第22話 バンハッタ対エトバリル

「ロニー、イムテンダスがリュストゴーレムを引っぱっていくから、げるまで、時間をかせいでちょうだいね」

 ボニデールが「ロニー」とんだのはトロンファのことで、愛称あいしょうがロニーなのです。

「ムベ隊長、了解りょうかいです」

 と、トロンファは明るい声で隊長に答えてから、少しつんとした声の調子に変わり、競争心きょうそうしんをむき出しにします。

「ボニデール、子どもあつかいしないで。やってやるから、見てな」

 バンハッタは男性的なフォルムの人型マシンです。うでを交差するようにガツンガツンと打ち合わせました。この金属の腕、いわば鉄腕てつわんがバンハッタの攻撃のかなめです。

 トロンファはバンハッタを敵にむけて発進させました。


 そのほんの少し前のドミュッカ城の中庭。

 エトバリルに呼ばれた巨大マシン、リムエッタが出現しようとしています。

 リムエッタにより城の中庭の地面がゆれ動きます。先ほどのリュストゴーレムが降下してきたときよりも騒々そうぞうしい耳障みみざわりな音がひびきます。城の内部を破壊しながら地下から地上へ、リムエッタの二十メートルの体が戦場に近づいているのです。

 やがて白いリムエッタが背中から現れてのび上がります。体の白さ、フォルムの甲殻類こうかくるいに近いイメージとあいまって、セミが羽化うかするのによく似ていました。

 リムエッタは、エトバリルを腹に乗せると、大地をって空に舞い上がります。より正しく言えば、もうスピードで空へと突進とっしんしていったのです。

 むかえ撃つのはラダパスホルンの巨大マシンです。三機のメルヴァトールは戦いの準備じゅんびをととのえていました。すでに姿をかくすこともやめています。

 リムエッタ内部の操縦席でエトバリルがひとりごとを言いました。

「見えるぞラダパスホルン。お前たちの人型の機械。リムエッタと同じサイズ、おそらくパワーもほぼ同じ。間違いない。ドラゴンのいた千年前の遺物いぶつだな。王子デンテファーグが復活させた超兵器ちょうへいきメルヴァトール」

 リムエッタはハンドルや操縦桿そうじゅうかんではなく、魔力での操縦をおこなう機体です。レバーやボタンも配置はいちされていません。操縦席の球体の内面には、ふくざつな模様もようが中にはりめぐらされています。エトバリルが立つ中央にはイソギンチャクのような部品が四つあって、彼のうであしとを固定しています。

 機械を魔力操作まりょくそうさする仕組みはすでにベルサームにもあり、このように実装じっそうされていたのでした。高い魔力をもつエトバリルには、リムエッタの操縦が可能です。


 ラダパスホルンの側では、このようなやり取りがかわされていました。

 ムベ隊長は部下に戦いの指示を伝えます。

「ボニデール、お前のおくの手を出すことまかりならぬ」

 と、ボニデールに全力を出すことを禁じる命令を下しました。いちばんの腕利うでききである彼女の手のうちを知らせないためでした。

 命令の意味はわかったボニデールですが、

「ムベ隊長ー、私一人ではこのイムテンダスと、牽引けんいんしているリュストゴーレム十八体のうち、六体しか動かせないです。もしおそわれたらー」

 とき言めいたことを言いました。イムテンダスには十八体を三体ずつくさりで一本につないでぶらさげています。腰から下に、小さめのロボットをぶら下げているところは畑からり出したジャガイモが小さなイモをたくさんつけているみたいにも見えました。動きづらそうな姿です。

 ムベ隊長はボニデールにはそれ以上何も言わず、トロンファに向かって指示をします。

「トロンファ、バンハッタの第一の奥の手を出すことをゆるす」

 解説をするなら、バンハッタは格闘戦がとくいな機体なので、リムエッタを迎え撃つ役割をまかされたのです。イムテンダスはリュストゴーレムをゴテゴテくっつけたまま、安全なところに移動するまで後ろから援護えんごする形になります。有利な戦いでバンハッタの奥の手のひとつだけを許可するということなのでした。

 それらを言いおいて、ムベ隊長は

「二体であやつを撃退げきたいしろ。イムテンダスはいつでも撤退てったいできるよう距離を置け。そのすきに私はテュオンテューロで地上から手土産てみやげを取ってくる」

 と言うやいなや、リムエッタの進路を迂回うかいして、ものすごい速度でテュオンテューロで地上に向かいました。甲冑ゴーレム完成前に破壊するという任務がもはやかなわなくなってしまったので、ベルサームの甲冑ゴーレムの残骸ざんがいをひろってきて手土産にするつもりでした。空にキューンと軌跡きせきをえがいてテュオンテューロはドミュッカ城に降下こうかしてゆきました。

 リムエッタが二機のメルヴァトールにせまります。

 もうスピードで上昇する白いリムエッタは一条いちじょうの光の矢のようでした。そこに黒い影となったバンハッタが一機で立ちはだかる形となりました。

 黒いバンハッタが攻撃のモーション。

 右の拳が出ます。なぐりです。うなりをあげて正面からリムエッタに打ちかかりました。

「ベルサームのお前、速度上げすぎなんだよぉ」

 トロンファは一撃必殺いちげきひっさつのパンチを顔面にくらわせてやるつもりでした。

 リムエッタの細い腕が、パンチをからめとるように動きます。

 リムエッタは生物っぽいデザインで、ヒトの骨格標本に似た形をしていました。ひょろっとした骨に、漂白ひょうはくしたエビのからをくっつけていったらこんな形が作れるか、というような姿をしています。

 骨組みだけに見えるリムエッタの腕は、正面から激突げきとつすることをさけました。バンハッタのパワーをこめた拳をほんの少し力を加えて左にそらしました。リムエッタの腕の装甲板がまさつではがれていきます。バンハッタにガガガガと音を立ててけずり取られ、細かい破片となり、空に飛び散りました。しかし骨格まではダメージはおよんでいないようです。

 さらに力に逆らわず、バンハッタの運動エネルギーを受けて、リムエッタ自身の体をくるりと反転させました。相手の腕にまといつくような動きです。

「わがリムエッタの、この機敏きびんな動きを見たか。ラダパスホルンの甲冑ゴーレムずれにはとうてい不可能よ。お前らはどうだ、メルヴァトール!」

 リムエッタがメルヴァトールに対しても劣らないどころか性能でまさっているという自信が、エトバリルの言葉にはあふれていました。

 なぜかエトバリルはこの機械を異常なほどたいせつにあつかわせていました。部下にも「リムエッタきょう」などと人間、しかも貴族のように呼ぶことを要求していました。自分のとっておきの乗機じょうきだからという理由だけで人間あつかいしたり、敬称けいしょうで呼ばせたりするでしょうか?

 もしかすると、エトバリルと機械リムエッタのあいだには、エトバリルにしかわからない秘密がかくされているのもしれません、

 バンハッタはリムエッタの腕の外側の装甲板をバリバリと削って小さな破壊をあたえたあと、体のむきを変えました。リムエッタに背中をとる動きをされて、これにも攻撃で対応するつもりです。次にやることはべつの腕で打撃を与えること。つまり殴りです。今度は左です。

「フィストコンビネーション!」

 というトロンファの言葉とともにリムエッタに左の拳を振りおろします。

 不安定な横向き姿勢からの拳は、さきほどより勢いもなく、よけやすいものだったでしょう。リムエッタは今度は自分のどうをガードする動きを見せました。傷つかなかったほうの腕ではらをかばいます。

 バンハッタの腕は先端に近づくにつれて太く、また拳はボクサーのグローブのように大きくデザインされています。また、手首のまわりの「そで」にあたる装甲がが大きく張り出して、まるで鳥のくちばしのようになっています。

 そうすることで攻撃力を上げ、指や拳を傷つけないデザインなのでした。

 迎撃するリムエッタは折り曲げた肘で、バンハッタの左の拳を力強く受け止めます。今度は「かわす」動きは取れません。ドゴアンと大きな音が空気をふるわせます。

 白いリムエッタと黒いバンハッタの間の激しい衝撃しょうげきが広がります。あたりの空気がゴゴゴゴと雷のように鳴りました。

「ロニー、長く接触していると魔法を流しこまれるよ。距離をおいて戦って」

 イムテンダスからボニデールの通信が入りました。

「わーってる! 相手はベルサームの魔法使いエトバリル。魔法に警戒けいかい、しまくってる!」

 リムエッタからの反撃がありました。ひざで下からバンハッタの胴めがけて蹴りあげる攻撃です。見ていたボニデールが、

「膝がとんがってて痛そう!」

 と言うのを

「なんの。根性。でいや、どおいっ」

 トロンファはバンハッタのほうからも同じ膝蹴りを合わせます。

 またも大きな衝突しょうとつ音がガアンと響き、自らのパワーで二つの機体は反発しあって距離があきます。どちらの機体も正面から向き合ったまま跳ね返ったのです。

 バンハッタが奇妙な動きをしました。

 リムエッタとの衝撃が発生した直後、殴った左腕がどんどん短くなっていったのです。腕は機体の内部に吸引きゅういんされていたのでした。

 バンハッタは左腕を胴体に引き込むと、体内で右腕とつなげました。一本の長いヒモ状の腕が形作られたのです。そして、今度は右の拳を敵に向けてくり出します。三度目の殴りです。

 腕の長さを倍に長くしたこの攻撃が、バンハッタの奥の手、フィストコンビネーションでした。遠ざかるリムエッタを拳がムチのように追います。

 二つの機体が跳ね返しあって、姿勢が十分にもどらないうちの、バンハッタの追い打ちでした。

「お見事、ロニー。フィストコンビネーション、ここが使い時だったよね」

「ほめても晩飯ばんめし一回くらいしかおごらないんだからね、ボニデール」

「おごってくれるんだ」

 トロンファは気持ちが乗ってきたようです。

 しかしリムエッタはその奥の手を察知さっちしました。驚異的な素早さでかわすことに成功します。エトバリルが言い捨てます。

「ドラゴンの首を模倣もほうした機能か、メルヴァトール」

 ドラゴンのあぎとのようなバンハッタの鋭い打撃は、リムエッタの首ぎりぎりをかすめて後ろに通り抜けてしまいました。

 リムエッタとバンハッタは、空中で一瞬だけ動きを止めてにらみ合いました。バンハッタの右腕は長くのびてリムエッタの頭のうしろにとどいています。すぐにリムエッタが前進します。バンハッタの武器である拳が離れていて攻撃できない今がチャンスと考えたのでしょう。しかし、ねらいはバンハッタではありませんでした。リムエッタは、バンハッタをすり抜けようとします。

 狙いは、背後のイムテンダスにあったのです。

 エトバリルはリムエッタの操縦席で言います。

「じゃらじゃらとお荷物をぶら下げていては、ろくに戦えまい。動けないそちらのメルヴァトールから始末してやる」

 前衛ぜんえいのバンハッタが攻撃できないわずかな時間で、イムテンダスを相手にしようという考えでした。前衛と後衛こうえい強引ごういんに逆にしてしまえば有利との考えなのでしょう。

 ところが、エトバリルの考えはよいものであったにもかかわらず、目論見もくろみが外れます。リムエッタはイムテンダスに襲いかかることはできませんでした。

 バンハッタの殴り「フィストコンビネーション」は二段にだんがまえの技であったのです。

 長くなった腕がリムエッタの頭の後ろにまわったのち、ぐるりと巻きつきました。殴りのときとちがい、ひじ関節かんせつではないところで折れ曲がるようにできているようです。腕は首のまわりを一周してリムエッタの頭をとらえます。バンハッタの横をすりぬけようとしたリムエッタは、からめ取られてしまいました。

 首をしめられたような形になりましたが、リムエッタは生き物ではありません。

 それでもリムエッタの首をしめつける格闘機体バンハッタ。今度は二つの機体は密着した状態です。膝の攻撃が割りこめる空間はありません。バンハッタにはこの状態からくり出せる強力な攻撃手段がありました。

 頭での殴り、つまり頭突ずつきです。

 ゴオオオン、ゴオオオン、と正面から金属のかたまりがぶつかる音が響きます。そこにバキン、ゴキンと薄い金属がはじけくだける音がまじります。

 強力な頭突き。そのくり返しがリムエッタにダメージを与えていきます。

 バンハッタの頭は、頑丈に作られています。重い頭も武器として使うことができよう設計されていました。

 リムエッタのパワーはバンハッタに劣るものではなかったのでしょうが、頭突きの対策はなされていなかったようです。リムエッタの頭部は美しい昆虫のように触角のような部品や、薄い装甲できめ細やかに装飾そうしょくされていました。しかし、バンハッタの猛烈もれうつな頭突き攻撃をあびて、細い部品は折れて、薄い装甲板は砕けてっていきます。

 頭部を武器としてデザインされているバンハッタは、もちろん無傷です。やわらかいカイコガの頭に、硬いカブトムシが角をぶつけているようなものでした。

 ドミュッカの城に、リムエッタの外装がいそうの白銀の金属片が、雪のように降ってゆきました。

 バンハッタの固いしめつけからの脱出が叶わず、リムエッタの損傷そんしょうは今や増す一方となっています。フィストコンビネーションに完全にはまってしまいました。

「くらえ。くらえ。くらえ、ベルサーム。国境沿いのいつもの小競こぜり合いと思うな。トロンファ・ガンモモアチュリはウマに乗っていたころとは違うぞ」

 興奮するトロンファに、ボニデールが声をかけました。

「ロニー! 少し冷静になって。破壊を命じられたわけではないんだから。敵をよく見て」

「見てるよぉ。すっごく近いからね、よく見える」

「よく見て、ロニー!」

「見てるって言ってるだろ。気分がいいから今日だけじゃなくて明日も晩飯おごってやるよ、ボニデール」

 ここで、エトバリルが怒っておどろきの行動に出ます。

 エトバリルは、リムエッタの操縦席をからにして、外へと飛び出してきました。

 リムエッタの操縦を放っておくことになるはずですが、り返りさえしません。腕の上をまるで軽業師かるわざしのように走って、バンハッタの操縦席の至近しきんまで到達とうたつします。

 魔法使いとしてもかなり上位の実力をもつエトバリルの、魔法による接触攻撃がバンハッタに襲いかかります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る