとカヒが手を振り返すと、甲冑ゴーレムのハッチが閉まりました。

 小学四年生コンビのまわりの壁がモニターになり、外のようすがわかります。

 タバナハが、マシラツラになにか話しかけられているのが見えました。

「まずい。タバナハさんが体術たいじゅつ最強って言われてたマシラツラにつかまったよ」

 アスミチがカヒに教えます。カヒもそちらに目をやり、

「うん。心配……でも、今はこれを動かすんだよ」

 と答えます。

 そのときタバナハは、マシラツラとこんなやりとりをしていました。

「タバナハよ、部族の孫娘まごむすめよ。エトバリルは疑いを持っておらぬようだが、お前がこのような場に来るのは不自然だぞ」

「は、はい。おさ……わ、私」

「なにかたくらんでおるのなら、やめておけ。エトバリルはお前が思っているよりおそろしい男ぞ」

「はい、あの、私、おじいさまにさからうつもりはなくて、も、もうもどります」

「待て。ラダパスホルンの機械の襲撃しゅうげきがあるという情報がある。危険なここにとどまらずともよい。どさくさにまぎれて東に逃げよ。われらの故郷、ケロムの密林に帰るのだ」

「はい……おじいさまのおおせの通りにいたします」

 マシラツラは仮面を取りました。いつくしみの表情の老人の顔がありました。

 タバナハにさらになにか言いつのろうとして、その頭に手の平をちかづけます。頭をなでるか、手をおくかしようとしたようです。が、そのとき彼の目がするどい光を宿します。城の中になにかの異状いじょうに気づいたのです。

「よいな、逃げよ」

 そう言い残して、仮面をふたたびかぶり、昼間と同様に城壁をかけ上がって去りました。

「逃げます。でも、ケロムの獣たちを助けて、獣たちといっしょに、です。ごめんなさい、おじいさま」

 タバナハはくちびるのはしをぐっと引きしめて、獣のおりのほうに向かいます。

 襲撃しゅうげきが起こったのはそのときでした。

 上空からヒュルルルという高い笛の音のような音がしてきました。風切りの音です。しかも一つではなく多数。つづいて大きな落下音、さらに城の大きな門がなにものかによって破壊されて破られてしまいます。

 カヒとアスミチは、その「ヒュルル」という音を甲冑ゴーレムの操縦席で聞きました。いつか地球で見た打ち上げ花火の音に似ている、と思いました。

 アスミチとカヒは、空から爆弾ばくだん砲弾ほうだんが降ってくる音は知らなかったのです。

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