第26話 最終話・ゲートのむこうに地球が
ウインたち五人は、ゲートと呼ばれる空間の
ベルサームの城にもどることはもうないのです。
「地球へ」
だれかがつぶやくのをウインは聞きました。その声が自分の口から出ているとわかっておどろきます。けれど、いつわりない心の声なのでした。
思いをこめて、今度は、
「地球へ!」
まわりの仲間たちが、ウインの
「地球へ!!」
「帰りたいよ、地球へ!」
「パパとママのいる地球へ!」
「妹とお母さん、お父さんがいる緑の地球へ!」
「俺たちの地球へ!」
ゲートの中は明かりのない、夜のように暗い世界でした。けれど、移動しているのはわかります。五人はベルサーム国の
――せまいっ! でも地球へ帰れるなら、こんなの遠足のバスみたいなもんだよ。
ウインは思います。
アスミチが、疑問を口にしました。
「ゲートの中に入ってから行き先を選ぶことってできるのかな……? 最初から決まったところに行くだけだったら、願っても意味がないかも……」
「そうと決まったわけじゃないぜ、アスミチ。お前の作ったこの甲冑ゴーレムさ、音声入力で歩く方向を変えられただろ?」
カヒがトキトをあと押しします。
「そうだよ、アスミチ。ゲートの行き先は、言われなかったんだもん。まだ、なんとかなるのかもしれないよ、ね?」
パルミがカヒの手をぎゅっとにぎって、
「そだそだ、カヒっちの言う通り。言ってだめなら聞いてみろ。おーい甲冑ゴーレムちゃんや、どこへゆくんだい、え、もしかして地球へむかってるの?」
と
甲冑ゴーレムは答えを返しませんでした。勢いよくゲートに飛び込んだときのまま、おそらくかなりの勢いでふき飛んでいます。
けれどもウインは、パルミの冗談に乗ってみたくなりました。
「ゲートをくぐるときに、体がだいぶ
ウインは、物語が好きな子でした。読書がいちばんの趣味で、習慣です。読んできた物語の中には、動物にも話しかけて会話ができるものも多かったのです。それどころか、心の物語の中では、植物とだって。ロボットとだって。ウインは話すことができるのです。だから甲冑ゴーレムにだって、友だちのように話しかけられます。
「聞こえていたら、地球へ。お願い」
そのとき、ブゥーンブゥーンと、ここまでに聞いたおぼえのない音が響きわたりました。スマートフォンの着信の振動(バイブレーション)を、もっと低い音にして、大きく響かせた感じです。音と同時に、あたりの機械がぼうっと光を放ちはじめました。
「わわ、ウインちゃんに返事した。甲冑ゴーレムに
返事をしたときまったわけではありませんが、パルミはそう思いたかったのです。 トキトが光る機械を見て、
「ホタルの光みたいに、あわい、あったかい緑色だな……」
と言いました。カヒが、トキトにこんなふうに返事をします。
「たしかにホタルみたいだね。トキト、きゅうに詩人になったね」
「そんなこと、ねえけど、ホタルを見たことならあるからさ」
「
アスミチはうんちくをのべるのを
光が、消えました。甲冑ゴーレムの立てていた音も、ふつっと鳴りやみました。
とても不思議な時間がはじまりました。
ウインは、自分がさっきまで
――いやいやいや、おかしいよ。まっくらの中、足もとに
ウインはそっと手を前にのばしてみました。たしかトキトがそっちにいたはずです。けれど、指先までいっぱいにのばしても、トキトに触れることができません。
――
そう考えると、とたんにお
――もし、甲冑ゴーレムの操縦席がなくなっちゃったら……今度こそ、私たちは、ベルサームの城の中庭にあったベンチや、自動車みたいにぐちゃぐちゃになってしまうかもしれない。
声を出そうとは思いませんでした。なぜかはわからないのですが、声は出せないとわかっていました。
必死で、甲冑ゴーレムの座席の一部でも、いや、部品や金属のかけら一つでも、さわれないかと手であたりの空間をさぐります。まっくらの空間で目をこらします。
手はなにも触れることができませんでした。しかし目は希望を見つけます。
「あっ、光だ」
前方に、小さな光の点がありました。そして声が出せました。
光はどんどん近づいてきます。近づくと、長方形の、
「まぼろしの炎?
ウインは手をそちらにのばしました。このまま近づけば、扉のむこうに行けるような気がしたのです。
「近づいている……と思う。でも、あそこに手がとどかない。そばを、通り過ぎちゃう」
まるで電車の窓から見える
「たぶん、あれがゲートの出口だ。出口の、ひとつなんだ」
前にゲートに
「近い。あのゲートの向こうの景色が、見える……」
そこでウインは、大きく悲鳴をあげました。
「やだよ! 通り過ぎないで!」
――思ったとたん。
ウインの両足は春の
ざりっと小さな石が靴の裏で音を立てます。
「あれ? 私……地球にいる……?」
思わず両手を見つめました。手のひらは異世界のほこりっぽい空気をつかんでいたはずですが、握って、開いてしても、四月の終わりの故郷のおだやかな空気にしか触れません。
「なあ、ウイン。連休になったらサバイバル講習だよな」
となりから男子の声がします。
「トキトだ……」
まぶたを大きく開いて顔の真ん中を見つめてしまいました。トキトはとまどい、いぶかしんだ顔で、
「俺、なにか、顔が変だった? 毛虫が鼻の頭をモジョモジョしてたりする?」
と冗談めかして答えてきます。
「あはは、なにそれ。毛虫が鼻についてたら君がまっさきに見つけるでしょ」
「それもそうだ。当然、完全、ゲート抜けたら大自然!」
いつもの下校の道をトキトは大きく手を振りながら歩いていきます。うしろでパルミ、カヒ、アスミチの話し声がします。明日からの春の連休でワクワクしているようです。
ウインはトキトの言葉にどこか引っかかりを感じます。
「え、今トキト、なにか変なこと言わなかった? ゲートとか……それ、どういう意味?」
――ゲートを抜けたら……? なんだろう、その言葉、すごく引っかかるよ。
ウインの胸の奥が、とてもざわざわしていました。
「いつものじーちゃんの真似をしただけだって。何も言ってねーよ」
と、トキトはまるで気にならないようです。
「そうだよね、地球にいたらなにも心配ないんだしね」
ウインがそんなことを言うと、今度はトキトが眉をぐにゃぐにゃ動かして聞いてきます。
「ウイン、変なことを言うのはウインのほうだぜ。地球にいるのなんて当たり前だろ」
うしろからパタパタと足音がして、パルミが近寄ってきました。
「なになに、ウインちゃん。ここにいたら安心みたいなこと言った?」
カヒとアスミチもやってきます。
「パルミみたいに、ウインも外国旅行に行くの?」
「連休は長いからね、旅行にも適している。ぼくは、ビデオをいっぱい見るけど」
「アスっちー、鬼のように特撮番組リピートするつもりっしょ? もちょっと、アウトドアな趣味を始めないのん?」
そこでトキトも話に加わります。
「アウトドア、いいぜ。俺とウインは連休中にサバイバル講習っていうの申しこんだからさ、泊まりで大自然の中に飛びこんでくる予定」
カヒがにっこりと笑顔を作ります。
「いいね、それ。野外料理も、するんでしょ?」
「おう。すると思うぜ。俺まだ予定表も見てないからわかんねーけど」
アスミチが声を立てて笑います。
「あはは、トキトらしい。けどトキトなら大自然の中でも平気で何日も過ごしそう」
ウインも、心のどこかにまだほんの少し残る引っ掛かりを、とりあえずそこに置いておくことにします。友人たちの会話に混じることにしました。
「カヒ、アスミチ、私はちゃんとサバイバル講習のガイドブックを読んだからね。準備もばっちり」
パルミが小さく手を叩きます。
「おおー。さっすがウインちゃん。どんな準備したのん?」
「でへへー。火を起こす道具、ファイアースターターを、買っちゃいました。今も、カバンに入ってます!」
トキトが急に顔を近づけてきて、キラキラした顔でこんなふうに言います。
「おおっ、俺もキャンプ道具のページだけ見て、ほしくなってたんだ。ファイアースターター。見せてくれ、ウイン」
「じゃあ、私の家までついてくれば? こんなところでは使えないし」
カヒが「火を起こして野外料理する練習、わたしも見たい」と言い、アスミチも「その道具、すごく興味がある。ライターと違うんだよね?」と好奇心をむき出しにしています。
「複雑な機械もガスもいっさい、使いません。金属の棒を削って火をつけるだけでーす。まあ、みんなまとめて私の家にくれば?」
というウインに、パルミも
「やったあ、お邪魔しちゃう。あたし、巾着にお菓子いっぱい持ってるから、それみんなで食べよ?」
と、ウインの家までついてくる気まんまんのようです。
――あれ? なにか大事なことがあったような。
ウインの脳裏をかすかな記憶が通り過ぎました。
手を伸ばしてつかまなければいけないなにかが、今、遠ざかってしまっていくような感じがしたのです。
――サバイバル? 大自然? なんだろう、この言葉がちょっと重い。
何度思い出そうとしても、その原因は記憶から見つかりませんでした。
ただ、自分たちは今、安心できる故郷にいて、学校から家族のいる場所に帰るところで、しかも大好きな友人といっしょにいることが、とても貴重でうれしいことのように感じられています。
――いいの、かな? このままで。
よくわからない不安を自分の心に問いかけても、なにも返ってきません。
以前なら、自分の中にいるなにかが答えてくれたような気がします。心の中に空想の友だちを持っていたような気がしているウインですが、気のせいだったかもしれません。
――もしかしたら、空想、かな? 私って物語のことを考えると空想しちゃってることも多いから。べつの私が、異世界とかに行っちゃって、大冒険して、命がけでがんばって、家に帰ろうとする。そんな冒険を、空想してたのかも。
――でももし、そんなもう一人の私がどこかに本当にいるとしたら。
――どうか、無事で帰ってきて。
そう祈るのです。
公園のわきの通学路。木立のすきまから青空がのぞき、クシの歯みたいな太陽の光がウインたち五人の頭や顔に差しこんでいます。
ふいに、ウインは大きな感情が胸の奥から押し寄せてくるのを感じます。
――帰って、きたんだ。
なぜそんなことを思ったのか、わかりません。けれどどこかで大切な誰かに出会い、そして別れてきたような、そんな気持ちだけが大きく、重く、体中に感じられています。
東の地平線の近く。
白い上弦の月が、昇ってきていました。
いつのまにか、ウインも、トキトも、パルミも、アスミチも、カヒも、無言になっていました。もしかしたら、五人は同じ気持ちにおそわれていたのかもしれません。
――今は、思い出せないけれど。
と、五人は心の中で言葉をつむぎます。
――自分たちは、やりとげたんだ。そして、家に帰るんだ。
さっきまでとは違う足取りで、五人は歩きます。
一歩一歩、家に近づく実感を味わいながら。
数分後には、ウインの家にみんなで立ち寄って、いつものようにたのしく騒ぎながら、「きばのこ・はのこ」をぱくぱく食べながら、過ごすのです。
いつもの帰り道。
なぜか今までとは違って見える、昼下がりの道を、五人は歩きます。
まるで遠い遠い家路の果てであるかのように。
(終わり)
回想《かいそう》・ベルサーム 巨大ロボット侵攻《しんこう》の日 紅戸ベニ @cogitatio
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