第21話 メルヴァトール対リムエッタ

 ウインが土壇場どたんばで考えついた作戦を説明すると、

「なーる。あたし、ウインちゃんに賛成さんせいだよ。やってやろーじゃん」

 とパルミが言い、アスミチとカヒも、

「それ、いいね」

「ウイン、すごいアイディア」

 と興奮こうふんした顔で前のめりに賛意さんいを表します。

「よっしゃ、決まり。ウインの作戦どおり、やってやる。レバー全開」

 トキトがレバーを思いっきり倒しました。同時にアクセルをふかします。

 トキトが甲冑ゴーレムを発進させました。赤いゴーレムと同じようにスムーズに移動できるようです。

 ウインが開いたままのハッチから身を乗り出します。ウインの上半身のほとんどが操縦席から空中に飛び出した形になり、たいへん不安定です。そこで残りの三人がウインをつかんでひっぱり、ウインが落ちないように支えます。

 ウインが立てた作戦のねらいは、今、ノルが手にしている銀色の金属棒。カロカツクーウでした。

 先ほどジョーク混じりの会話で話題になった地球行きの道路標識どうろひょうしきは、おそらく見つけられないでしょう。けれども、カロカツクーウは自分の思うとおりにゲートをねじ曲げる機能きのうを持つ道具です。あれを使うことができたなら、ゲートの出口を地球に向けることができるかもしれない。そうウインは考え、まわりの子どもたちも賛成したのです。

 いちかばちか、ノルの手からカロカツクーウを奪う、そのチャンスをねらいます。

 五人の乗った甲冑ゴーレムは、足の裏のローラーを動かして、すべるように前進できました。自動車の走行の感覚です。

「わかってきた。動かせるぜ」

 トキトが操縦桿そうじゅうかんをぐいっとかたむけると、甲冑ゴーレムは中庭の地面にを描いて城門とは反対方向に向きました。

「ウイン、ねらうんだろ。あいつらのわきをかすめるぜ」

 ウインはあしの痛みが大きくなってきたのを感じていましたが、まだ頑張れそうでした。ノルの手からカロカツクーウを奪取だっしゅするのには、背が高いウインが適任てきにんです。それに、自分が考えたことでした。

「うん。いちかばちか、やってみる」

 エトバリルがなにかの魔法の詠唱えいしょうを終えたようでした。リムエッタを呼び寄せる指令を送ったのですが、子どもたちにはそのことはわかっていません。

 ノルはエトバリルのそばに戻っています。カロカツクーウをまだ手に持っています。ゲートを開く用事がすんだので彼に秘宝を返そうとしているのでしょうか。そのように見えなくもありません。

 エトバリルが警戒を解くことなく、魔法の念動力ねんどうりきでノルからカロカツクーウを取りもどそうとします。ノルは、編み手袋をした右手に銀色の棒を持って立っています。手のひらにカロカツクーウを乗せて、あらがうつもりはなさそうです。どうやらほんとうにエトバリルに返すように見えました。

 エトバリルがカロカツクーウを宙に浮かせた瞬間、横からウインがその秘宝を手につかみ、かっさらいました。

「やった、ウインちゃん!」

 パルミがよろこびを爆発ばくはつさせました。残りの子どもたちも「やー」とか「すごい」と歓声かんせいを上げます。

 カロカツクーウをうばい、甲冑ゴーレムは勢いよく中庭を走りぬけ、空間の裂け目に飛び込みます。

 ゴールの裂け目まであと少し、というところで、ノルがウインのすぐそばに現れました。

 走ったり、空を飛ぶ魔法を使ったりしたとも思えない、一瞬のうちの移動でした。

「はわ、ノルさん!」

 ウインがおどろきの声をあげるあいだに、ノルは カロカツクーウをウインの手から取りもどします。

「今は、ダメなの。これは返してもらうわねー」

 開いたままのハッチにふわりと乗ったまま、小さい子をあやすような口調です。

「はい、エトバリル。返却へんきゃく

 と言います。

 すくい上げるような動作で、銀色の棒をエトバリルに向けてほうり投げました。

「な、なんてことを! 投げないでください1 一族の秘宝に万が一のことがあったら――――!」

 エトバリルが、まるで野球の捕手ほしゅがチップフライを必死でつかもうとするみたいに、両手をのばして頭からスライディングしました。

 みごとに秘宝を両手で受け止めます。砂だらけになるも、心の底からやりとげた顔のエトバリルがそこにいました。

 これまでの何百年かのエルフの命の長さの中で、きっと初めてで、最後の体験ができたことでしょう。エルフは野球をしないでしょうからね。

 一方、ウインたちの乗った青色の甲冑ゴーレムは閉じかけた空間の裂け目に突入とつにゅうします。

「なんで、ノルさん……私たちの味方じゃなかったの……?」

 ウインは胸がぎゅっとつかまれたように痛みました。カロカツクーウがあれば地球に、自分の家に帰れるかもしれないのに。

 振り向くと、ノルが笑顔で手を振っています。悪気のかけらもない様子でした。

「ウインの言う通りだ。ノルさんのやつ、わけわかんねえよな」

 とウインに同意するトキト。

 青色の甲冑ゴーレムは裂け目に入りこんでいます。その瞬間、裂け目は収縮しゅうしゅくしました。小さくなって消えたのです。甲冑ゴーレムの手足が引き裂かれてしまいました。

 その衝撃しょうげきは甲冑ゴーレムを空間の彼方かなたへとふき飛ばしていきます。

 五人を乗せた青色の金属のボディは、ものすごい勢いではじかれました。そして、子どもたちも知らぬうちに、十数時間の時と、数百キロメートルの空間をえていきます。

 青色の輝くまるい金属のボディは、かくして、翌日の昼間、ダッハ荒野の上空に、現れることになるのでした。

 気を失った五人の子どもたちを乗せたまま――


 ベルサームではまだ戦いが終わっていませんでした。

 ラダパスホルンの灰色ロボットは、中庭の中央に十八機すべてが集まります。

 そしてすうーっと上空に浮かび上がってゆきます。撤退てったいのはじまりです。その中のいくつかはバリスタの大きな矢で射抜いぬかれたままで、またいくつかは腕や胴が甲冑ゴーレムのやりの攻撃でひしゃげています。追いちのバリスタが巨大な矢をバスバスと撃ちこんでいますが、灰色のリュストゴーレムたちは意にかいするふうすらありません。気をつけを命じられたような直立不動の姿勢で、輪になり、輪の外側の空間をまっすぐに向いたまま、吸われるように空中に持ち上げられてゆきます。

 上空で待機しているメルヴァトールが、それら灰色のリュストゴーレムを再びくさりで接続します。リュストゴーレムたちは飛行能力がたいへん微弱びじゃくです。飛行が得意でサイズもはるかに大きいメルヴァトールがこれらを引っ張ってゆくのです。

 メルヴァトールはイムテンダスのほかに、テュオンテューロ、バンハッタの二機がはるばるベルサームの地に来ていました。

 メルヴァトール・イムテンダスの操縦席で女性の声がします。

「アカマカドレ・ムベ隊長ー。リュストゴーレムを、全機回収完了ぜんきかいしゅうかんりょうですよー、私、つかれましたー」

 先ほどまでエトバリルの魔力妨害まりょくぼうがいからリュストゴーレムを守る魔法をかけつづけていたボニデールが報告の声を伝えます。エトバリルが遠隔操作えんかくそうさと呼んでいた命令を伝える魔法は、ボニデールが担当していたのでした。

「ご苦労、ボニデール・ミュー」

 ムベ隊長が大人の男性の声で答えます。

 若者ぞろいのメルヴァトールのパイロットの中では一人だけ、ムベ隊長は年齢がかなり上です。

 ムベ隊長は隠密能力おんみつのうりょくにすぐれる機体テュオンテューロに搭乗とうじょうしています。

「あきれた。ボニデール、疲れたって言いながら、あんたちっとも疲れた声になってない」

 トロンファ・ガンモモアチュリの声も、その言葉ほどトゲはなく、リラックスしたものでした。彼女があやつるメルヴァトールは、格闘戦かくとうせんでの力をほこるバンハッタです。

 ムベ隊長が命じます。

帰投命令きとうめいれいが下った。ラダパスホルン首都ザスンガイナへ帰投きとうする。飛行を楽にするため、空の道の高度まで上昇するぞ」

 雲より高い位置にある特別な大気の層では、物を重力に逆らって浮かせる作用が働いています。地球とは違う、この異世界の謎のひとつです。

 ラダパスホルンを出撃したあとも、メルヴァトール三機は、その空の道と呼ばれる大気中の部分を通って遠くベルサーム上空まで移動してきたのです。今また同じ空の道から帰ろうとしています。

「了解です」

 とトロンファ。

「了解したいけど、ちょっと待ってね。下から敵のメルヴァトール級マシンが急速接近中きゅうそくせっきんちゅう

 ボニデールが敵を察知さっちしました。

「テュオンテューロからも確認した。バンハッタで相手しろ、ロニー。破壊しなくともよい。撤退てったいまでイムテンダスとテュオンテューロを守れ」

委細承知いさいしょうちですとも!」

 トロンファはこうを急ぐ性質でした。いささか意気軒昂いきけんこうにすぎる返事をしました。

 ムベ隊長がトロンファに告げます。

「どうやらメルヴァトールと同格の機械兵器だ。ベルサームもなかなか準備が早い。おそらく距離を空けての魔法ははじくぞ。接触で攻撃して、すみやかに追い返せ」

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