第23話 最強パイロット、ボニデール・ミュー

 エトバリルの顔には怒りの色が浮かび、トロンファとその操縦そうじゅうするバンハッタに向けて言葉を投げつけました。

「ルヴ金属であるから、魔法への防御ぼうぎょも強い。リムエッタの中からでは効果が出にくいのだ」

 彼の両手はバンハッタの装甲そうこうに振りおろされます。

「だが接触せっしょくすれば防御力はいちじるしく落ちるのだ」

 という言葉がその後に続きます。

 バンハッタの操縦席にいるトロンファはそれを聞いて

「そんなの知ってるけど、まさか生身なまみで腕の上を走ってくるなんて思わないじゃない!」

 とさけびますが、声はエトバリルにはとどかなかったことでしょう。

 バンハッタの装甲にエトバリルが接触状態で魔法を打ちこみます。心臓しんぞうにショックを与える魔法攻撃です。トロンファの心臓と精神にはかなり強い衝撃しょうげきが走りました。

 もしも、少し前のわずかな時間で、バンハッタがすぐに腕のいましめをいてエトバリルを振りはらえば、エトバリルの魔法の攻撃をけられたかもしれません。けれども、トロンファは意外すぎるパイロットの生身の攻撃にとまどいました。その結果、彼女は大きな魔法を食らってしまいました。

 一方で、リムエッタにはこの時点でエトバリルが搭乗とうじょうしていないことになります。誰も乗っていない、無人の機械が空に浮かんでいるのです。

 ボニデールはチャンスを見逃しませんでした。彼女の乗るイムテンダスがリムエッタのすきをつきます。エトバリルが機械の腕の上を走ると同時に、イムテンダスはリムエッタに接近しました。

 イムテンダスが腕を空中でブンと振ると、袖口そでぐちから細い棒がビン、ビン、ビンと何本も出てきます。棒は先端部でくっついて全体として円錐えんすいを形成しました。これを刺突しとつ武器としてリムエッタの腹をねらいます。

 ここでふたたたび、おどろくべきことが起こります。

 リムエッタは操縦者がいないのに、ここまでの戦闘と遜色そんしょくない動きを見せて反撃しました。腕にある尖った部品で、イムテンダスの武器をはじきました。

「うそぉっ。ピッチュを載せているんだと仮定しても、あの動きは中に人間がいないと無理なはず」

 とボニデールもおどろきをかくせません。

「乗りこんだのはエトバリルだけだったのに、今は無人なのにぃ、なんなのあのマシンはー」

 ほぼ同じ性能のメルヴァトールに乗っているボニデールには、奇妙きみょうさがよくわかるのでした。

 メルヴァトールには操縦者のほかに、ピッチュと呼ばれている精霊せいれいを同乗させています。たとえばバンハッタの中にいるピッチュはコクビクという名で、小ぶりの白黒の熊のすがたをしています。

 ボニデールが言うように、ピッチュがいれば人間の操縦の補助の役目をしてくれるし、かんたんな動きはピッチュだけでもできるのです。

 魔法による衝撃しょうげきを受けたトロンファおよびバンハッタはしばらく行動不能こうどうふのうになりました。ピッチュのコクビクが必死で行動不能状態にあるトロンファを回復させています。

 そのあいだボニデールのイムテンダスは、なぜか操縦者がいなくても行動できるリムエッタと単独で対決する目にあっています。

 リムエッタはバンハッタを振りはらいました。それでもはや行動の制限がなくなりました。頭突きのダメージも深刻しんこくなものではないようです。

 一方、ボニデールがあやつるイムテンダスはリュストゴーレムを十八体も牽引けんいんしていて制限された動きしかできないのでした。

 エトバリルは魔法で空に浮くことができます。今は飛行してイムテンダスに向かってきています。リムエッタとエトバリルとがはさみ撃ちにした形になります。

 イムテンダスとパイロットのボニデールは備えもせずにエトバリルを待っていたわけではありません。くさりでつないだリュストゴーレムのうち六体が、支援しえんのためにガチャガチャと動き出します。ボニデール一人では六体を操作するのが精いっぱいでした。

 空中は得意ではないリュストゴーレムは、地上での戦いのときよりさらに鈍い動きながら、エトバリルに向かいます。ルヴ金属の剣がもし当たればエトバリルといえどもただではすまないでしょう。

「ラダパスホルンの甲冑ゴーレムめ。数が多くても減らせばよい」

 エトバリルがリュストゴーレムの攻撃をかいくぐって空を飛びます。ふところに飛び込んでは接触魔法で関節を痛めつけていきました。地上でも見せた技です。リュストゴーレムたちは次々に動けなくされていきます。

「リムエッタ、敵メルヴァトールは動きが制限されている。攻撃せよ」

 とエトバリルが命じます。

 リュストゴーレムの守りが失われていくなか、リムエッタがイムテンダスに突撃します。

 リムエッタはイムテンダスがたくさんのリュストゴーレムを牽引けんいんしている状態なのを利用します。大きな荷物を持った敵は、動きがにぶっている道理です。

 接近すると見せかけては距離をとり、さらに素早い動きで後ろに回りこむ動きをします。ときおり腕の突起で斬りかかり、イムテンダスの武器と切り結んでギャリンと派手な音を立てます。

 格闘戦ではお荷物のリュストゴーレムがイムテンダスを苦しめることになりました。イムテンダスは翻弄ほんろうされているように見えます。

 ところがそれはボニデールの計略でした。

 今のイムテンダスではリムエッタの動きについてゆけず、ろくに攻撃することができないのはたしかです。

 リムエッタはそれをわかっていて、つかず離れずで動き回り、ちょっかいをかけてはイムテンダスの後ろまたは下方の位置を取ろうとしたのでした。

 ボニデールはリムエッタをおとしいれるわなをしかけていました。

「今だ。後ろを取ったと思っているね、リムエッタ! ……だっけ?」

 エトバリルが呼んだ名前に記憶の自信がなかったボニデールでした。

 ささいなことにかまけず、もっともいいタイミングで技の名を声も大きくさけびました。

「マグネティック・フォース、インジェクション!」

 続いて、彼女は魔力をイムテンダスにぶら下げているくさりに伝えました。ボニデールの魔力は鎖から、その先にある十二体の動かないリュストゴーレムに連絡していきます。

「マグネティック・フォース、ノース!」

 この叫びとともに、左手の先から六体に力を伝え、

「マグネティック・フォース、サウス!」

 右手の先からのこりの六体に魔法の力を与えます。

 エトバリルの相手をしていた以外の残ったリュストゴーレム十二体を、操縦するのではなくて、振り回すように動かします。十二体の金属の人形は、まるで釣り竿につながる釣り糸にぶらさがったようにしなやかに空中を動きました。

 彼女は、ちょうどリムエッタが牽引けんいんされていたリュストゴーレムの間にやってくるタイミングを見計らっていたのです。

「マグネティック・フォース、パーミュテーション!」

 リュストゴーレムが急激に引きつけ合いました。ガガンゴゴンと金属のかたまりがぶつかりあう音がとどろき、ぶつかったあとも、あまりの力でゴーレムの腕や脚がぎちぎちと鳴り、外装がいそう板がバツンと弾けます。

 リムエッタはそのあいだにはさまれてしまいました。

 ボニデールの言葉は、魔法により磁力を発生させるじゅつだったのです。人型ロボットを操作せずにただの物体として使ったのでした。

「エメオト、協力ありがと」

 魔力はゆるめないまま、ボニデールは操縦席にいる小さな生き物・ピッチュにお礼の言葉をかけました。ピッチュは心を伝達する能力が高いので操縦をおぎなってくれているのです。

 ピッチュは、さまざまな生物や無生物の姿をしている精霊で、たいていヒトの赤ん坊くらいのサイズで、愛らしい姿をしています。

 エメオトは、毛糸で編んだつつのような物体の中にエビにた二体のピッチュが入っているという、かなり特殊とくしゅなピッチュです。

 ボニデールはこのピッチュがお気に入りで、訓練くんれん時代からよくいっしょにメルヴァトールに乗りこんできていました。

 ボニデールが、外部への音声の回路かいろを開き、エトバリルに向けて言い放ちます。

接触せっしょく状態じょうたいの魔法はルヴ金属の装甲そうこうにも有効、と言ったよね。そのとおりだね、エトバリル」

 彼女の言葉は皮肉がこめられていました。

 リムエッタは左右から強い力を受けてつぶされかかっており、さらにリュストゴーレムがエトバリルから受けたと同様の魔法攻撃を受けています。その結果、関節に大きな負荷ふかがかかり、リムエッタは腕や脚をあらぬ方向にへし折られてしまいました。

 リムエッタから、エトバリルに思念が伝わってきました。

 ――くやしい。『変態へんたい』できればあいつに勝てる。勝ちたい。

 エトバリルは壊れたおもちゃのようにされてしまったリムエッタに答えます。

 ――リムエッタ、こらえよ。『変態』での攻撃ならばたしかに勝てるだろう。しかしダメージを受けてしまった今、敵の三機とも逃さず倒すことはできない。

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