第20話 奪われたカロカツクーウ

 ノルは、カロカツクーウを手にすると、空中で手足を大きく広げたままくるくると回って、そのまま座った姿勢になりました。暮れなずむ空を背景に、メイド服と髪の毛がふわふわとたなびいています。水中で腰かけている人みたいです。

 いたままのノルはエトバリルに、やわらかい笑顔で言うのでした。

「ダメよー、イエットワーリ。ノルが教えた技術を使って神様のジャマをしたらいけないの」

 まるで年上のお姉さんが小さい子に言い聞かせるような口調くちょうです。

 エトバリルの、長い年月を生きてきたエルフの顔がみるみる表情をつくってゆきます。幽霊ゆうれいのような印象が消えさり、生の感情があらわれてきます。

 エトバリルの顔は、おどろきといきどおりと、その奥になぜかかすかな喜びをふくんだ、複雑な表情でした。もしもその顔を近くで見る者がいたとしたら、「き出しそうな顔」という感想をいだいたかもしれません。

 イエットワーリ。それは彼のほんらいの名前です。彼のその本当の名前を知るものはごくわずかであるはずでした。発音しにくいので他の人間たちばエトバリルと呼ぶのです。

「ノノレクチン? あなたは、ノルだったのですか」

 とエトバリルは、敬語けいごで話します。

 どうやらエトバリルはノノレクチンとしての彼女より前に、彼女と知り合いだったようです。

 ノルとエトバリルがどのように知り合い、どのような時間をともに過ごしたのかは、また別の話としてお聞かせすることになるでしょう。今は道をわかち、このように立場がちがっているということで十分です。

 ノルは、続けます。

「いいこと、ぼうや。地球の子どもたちを兵士にして死なせるようなことをしたら、私にも責任が及ぶかもしれないんだから。カロカツクーウ、ほんの一瞬だけ、りるわね」

 エトバリルは奪い返そうと、ノルのにぎりしめる銀色のぼうに手を伸ばします。ノルがにっこりとほほえんで両手を頭の上に持ち上げて奪わせません。まるで姉がおもちゃを弟から取り上げたようにも見えました。

「ささ、あなたはリムエッタを呼んでいたんでしょ。早くしないとラダパスホルンに逃げられるわよ」

 エトバリルはなにか言いたそうに、なにかを問いただしたそうに、口を何度かぱくぱくと動かしました。が、今はノルにかまけている時間はないと考えたようです。彼はリムエッタなる者を呼び出す魔法を再開しました。

 ノルはくちびるを少しゆがめて、アスミチたちの甲冑ゴーレムの出入り口のロックを解除かいじょします。

 中庭をトキト、ウイン、パルミが走ってきます。五人が合流するチャンスはどう見ても今しかありません。

 トキトが、全力で走っているのに息も切らせずに、

「ノルさんとシュガーさんと、相手するのが逆になっちまったな」

 と言い、ウインが動きにくいあしを気にしながら答えます。

「そうだね。ノルさんがエトバリルの相手しているもんね」

「やっぱ、お城の上のほうでなんか戦い始めたメイド服はシュガりんってわけね」

 パルミはそう言って、エトバリルの後ろのほうでふせっているタバナハも見ました。

「タバナハちゃん、エトバリルんに逆らうなんて、ヒヤヒヤだったー」

「でも今のところ無事みたい。いっしょに脱出できるといいけど」

 という言葉をかわしているパルミとウインに、トキトが、

「城門は開きっぱだろ? 獣たちが逃げられたんだから、タバナハさんもそのうち逃げられると思うぜ」

 ウインとパルミもうなずきます。今は、自分たちが合流して甲冑ゴーレムに乗るときです。計画がすこしずつちがってきていますが、

「ここまで、だいたいオッケーだよね!」

 ウインが顔の汗をぬぐいながら言うと、「だな」「だねい」と二人から返事がありました。

 アスミチとカヒが乗った青の甲冑ゴーレムのハッチが開いたのを見て、トキトたち三人も乗り込みます。一人乗りの甲冑ゴーレムに五人が入るため、無理をしました。ぎゅうぎゅうづめです。

「トキト、ウイン、パルミ!」

 とカヒが喜びの顔でむかえます。

 次の行動にうつらなくては……という場面で、また不意打ふいうちで現れた人物がいます。いつのまにこの場に移動してきたのか、ノルがのっこりと開きっぱなしのハッチから顔をのぞかせます。

「ウインちゃん。城門から外に出るより、空間移動くうかんいどうゲートのほうが安全に脱出だっしゅつできると思わない? 空間ゲートはノルが開きました。カロカツクーウの力を解除かいじょしといたわ」

 ここまでノルは別案があるとか、するべき仕事があるとか言っていました。おそらくカロカツクーウでゲートを開くことが、それだったのでしょう。

「あっちを見て。数時間前にあなたたちが出てきたゲートが、まだ生きていて呼び出せるの。カロカツクーウによれば、ゲートは城門とは反対がわに開くわよ。全力猛ぜんりょくもうダッシュのコマンド入力、よろしくね、トキトちゃん」

 とノルは指示します。

「ノルさん、了解りょうかい!」

 とトキトがさけびます。もうノルがとつぜん出現してもおどろかないようでした。

 カロカツクーウはノルの手によって輝き、新たな空間のけ目が出現します。

「ゲートの先ってどこなんだろう? 地球……だったら家に帰れるけど……」

 とアスミチが言います。

 ノルに聞きたいとアスミチは思ったのですが、もうノルの姿は消えています。またエトバリルのそばにいました。一瞬いっしゅんで移動できる距離とは思えないほどはなれているのですが。

「わかんねえな。けど城門から出てもベルサームの土地なんだろ。空間ゲートの先に逃げろって言われたらそっちのほうがいいと思うぜ」

 と、ノルがいなくなったことも気にせずに、トキトが返事をします。

「アスミチの言う通り、地球に帰れるんだったらいいな」

 とカヒが小さく言いましたが、

「そうだったらいいね。その可能性があるなら、いいね」

 とウインが期待させすぎず、でもあきらめたような言い方にもならないように、やんわりとアスミチとカヒの希望を受け止めました。

「ゲートってくぐるときに出口を選べたりしたいいのにね。あれよ、ほら、高速道路の出口みたいに、右が地球、左が異世界、みたいにさー」

 とパルミ。

「おっし、それじゃあみんな出口に地球行きの表示が出ているかどうか、しっかり見てくれよなー!」

 トキトが元気に言って座席にドスンと飛びこみます。

「げぶっ、無理やりりこんでくんな、これだから男子は!」

 と体を押されたパルミが文句を言いますが、それでもカヒの体をかかえて、二人がいた場所をトキトにゆずります。

 ハッチが空いたまま、トキトは操縦席にある無数のボタンとメーターとレバーに圧倒あっとうされながらも、

「なんだこれボタンとメーターとレバーが何個も何個も! どれで動かすのか、わかんねえええ!」

 と悲鳴のような声を上げます。

 カヒがトキトに教えます。

「音声コマンドで、ちょっとだけ動いたよ、さっきは」

 と教えます。そしてすぐに、

「でも、動いたのはちょっとだけだったの。だから、ベルサームのほかの甲冑ゴーレムから逃げるのは無理かも……」

 と元気のない声で続けます。城門へと歩きはじめたものの、獣たちが押しよせてきたのでその場でストップしたのです。トキトもそれを見て知っていましたが、

「あんがとな、カヒ。ぜんぜん動かせないわけじゃないってわかって助かったぜ」

 笑顔を見せて二人のがんばりをたたえました。カヒもうれしくなって、

「うん。がんばって、トキト」

 と返事をすることができました。

 操縦席を作ったアスミチが、ひとつ思い出したことがありました。それをトキトに教えます。

「トキト、思い出した! テレビ番組のアルティメット人間のマシンを元にぼくはこれを作ったでしょ。テレビのマシンは、丁字型ていじがたレバーをガチャコと倒して、同時にアクセルをんで発進するシーンがあったよ!」

「アスミチ、でかした。同時押しな! で、アクセルはわかるけど、丁字型ていじがたレバーってどれだよ」

「たぶん、これじゃね? ほい」

 とパルミが座席の横のレバーを無造作むぞうさに前に倒しました。ガチャコという音に、トキトがあわててタイミングを合わせてアクセルを右足で踏みました。そのとたん、五人の乗った甲冑ゴーレムが音を立てて歩き出したのです。

「お手柄てがら、アスミチ、パルミ!」

 とカヒが言いました。

「ねえ、みんな。もう空中にゲートの裂け目ができてるよ」

 ウインが指さします。城壁の前に四角く切り取ったような、不思議な空間ができていました。もうひとつ城門ができたようでした。黒い空間につながっているのにもかかわらず、裂け目の中から光が漏れています。少し黄色みがかって、昼間の太陽の色みたいです。ゲートの中は黄色い光が湯気のようにゆらめく不安定な状態が見て取れました。

 五人は見覚えがありました。自分たちが地球からこちらに転移させられたときに吸い込まれたのとそっくりです。

 ウインは、ほかの仲間に呼びかけます。

「でも、待って。ゲートに入る前に、私、しておきたいことがある」

 と言ってトキトを止めました。

「え、なんだよウイン」

「ウインちゃん、早く逃げないと激ヤバだって」

 トキトとパルミ、二人の年長組が異議を唱えます。二人にしてみれば戦場から逃げることより優先することがあるなんて思えませんから、疑問に思うのはもっともなことでした。

「聞いて。あのね……」

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