第25話 一つの死を子どもたちは知らない

 シュガーは自分の手を魔力で武器にしました。金属をもへし折る手刀しゅとうをマシラツラの頭の上からあびせます。さらに足のつま先にも魔法をかけてやりのような武器にして横からぐ動きでおそいます。

「上から攻めるほうが有利」

 そう言うシュガーにマシラツラの仮面の奥の表情はうかがえませんが、彼が不利を感じているようにも見えません。 

 シュガーの手刀をマシラツラが手の平でらしました。さらに、ひじで斜め上にはじきます。ほぼ同時に水平方向にマシラツラの胴を狙うシュガーの長い脚に対処します。体をひねってマシラツラがあしやりの突きを避けました。

 シュガーは変幻自在へんげんじざいの攻撃をおこないます。突いた脚でぐるりと輪をかいて膝を曲げ、その直後にびいんと伸ばしました。ほこの穂先より鋭いつま先が突き出されます。

 マシラツラは空中で回転してメイド服のシュガーの脚の槍をさらに避けました。二人の体にまとわりつく布地が激しくひるがえり、風に逆らってボボボボと音を立てます。マシラツラがシュガーの伸び切った脚に自分のりを叩きこもうとします。

 シュガーはかわすタイミングが失われたことをさとりました。脚が伸び切っています。敵の蹴りを受けるほかありません。

「硬化。重ねがけ」

 と脚を魔法でさらに強化して防御しようとするシュガー。

「させぬ。キャンセラー」

 無効化の魔法を使うマシラツラ。シュガーの脚に重いブーツの蹴りを叩き込みます。膝の関節を正確にねらっての一撃です。当たれば確実に脚を折る威力いりょくでした。

 シュガーは硬化で受けることはできません。かわりにべつの魔法を唱えました。

「固定魔法解除」

 攻撃がヒットする瞬間、シュガーは砂粒の固定を解除しました。砂がつくりだした橋はもとの小さな粒子になって空気の中に飛び散ります。

 シュガーの体の動きがわずかにずれました。正確に膝関節に吸い込まれていくマシラツラの蹴りをシュガーは関節をはずして受けます。金属で補強したブーツの蹴りの破壊力を受けて、シュガーの骨がいやな音を立てました。

 シュガーの体を支える橋はすでになく、蹴ったマシラツラの力にぐりんと押し出されてシュガーは吹っ飛びます。交差しながらの蹴りで飛ばされる先は、マシラツラがもといた方角です。

 蹴ったマシラツラは逆に、シュガーがもといた場所にはね返っていきました。

 砂粒の橋は固定解除されています。そこには足場がありません。

 マシラツラは自分の魔力で砂粒を固定して、両手をついて後ろに回転飛びし、城壁の上に戻ります。自分が分解したところを避けて、石がしっかりと残った場所に身を置きました。

 一方のシュガーは、マシラツラのいた城壁の上に飛んでいったはずですが、マシラツラが目をやったときには姿が見えなくなっていました。脚の骨に大きなダメージ、おそらく骨折したと思われます。

「むう。のがしたか」

 シュガーほどの使い手なら魔法の力で折れた骨を固定し、移動することくらいはやってのけることでしょう。

 追っても、もう遅すぎるとわかっていました。

 深刻なダメージを与えましたが、マシラツラは勝利を手かららしました。

「足元を崩されてからの攻勢が、あやつ自身を救ったな。シュガーめ、魔法の腕前といい……もしや、あやつは……」

 このとき、シュガーとの戦いが終わった一瞬のすきを見逃さず、マシラツラに襲いかかる者がありました。

 シュガーとの戦いが始まった時点から、城の崩壊が始まっていました。甲冑ゴーレムとラダパスホルンのリュストゴーレムとの激突により、城壁があちこち根本をえぐられ、城壁自身の重みを支えられずにつぎつぎに崩れているのです。

 この崩壊する城壁の上に現れた男がマシラツラに手にした刃物で襲いかかったのです。男はベルサームの服を着ていました。ここまで見つからずに身を潜め、至近から死の一撃を打ち込もうとしているのです。

 マシラツラの対応が一呼吸、遅れました。

 無言で男が姿勢を低くして刀剣を振るいます。

 マシラツラが男のほうに視線を向けたと思うやいなや、男の足下で城壁の石が砂となって崩れ始めました。マシラツラの魔法の発動です。今度は防御のために使いました。

 体が滑り落ちるかと思うその直前、男が短く魔法を発しました。飛行魔法です。

 体は宙に浮きつつも、勢いは削がれずマシラツラに直線で近づき腕を伸ばします。

 マシラツラも同種の短い刀剣で受けました。

「雷撃伝導」

「雷撃伝導」

 使用した魔法攻撃も同じものでした。魔法には呪文が欠かせないわけではないのですが、言葉を発したほうが強く魔法の力が伝わると言われています。

 ここでは、刃に電撃を流す魔法でお互いを攻撃をしたのです。

 刀剣と刀剣の間に強烈な稲妻がひらめきました。両者は自分の魔法を維持しつつ、敵の魔法をキャンセラーで無効化しています。

 しかし決着は魔法の力でついたのではありません。

 つぎの瞬間、下からそこに撃ち込まれた物体によって片方が死に至ります。刺客の男の体を貫いて、巨大な槍のようなものが出現しました。それに射抜かれて襲いかかった男の体は折れ曲がり、上空にふき飛びます。

 地上からのバリスタの射撃でした。矢避けの魔法があっても貫通する大威力の攻撃です。マシラツラが指をふると、ふき飛ぶ男の顔を覆う布が大きく破れました。死んだ男の顔はベルサーム人でした。

「今の男もふくめ、刺客どもの大半は襲撃に乗じたベルサームの反王党派か……」

 マシラツラは中庭に降りました。


 少し前、まだメルヴァトールが戦いをつづけているころ。

「ゴグ、まだ死なないで。死んでも、おじいさまなら心臓を動かすことがきっとできる。ゴグ、今すぐ生き返らせるから」

 リッソツラの仮面をつけたタバナハが、中庭でゴグの息絶えた体に呼びかけています。

 そこに一人の兵士が頭を振りながら近づいてきました。

「おい、仮面の女……」

 見れば、先ほどタバナハが気絶させた、あの無礼な兵士でした。まだ意識がはっきりと回復しきっていないようです。頭を振りながら近づいてきます。

 タバナハが身構えます。兵士はさらに話しかけ、

「お互い、まだ生き残っているな。俺たちは運がよかったかもしれねえ。こんなところにいたら拾った命がどうなるかわからんぞ。地下に逃げろ。ほかの兵もみんな退避した」

 腕をつかんでタバナハを立たせようとしてきました。

「あの、うえ、なんで? 私さっきあなたにあんなことしたのに」

「ああ、あれは俺も悪かったよ! じっさいあのへんちくりんな子どもたちのおかげで甲冑ゴーレムが動いて、ラダパスホルンの連中を撃退できたんだろ? 邪魔した悪かったと思ってる」

「あ、あなたもしかしていい人なんですか?」

「いい人なもんかよ。ただのケチな人間だよ」

 タバナハは立ち上がり、兵士にわびました。

「ごめんなさい。さっき攻撃して。そして、あなたを誤解してました。それも」

「いんだよ、そんなこたあ。早く逃げるんだって言ってるんだぜ」

 ぐいぐいと兵士がタバナハを引っ張ります。けれど、体格がずっと大きな兵士が引いてもタバナハは根が生えたように動きません。

「う、動かねえ」

「ムダです。タバナハは動きません」

「お前、すごいデブなの?」

「違います。体術です」

 じっさいにタバナハはとてもスリムな体型でよぶんな肉や脂肪とは無縁に見えます。

「うわ、そうか、その仮面、マシラツラ様と同じ一族かよ」

「ゴグを生き返らせるまで、私はこここを動きません」

「あとにしろ! まだ空の上であの恐ろしい巨大な機械たちがガンガンやりあってるんだぜ? 城壁の奥に早く……」

 言うやいなや兵士の顔がひきつります。

 彼らの頭上の城壁が崩れて倒れかかってきたのです。壁の一部が、まるで生木をくように縦に割れました。彼らの上にのしかかるように無数の巨大な石がせまっています。

「デブじゃねえなら、俊敏しゅんびんに動けよ、うわ、間に合わねええ!」

 兵士が悲鳴を上げました。

「あなたまで死ぬこと、ない」

 タバナハは体を腰から横方向に深く折り曲げ、ゴグの動かない毛皮の上にそっと両手をのせました。右脚一本で自分の体を支えています。

 左脚は、兵士の革鎧の胸へ。ぴたりと足の裏を合わせています。

 ずん、とタバナハ渾身こんしんの蹴りが兵士の胸に衝撃を与えます。

「ふぐぅっ」

 声を出すことも、呼吸もできない強い圧迫を受けて、兵士は中庭の中央へと体を蹴り出されました。

 とどろく崩壊ほうかいの音と、大地を打つ無数の石の落下の衝撃しょうげきがあたりをつつみます。

 兵士はほとんど立っていることもできないほどでした。

 衝撃がおさまります。夕闇ゆうやみの中庭に静寂せいじゃくがもどるころ、兵士もやっと呼吸ができるようになりました。

「おい、お前、女!」

 呼びかけます。

 うずたかい石の山が、男の背丈よりも高く目の前にそびえています。そして、もうなんの音も聞こえてこないのでした。

「おいったら、女、おい、デブ女!」

 兵士は城壁を形作っていた巨大な石を、抱えるように両腕でつかみます。が、動かすことはできません。

「なんだよ、お前、俺を助けて……お前、逃げられたじゃねえかよ……くそ、くそ、お前が助かれよ、デブ女……」

 残った城壁が、嫌な音を立ててふたたび揺れはじめています。甲冑かっちゅうゴーレムたちも、作業用ゴーレム、ゴダッチも、つぎつぎに城内の、おそらく地下まで引っ込んでいきます。

 兵士は顔をくしゃくしゃにゆがめ、自分も地下へと避難していきました。

 ここで不思議なことが起こります。誰も見ていない中庭で起こったことは、こうです。

 レサ・ケロムのゴグと、タバナハの頭上に城壁が崩れて来たとき、タバナハはゴグの体におおいかぶさっていました。

 無数の石に押しつぶされて命が果てるとき、タバナハは不思議な感覚に包まれます。

 自分の体が、たしかに命を失ったと感じた瞬間、小さな粒子に分解され、また別の存在へと生まれ変わるのを感じています。

 思念も、記憶もばらばらになって、自分の外側に流れ出してしまいました。

 タバナハであった命の糸はほぐされ、ふたたび別の存在にと編まれて、ピッチュの姿に変わります。

 彼女の親友だったゴグの命も同じようにほどけて、また集まります。

 二つの命から、一つのピッチュの命が生まれました。

 ピッチュは小型のサルの姿をしていました。ヒトとも、ゴグの種であるレサ・ケロムとも違う、オランウータンに似た生き物の形になりました。かんたんに抱きかかえることができるくらいの小さな、あわい光に包まれた精霊になったのです。

 誰にも知られないまま、ピッチュは石のがれきのすき間から上に出て、空中に浮かび上がります。

 ホタルがただようように、ふわふわと浮いて飛び、城門から出てどこかへと飛び去ってゆきました。

 もはや前の生き物だったときの記憶はなくなったピッチュとなったタバナハとゴグでしたが、少しだけ以前の名残を残しています。

 そのピッチュの長い体毛はやわらかく、橙色だいだいいろでふわふわで、タバナハの髪とゴグの体毛と、両方によく似ていました。


「あの五人の子どもたち、もし城門から脱出していれば、ラダパスホルンまで案内できただろうけど……ゲートの先までは、私でも追えない」

 城から走って離れていくのはシュガーでした。魔法で視線よけをしている彼女を見つける者はいないでしょう。

「マシラツラに折られた脚……すぐに治せるが、いい教訓になった」

 そう言いつつも、悔しがるでも、苦々しげなようすもありません。

 彼女の視界に、上空をふわふわと移動していくオレンジ色の光の点が見えました。

「ほう、ピッチュか。人里にあらわれるのは珍しい。どこかで見覚えのあるような色……」

 シュガーがなにかを思い出す前に、ピッチュの光は遠く離れていき見えなくなりました。

「さて、もどってルフォール・マーケンアークに報告だ。せめてデンテファーグの依頼を最後までやりとげよう……」

 友人の名前を口にし、シュガーは何度もまばたきを繰り返しました。

「だがお前が死んだと信じたわけではない。デンテファーグ、親友に黙っていなくなるなんて、許さないんだからな」

 心の奥底からわきあがる気持ちを覆って隠しました。


 敵国ラダパスホルンの襲撃が終わり、エトバリルは勝利を宣言せんげんします。甲冑かっちゅうゴーレムを四体動かすことに成功しました。そして、コピーした甲冑ゴーレムがラダパスホルンのほぼ同種類のゴーレムとわたりあって戦いました。もはや不可欠な軍備といえるでしょう。

「甲冑ゴーレムおよびその部隊を、これよりアシュバマと命名する。パダチフとならび、これより正式な軍の部隊とする。新部隊アシュバマとパダチフは、敵国ラダパスホルンを打ち負かす力となるだろう」

 マシラツラは中庭のがれきのまわりにいます。タバナハの姿を探し、目視で見つることはできませんでした。

 エトバリルのアシュバマとパダチフの発足を宣言する声を聞きながら、くずれた石の山のうちのひとつ、その前で足を止めました。

 彼はタバナハが言いつけどおりに逃げたかと考えながらも、いやな予感をおぼえています。積もったがれき全体にむけて魔法探知をかけます。

 そして、タバナハの体が冷たい石の下にあることを知ります。城壁の崩壊で孫娘が死んだことをさとるのでした。

 マシラツラの後ろ姿を見るものがもしあれば、彼の背中はずいぶん小さくになったように見えたにちがいありません。

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