第19話 タバナハ、シュガー、ノルの思惑は……

 マシラツラとおなじく、大きないしゆみが有効な攻撃になるとエトバリルは判断しました。用意させたいしゆみが兵士と作業用ゴーレムによって設置されました。 

 いしゆみは別名クロスボウ。手でつるを引く弓と違って、つるを強く張るために器械のしくみがあるのです。高い威力いりょくが出ます。

 エトバリルが用意させたいしゆみは、バリスタに分類されるものでした。城を攻めるときに使うサイズの、巨大な武器です。このバリスタの矢に、甲冑かっちゅうゴーレムと同じ「ルヴ金属きんぞく」を使うことで、破壊の力を最大限さいだいげんに引き上げたものです。

「ワシが甲冑ゴーレムをエトバリルほど信用する気になれぬのは、こういう対策が用意できるからだ……高い費用をかけても、壊されるのはひとまたたきかもしれぬ」

 とマシラツラが低い声でつぶやきますが、エトバリルには聞こえません。巨獣部隊パダチフが崩壊してエトバリルに当てつけを言われましたから、反論の意味のひとりごとだったのかもしれません。

 マシラツラは城のあちこちに目をくばり、また魔法の検知けんちの力を張りめぐらせて、あやしい動きをする者を探しています。

 エトバリルが部下に命じます。

「バリスタ、ラダパスホルンの甲冑ゴーレムの操縦席そうじゅうせきねらえ」

 ラダパスホルンの灰色ロボットのどうの中心を射抜いぬこうとします。

 じっさいに、バリスタは思った通りの力を発揮はっきしました。灰色ロボットたちはあまり早く移動できないので、つぎつぎに射抜いぬくことはできました。

 が、動きを停止ていいさせることはできませんでした。操縦席そうじゅうせきをつらぬく矢も何本もあったはずです。

 エトバリルが苦々にがにがしげに言い捨てます。

「敵は遠隔操作型えんかくそうさがたか」

 近くにいた兵士が、

「ラダパスホルンの甲冑ゴーレムはもうそこまで技術が進んでいるとは」

 と言いますが、

「ならば、弱みは命令を伝える魔力。伝達を乱されれば操作できなくなる道理だ」

 エトバリルは魔法の力で遠隔操作をいっせいに遮断しゃだんしようとします。

 灰色ロボットに向けてつえをかざしました。相手の魔力をじゃまする魔法をかけているのでしょう。

 しかしエトバリルの意図どおりにはいきませんでした。灰色ロボットは動きを止めません。城は破壊され続け、甲冑ゴーレムも灰色ロボットもお互いの武器で損傷箇所そんしょうかしょが増えてゆきます。どちらの武器も、同じルヴ金属なのです。

「遠距離からではラダパスホルンの魔法を撹乱かくらんできないとは。ルヴ金属は敵に回すと厄介やっかいだな」

 と、エトバリルはますます表情をかたくします。

「ベルサームが遠隔操作を実現したおりには、同じていどの性能に仕上げてみせるわ。そして、遠距離からの撹乱かくらんができなくとも手はある。接触して魔力を遮断しゃだんする。魔法は接触すれば減衰げんすいせぬ」

 エトバリルは地をりました。体が地面からき上がります。魔法の力で体を空中を飛んだのでした。そのまま高く上がることはなく、むしろ地面にスレスレになるように頭から灰色ロボットにつき進みます。

「敵の甲冑ゴーレムからもどこかにひそんでいるアサシンからもねらわれにくい動き。ふん、ワシの動きから学んだと見える」

 マシラツラ自身もまた、戦いをおこなっています。垂直な城壁を走って移動して、不審ふしんな動きをしている味方の兵士にやいばき立ててゆきます。手で持てるサイズのいしゆみを構えている者がいました。この兵士が、上からエトバリルを狙撃そげきしようとする者なのでしょう。

「エトバリルを守るのもつとめのうちよ」

 これも始末しました。

 マシラツラが飛ぶトリのような素早さでかけけ回り、城壁の上と窓から中庭をねらう敵のスパイやアサシンたちを一掃いっそうしてしまいました。

「……敵の甲冑ゴーレムはどうだ、エトバリル」

 マシラツラは中庭を見やりました。

 中庭のエトバリルは、地をすべるように灰色ロボットにちかづき、接触して一体を無力化するのに成功していました。灰色ロボットは、魔力でダメージを流しこまれ倒されました。ひざにあたる関節から火花を散らしています。

 しかしすぐにほかの灰色ロボットがかけつけてじんを組みます。ベルサームの甲冑ゴーレムはどうやら戦いにおいて分が悪く、動けなくされてしまったものが多いようです。停止ていしした甲冑ゴーレムからは兵士が逃げ出しています。灰色ロボットたちは相手を倒すとエトバリルを取り囲もうと集まってきたのです。

 いまいましそうな顔でエトバリルは引き下がりました。彼の攻撃で停止していた灰色ロボットもぎくしゃくした動作ですが、動き出します。

 ラダパスホルンのやりかたがエトバリルにもわかり始めていました。

「おそらく上空の、さほど離れていないところに強力な魔法使いを待機たいきさせているな。うわさのメルヴァトールとかいう超兵器に乗りこみ滞空たいくうしているとみて間違いあるまい」

 夕暮れのオレンジ色にまった空を見上げてねめつけます。

 エトバリルの目にもうつらなかったのですが、じっさいにその視線の先にはメルヴァトール・イムテンダスがありました。二十メートルもある巨大な人型のロボットが、両腕りょううでを広げ、まるで水面に浮かぶ十字架のように、空中をただよっていたのです。

  マシラツラが、エトバリルのそばに姿をあらわし、

狙撃者そげきしゃは片付けた。城内の間者かんじゃ(スパイ)を見つけ出して始末してくる」

 と言い残し姿を消しました。ここには自分の仕事はないと見てのことでした。

 イムテンダスは、白色を基調としたボディの、古めかしい土器などの発掘品はっくつひんのような印象を与えるメルヴァトールです。

 得意とする能力は、情報撹乱じょうほうかくらん

 メルヴァトールの中でももっとも魔力伝達の能力が高く、また周囲の光をねじ曲げて自分の姿を見えなくする能力を有しています。城の上空まで気づかれずにこられたのも、姿を隠す能力を使っていたからです。

 浮かんでいるイムテンダスには、ボニデール・ミューが搭乗とうじょうしています。

 ボニデールこそが、ラダパスホルンの最高のパイロットでした。

 ボニデールの魔法のパワーをイムテンダスがあますところなく灰色ロボット、リュストゴーレムに伝えているのです。強力なマリオネットの糸で操っているといったところです。

 エトバリルが兵士を呼びます。

「リムエッタを出させる。リムエッタには私が思念波しねんはで呼びよせるゆえ、世話をしている者たちを急ぎ下がらせよ。この中庭に出すぞ」

「はっ、しかしリムエッタきょうのお部屋からここは直通の移動経路がございませんので、一度、北の塔においでいただいてそこからということに……」

「時間のムダだ。城の一部を破壊して移動させる。移動線上の兵士を退避たいひさせよ」

「はっ、かしこまりました」

 兵士が立ちるのに目も向けず、エトバリルは空に向かって言います。

「メルヴァトールめ、なにするものぞ。私とリムエッタでほうむり去ってくれる」

 その時、シュガーは獣の檻の開放をあらかた終えて城壁よりさらに高いの塔の上部に移動していました。城の人間にまぎれるためにメイド服にもどっています。

 裏切うらぎった兵士がマシラツラによっていなくなり、城壁の上はほぼ無人となっていました。そこでシュガーは驚きの通信を受けています。

「デンテファーグが、落盤らくばんに巻きこまれて、死んだ?」

 通信の相手は、ラダパスホルンの王、マーケンアークその人でした。シュガーのやとぬしであるデンテファーグからの通信とばかり思っていたところ、王直々おうじきじきのお達しがとどいたのです。

「マーケンアークである。万が一のさいには指示をまかされておる。現在、わが国の秘宝ひほうラダパスホルンの力により通信装置つうしんそうちに割り込んでいる」

 シュガーの表情は、表立っては変わりません。けれど目には怒りと失望の炎がゆらめいています。

 マーケンアーク王はつづけます。

「お前の命を失っては、今はきわが王子デンテファーグの遺志いし遂行すいこうがさしさわる。敵新兵器の破壊という目的は今やむなしくなった。情報をたずさえ撤退てったいせよ。生きて戻れ。デンテファーグに代わり、マーケンアークがじきじきに任務の報告を受けよう」

 シュガーはラダパスホルン国そのものから依頼を受けたのではありませんでした。彼女はたいへん気むずかしい自由人で、気に入らない相手とは仕事をしない性格でした。ラダパスホルンの王族や貴族をきらっていました。今回の仕事はあくまでデンテファーグ王子の個人の依頼でした。

 彼女にとって親しみを感じる数少ない人物が、ラダパスホルンのデンテファーグ王子だったのです。

 やとい主の死の報を受けたシュガーは、予定より少しだけ早くベルサームから引き上げるすることにします。

 しかし、そこに悪い相手が現れます。

 マシラツラが彼女の正面にしゃがみこんでいたのです。

 仮面をな怒りの表情のものに替えています。手には赤い液体のしたたる短刀たんとうにぎっています。敵を始末し終えたマシラツラが、ついにシュガーの正体に気づいて最後の標的ひょうてきに選んだのでした。

「お前で最後だ」

 高い城壁の上を風が通りぬけていきます。

 シュガーのメイド服もマシラツラのマントも風にあおられてバタバタと音を立ててゆらめいています。

 二人は無言でゆっくりと城壁の上を移動し始めました。視線を片時も相手から離すことなく、ほぼ平行線をとりながら。

 厳密には、ごくごくわずかに、二人は距離を縮めていっています。城壁をける二人の速度が少しずつ加速してゆきます。

 激突げきとつの瞬間が近づいています。


 そのころの中庭。

 ラダパスホルンの灰色ロボットたちの撤退てったいが始まります。

 甲冑ゴーレムが量産されていることは疑いないとわかり、彼らは作戦を変更へんこうしたのです。

 戦いのフィールドが青色の甲冑ゴーレムから遠ざかったので、トキト、ウイン、パルミも合流するチャンスがあるかもしれません。また五人にもどりたいところです。そして甲冑ゴーレムで脱出するのです。

 エトバリルは灰色ロボットが城門のほうへ後退していくのを見て、安心した表情を浮かべます。

 灰色ロボットたちが城門近くに固まります。

 エトバリルは切り札であるリムエッタを呼ぶために思念を集中させています。

 このとき、レサ・ケロムの一体がまだ城内に残っていました。レサ・ケロムは大猿二種のうち、小さめの体格をしたほうです。このレサ・ケロムは体毛がほかの大猿たちと違い、橙色だいだいいろびています。ほかの獣たちが逃げ出してゆく中、この個体はおりを破壊することに夢中になっていました。自分を閉じ込めた檻が憎かったのでしょう。

 そこで、エトバリルが一人になっていることに気づいたのです。

 エトバリルが思念に集中しているのを、すきを見せていると思ったのか、レサ・ケロムは彼をおそいます。

 ヒトの頭ほどあるこぶしが、エトバリルの頭上に振り下ろされました。

 タバナハがその場にとびこんで、

「だめ、ゴグ!」

 と止めようとしました。

 が、間に合いませんでした。エトバリルは視線も向けないまま、片手を軽く振って処置を終えました。

 ほんの一瞬だけ光が、レサ・ケロムのゴグのひたいらしました。

 それだけで終わりでした。ゴグの体がゆっくりと地面に倒れてゆきました。命があっけなく失われたのでした。

「ゴグ!」

 タバナハがゴグの体におおいかぶさるようにせました。エトバリルは視線しせんすら動かしません。

 しかし、このときのエトバリルのすきをついた者がもう一人いました。

 ノルが空中から現れました。エトバリルが使ったのと同じ浮遊ふゆう魔法で、頭の真上からエトバリルに接近したのでした。マットの上を体操の選手がぶように、ノルは脚で高く空中にをえがき、み手袋でおおったうでを下にのばしました。空中ではみごとな体の動きができるノルでした。きっと少し地面が苦手なだけで、本気で動くとすごいのでしょう。

 ノルは、エトバリルから素早くカロカツクーウをつかみ、うばいとりました。

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