第24話 シュガー対マシラツラ

 エトバリルはリムエッタを後退こうたいさせることを選びました。

「私のかわいいリムエッタ……!」

 エトバリルの声には悲痛の色が強くにじんでいました。彼は飛行魔法を使ってリムエッタに接近します。

いましめなど、無効化むこうかしてくれる。キャンセラー」

 エトバリルはリュストゴーレムをつなぐくさりから流れこむ魔法をうち消してゆきます。

 ボニデールの魔力はたれました。

 イムテンダスでエトバリルを捕らえようとしますが、今度はリュストゴーレムが邪魔になり、つかまえることはできません。

 そして、エトバルはふたたびリムエッタの操縦席そうじゅうせきに乗りこみました。エトバリルは折れたリムエッタのうであしを魔法で固定しました。

 復活したリムエッタがリュストゴーレムを両腕でなぐりつけ、イムテンダスのほうに向かってりつけます。そしてリュストゴーレムのかげに入るようにして、傷ついた体で脱出します。

 エトバリルとリムエッタはかりそめのひとつの体にもどり、地上に向けて落下していくのでした。

 上空へ高速でもどってくるテュオンテューロとリムエッタはすれ違います。

 テュオンテューロはリムエッタに手を出さず、リムエッタも、活動停止した甲冑ゴーレムを抱えて飛ぶテュオンテューロに一瞥いちべつもくれず、それぞれの道を進みました。二機体は、おたがいの場所にもどったのでした。

 アカマカドレ・ムベ隊長が手に入れたのは赤い甲冑かっちゅうゴーレムでした。

 テュオンテューロがドミュッカ城に降りたとき、ベルサームは量産型では手に負えないと見て、昼間に子どもたちが作ったオリジナル機体を出したのです。ムベ隊長の操縦するテュオンテューロは、四機のオリジナル甲冑ゴーレムを難なく退治してしまいました。

「デンテファーグ王子のスパイからの報告では、赤いのがいちばん働きのいい機体だったはずだな」

 そうしてムベ隊長はパイロットが脱出したあとの赤い甲冑ゴーレム、つまりトキトが完成させた機体をり下げました。ラダパスホルン国へ帰るため、空の道をめざして上へ上へと空をけていったのです。


 ほんの短いあいだの戦い、どちらが勝利したと言えるのでしょうか?

 ベルサーム国は地球人の子どもたちの命をおどしてまで急ぎ進めた甲冑ゴーレムの完成に成功しました。また、これを阻止そししようと侵攻しんこうしてきたラダパスホルン国を撃退することができました。

 ラダパスホルン国は甲冑ゴーレム開発を阻止することはできませんでした。しかし、それは地球から来た子どもたちが協力させられた結果であり、まったく予期できない不可抗力ふかこうりょくとでも言うべきものでした。みずからは新兵器を失うことなく、敵ベルサームの甲冑ゴーレムを持ち帰ることができたことは上々の戦果せんかと言えるでしょう。

 おそらく双方そうほうが「自分たちはよくやった」と思える結果になり、戦いとしては引き分け。そんなところが客観的な評価ということになりそうです。

 逆の見方をすることもできます。

 ベルサーム国は甲冑ゴーレムを一機奪われて技術を知られました。またリムエッタという極秘ごくひの超兵器があることを知られてしまいました。

 ラダパスホルン国は甲冑ゴーレムの開発を止めることはできませんでした。ラダパスホルンが量産しているリュストゴーレムは、この世界では無敵の兵器であるはずでした。しかし今や、ほぼ同性能の甲冑ゴーレムがベルサームに作られてしまいました。

 二国の努力はともに痛みのある結果となった。そう見ることもできるのでした。

 ベルサームもラダパスホルンも、自分と同じ程度の新兵器を相手も持つようになったことを知りました。二国の対立と争いは、ますます激しくなってゆくことでしょう。

 地球ではないもうひとつの世界が、大きな争いの時代に移り変わるのです。

 五人の地球の子どもたちがやってきたこの日は、世界にとって歴史的な節目の日となったのでした。

 ベルサームの上空にある空の道を、西に向かって三機のメルヴァトールが飛行しています。

 ピッチュ・コクビクによるトロンファの回復も終わっています。

 敵地に長居ながいは無用。

 自国ラダパスホルンに帰るのです。

 ボニデールは、不満そうにつぶやます。

「十八体のリュストゴーレムのすべてが動かせれば、きれいに勝ったのに」

 と。

 ムベ隊長がボニデールのぼやきに答えます。

「敵のメルヴァトール級兵器の破壊は命じられておらん」

「それは……そうですけど」

 ボニデールもそのことは承知しょうちしていて、それでも言わずにはいられなかったということのようでした。

「メルヴァトールの初任務はつにんむで無理をしてどうする。それに、俺はお前たちのような若いパイロットと違ってメルヴァトールの操縦は下手だからな。ウマの早駆はやがけのように動かすくらいしか能がない。もし戦いに参加してれば、敵のメルヴァトール級の兵器には遅れを取っただろう」

「ムベ隊長はウマだったら早駆け以外も超一流じゃないですか。メルヴァトールでの戦いだって、今そこに敵の一機を持ち帰ってきてるし――」

 とまだ不完全燃焼の気持ちが解消されないボニデールのようでした。

 トロンファがそこに言葉をわりこませます。

「いいの、ボニデール。ムベ隊長、今日の戦闘はこのトロンファ・ガンモモアチュリがいたらなかった、それだけです」

 と意気消沈いきしょうちんして言いました。

 ムベ隊長は「お前は反省を生かせる兵士だ。そうだな?」と言い、トロンファは「はい」と答えました。そこにボニデールが声をかけます。

「ロニー、あなたも初陣ういじんでよくやったと思うよ」

「ボニデールも初陣じゃん。なんであっても、負けたら、意味ないよ」

 トロンファの声にはまるで元気がありません。

「……じゃあ、晩ごはんはこのボニデールがおごるから」

「……ないから」

 ぼそぼそとしゃべるトロンファに、ボニデールが聞き返します。

「なに? ロニー、はっきり言って」

「晩飯たった一回じゃ足りないから。明日もおごって、ボニデール・ミュー」

 声は怒ったような色をおびていますが、照れ隠しでしょう。

「あー……はいはい、今日と明日と、二回おごってあげる」

 ここでやっとトロンファは大きく息を吐いて、気を取り直したようでした。

「うう、ありがとう……」

「すなおになるとかわいいな、ロニーは」

 ボニデールにからかわれると、むすっとするトロンファ。

「年上だからってお姉さんぶるな」

「これからおごってもらうくせに、生意気ねえー」

「うぐぐ……」

 ムベ隊長はなにも言いません。

 彼ら三人の任務は、終わったのです。


 城内では混乱がおさまりつつありました。

 スパイはあらかたマシラツラが排除はいじょしてしまいました。そのマシラツラは、メイドに化けて潜入していた最後のスパイ、シュガーと城壁の上で抜いたやいばの上を歩くような緊迫きんぱくした状況にいました。

 マシラツラが問います。

間者かんじゃの女。お前はほかの者と違っているな。何者だ」

「シュガーは偽名ぎめい。やとわれ冒険者で、ベルサームの敵というわけじゃない」

 とシュガーは答えます。マシラツラが鼻先でふん、と笑うような音を立て、言います、

「お前もわかっておろうが、私とて、ベルサームに命をささげているわけではない。ベルサーム王に約定やくじょうをもって協力しているのみ。だが、お前を排除はいじょする任務は果たす」

 短いやりとりが終わり、音もなく動きもない時間が流れます。

 二人はにらみ合い、お互いのすきを探しているようでした。

「ケロム密林の部族のおさ、マシラツラ。お前は部族にただ一人の魔法使い。魔法で攻撃してこないのか?」

 シュガーは今はもうマシラツラを呼び捨てにしています。

「エトバリルのようには魔法を自在に使えるわけではないがな……試してみるか」

 とマシラツラ。

 言い終えた瞬間に、魔法が発動します。

 シュガーの足元の石がざらりとくずれました。マシラツラの足から伸びる木の根のような魔力が、石を砂に分解したのです。エトバリルが灰色ロボットたちに使った魔法に似ていました。

 シュガーの足のすぐ下だけではなく、離れた位置まで含めた面積が砂となって崩れ落ち、シュガーは体重を足で支えることも、素早くんで崩れていない城壁に移動することもできなくなりました。

「もう仕掛けてきていたか……」

 ずるり、と腰から下方にすべり落ちていくシュガーの体。

「わが一族ならば壁蹴り、鉤爪かぎづめ、吸着術と、対処法たいしょほうがあるが……お前はどうだ、間者」

 マシラツラは姿勢を低くして警戒をゆるめません。

「エトバリルなら飛行魔法を使うだろう。その手もあるけど、シュガーは違う」

「ほう。見せろ。大地まで滑落かつらくして死ぬ前にな」

「滑落は、しない」

 シュガーの足からも魔力の光が放たれていました。崩れていく砂の動きをその光がつかまえて停止させています。

「シュガーは砂の上を歩いて、お前を倒す」

 砂の落下が止まっていました。砂は色のにごった雲のようになり空中で固定されています。シュガーはその上に乗っています。もはや不安定な姿勢ではなく大地にしっかりと両足をつけた体勢です。さらにその場で、高く脚をり上げました。メイド服のすそが高くひるがえり、つま先が砂をまきあげます。

 まるで遠くにむけて水まきをしたようです。砂が、液体のように空中を流れ、ゆるやかな放物線ほうぶつせんをえがいてマシラツラのほうまでのびてゆきました。

 即席そくせきの橋が作られました。

 シュガーが砂の橋を走ります。マシラツラに劣らないほどの速さでした。

 マシラツラはとどまってむかえ撃ったりはしませんでした。自分の目の前に伸びた砂の橋を利用します。自分の魔力を使ってそばに落ちてきた砂をシュガーと同じように魔法で補強ほきょうし固定しながら、自分もその上を走りはじめます。

 二人の体が、中庭の上空、なにもない空間で激突げきとつしました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る