第18話 超兵器メルヴァトール登場

 おりのまわりに兵士はいません。

 タバナハはさまたげられることなく、次々に檻のかんぬきを開きます。四足獣デサメーラが解放されはじめました。

「エパ、フハト、グナ、カム、出られるよ。それから――――」

 名前を呼びかけています。ベルサームの兵士たちは誰もその名前を知ってはいません。ケロムの密林でタバナハが名付けた一頭一頭の名前を、彼女以外は知らないのです。

 友だちだった獣を、捕らえられてしまった。タバナハがこのベルサームのドミュッカ城にやってきた理由がそれでした。友だちを助けるため。

 ここで、タバナハは深くため息をつきます。

「ムルックは……あいつに殺された」

 エトバリルのほうをきつくにらむむのでした。

 模擬戦の前に、暴れた四足獣。その名前がムルックでした。ほんとうはやさしい気持ちのデサメーラだった。そのことをタバナハは記憶から思い出しています。

 タバナハに近づいてきた人影があります。ノルです。彼女のほうは作業をもう終えました。

「タバナハちゃん、ほんとうの目的は獣たちの解放だった。そうでしょう?」

 タバナハは振り返ってノルを見ました。

 ノルが続けます。

「ウインちゃんたちを、騒ぎを起こさせるために利用した。あなたはとらわれた獣たちを解き放つ機会をうかがっていたのね」

 タバナハは答えます。

「そうです。でもウインさんたちも、同じ囚われです。どっちも、助けたかった。本心です」

 ノルを真正面から見返すタバナハのひとみには、彼女の強い意志が感じられました。

「そうね、わかるわ」

 とノルはタバナハの気持ちを受け止め理解をしめします。


 灰色ロボットがエトバリルの魔法によって動きを制限されたため、意外なほど短時間でベルサームの優勢が決定的になったかに見えました。

 しかし、逃げ出した獣たちによって新たな混乱が起こりつつあります。


 同じ獣の部隊パダチフが、目に見えて動揺しはじめました。解放された獣たちがつぎつぎに城門の外へ脱走を始めたからです。マシラツラによって戦いにかり出されたパダチフが、本格的に戦いをはじめる前にコントロールを外れようとしています。

 灰色ロボットたちはようやく穴から抜けだすことができたタイミングでした。

 少しのあいだなら空中を上昇できるようで、戦いの場から遠いものから体を浮かせて穴から脱していったのでした。歩けるようになったところで、巨獣部隊パダチフの動きが乱れると見るや、巨獣たちのあいだに割りこんでいきました。

 ルヴ金属で補強された巨獣のこぶしがラダパスホルンの剣と火花を散らします。

 灰色ロボットたちは、たちまち乱戦の形を作ってしまいました。エトバリルが地面を攻撃することがむずかしくなりました。


 アスミチとカヒは、音声入力で青色ゴーレムを動かそうとしています。


 カヒのくしゃくしゃの髪が汗でひたいにはりついています。

「青の甲冑ゴーレムさん、命令を聞いて」

 そう言ってから「そうだ」と小さくつぶやきます。あわてていて忘れていたのです。命令を聞くこと――音声入力を試す予定だったのです。

 あらためてカヒは命じます。

「命令。『歩く』」

 反応がありました。カヒは「や、やった!」と笑顔になります。

 だいぶゆっくりですが、甲冑ゴーレムはあしを動かして前進を始めたのです。細かい指示を出すのはむずかしいでしょうが、音声入力で言うことを聞かせることはできたのです。

 アスミチも「すごい、カヒ!」と言って続きます。

「城門にむかう」

 アスミチも命じました。すると、進む方向が変わりました。アスミチの声も聞いてくれるようです。

「なんとか成功したのかな、カヒ」

 とアスミチは胸をなでおろします。

 が、レバー類やボタンの操作そうさはいぜんとしてわからないままでした。テレビ番組の機械を想像したものなのです。

「フィクションの機械だから、操縦桿そうじゅうかんすらまったく意味がないものになってしまったのかも……」

「そうだとしても、アスミチ。音声入力で動かせるんだよ、ううん。音声で命令してみよう」

 カヒはそう言って同じ四年生のアスミチをはげましました。小さく言います。

「音声入力。『レバーやペダルで操作できるようになって』」

 これが効果があるのかどうかは、まだわかりません。

「うん。ありがとう、カヒ。やれることはなんでもやろう! 地球へ帰る。そのためにまずここを脱出するんだ」

 アスミチが勇敢ゆうかんな言葉を言いました。カヒもこの言葉にほっとします。

 ――たぶん、わたし一人では怖くてできなかった。でもアスミチと二人だから、できたよ。そういうことだと思う。

 命令が効いたのかどうか、レバー類も効果があることがわかってきました。

 ただし、疑問も残りました。

 同じ音声による命令をベルサームの兵士たちはしなかったのだろうか、ということでした。この答えははっきりとわかりません。

 けれど、何日かのちにアスミチは考えることになるのです。

「機械には自動翻訳のはたらきがなかった。ベルサームの言葉では音声入力が作動しなかったんじゃないかな……」

 と。アスミチやカヒの日本語は、アスミチの意識で作った操縦装置に通じた。ベルサームの言葉は、通じなかった。それならばたとえ試したとしても、動かなかったに違いないのです。

 が、今はこの疑問を口にしているときではありません。


 巨獣部隊パダチフが脱落していきます。獣につられてしまったのです。

 二人の青い甲冑ゴーレムが歩きはじめたとき、巨獣はもうその半分ほどが城門から逃げ出してしまっていました。

 ふたたび戦場は新型ゴーレム同士のぶつかりあいの場となりました。


 灰色ロボットは明らかにただのゴーレムと違い知性のある動きをしていました。 

 ラダパスホルン勢は、全機が穴から抜け出し終わっています。今度は不用意に前進しません。

 剣を突き出してうような速度でじりじりと甲冑ゴーレムに近づきます。足元の崩壊に気を配っているようです。そして敵に近づくと、剣と槍との刃先がぶつかる距離で機敏に動きます。

 また、槍の内側に入りこむことに成功すると、相撲すもうの力士のように猛烈な体当たりをぶちかましました。甲冑ゴーレムを城壁に押しつけてつぶしにかかります。

 エトバリルが魔法攻撃を中断しています。そしてこんな分析をします。

「知性ある動きだな。やはりラダパスホルンの機械どもも人間が操縦しているのに違いない」


 灰色ロボットと量産型の甲冑ゴーレムが入り乱れて格闘戦を開始し、獣たちが城門から逃げ出し続けます。

 エトバリルは切り札を出すことを決めました。


「リムエッタはどうしているか」

 人の名前か、新兵器の機械の名前か。リムエッタという固有名詞を出して、エトバリルはたずねます。

 兵士には答えます。このときいささか不用意に、こう言ってしまうのです。

、城の地下にて食事中です」

 彼に悪気はなにもなかったのです。しかし、「リムエッタは」という言い方がエトバリルの怒りを買いました。

「呼び捨ては許さぬ……!」

 低く冷たい声でエトバリルが言いました。明らかに怒気どきをはらんでいます。

 兵士は身を縮こまらせます。

「申しわけありません。リムエッタきょうは、お食事をお召し上がりでおいでです。大きな岩をいくつも取りこんでいらっしゃいます……」

 と言い直しました。リムエッタ卿という言い方は、位の高い人物に対する敬称けいしょうです。しかし最初に兵士は呼び捨てにしました。

 リムエッタは機械の巨人です。甲冑ゴーレムの二倍よりももっと背の高い、恐ろしい力を持ったメカなのです。兵士が呼び捨てたのも自然なことでしたが、エトバリルはリムエッタをけっしてモノ扱いさせないのでした。

「気が進まぬが……リムエッタを呼び寄せねばならん」

 新兵器は甲冑ゴーレム。

 しかしリムエッタはそれよりも強い人型ロボットです。新兵器ではなく、千年前のエルフが建造した戦闘マシンなのでした。今はどこにも残っていないはずの一体を、エトバリルは所持しています。


 甲冑ゴーレムと灰色ロボットの戦いは激しいものでした。灰色ロボットに押された甲冑ゴーレムがぶち当たる衝撃で、城壁は次々に崩壊ほうかいしていきます。

 灰色ロボットは、わざと城にダメージを与えているのかもしれません。

 そこへ、マシラツラが影のように現れます。

 戦況せんきょうがおもわしくないので、エトバリルに提案するために来たのです。

「甲冑ゴーレムの力は昼間よく理解した。が、相手も同じ機械式ゴーレムではらちが明かぬ。いしゆみを使ってはどうか」

 弩とは、器械式の巻き上げ装置がついた弓のこと。

 このような事態のために、ルヴ金属で補強したものをベルサームは用意してありました。魔法が通じない装甲でも、同じルヴ金属の矢でならば貫けるのです。

「弩は準備させている。ところでマシラツラ、巨獣部隊パダチフのほうは統制とうせいがまったく取れなくなったようだな」

 エトバリルはリムエッタを使うことを決めました。そのために気持ちが少し楽になったのでしょう。マシラツラのほうへ嫌味いやみを言う余裕が生まれていました。

 マシラツラは苦しい言い訳をするほかありません。

「あれだけの数の獣が散り散りに逃げ去っては、本能に従い同調してしまう。パダチフはまだ未完成の状態であった」

 エトバリルはたたみかけます。

「そうだろうな。我が甲冑ゴーレムのように完成は、していなかったな」

「……」

 答えられないマシラツラから、エトバリルは視線を外しました。目障りだが有能な同僚どうりょうへの嫌味はこれくらいまで、と切り替えたもようです。

「もはや巨獣部隊パダチフには期待できぬ。マシラツラ、お前は城内に入りこんだ敵を見つけ出して始末する任務を遂行すいこうせよ。機械の相手は私が引き続き行う」

 エトバリルとマシラツラは同格。けれども城全体の命令権はエトバリルにあります。ここではエトバリルの命令にマシラツラは従わなくてはならないのです。

 マシラツラは警告します。     

「ベルサーム兵のなかにも敵対派閥てきたいはばつ刺客しかくが入りこんでおる。アサシンにも気をつけよ、エトバリル。間者かんじゃ、裏切り者のたぐいは、このマシラツラが見つけ次第、始末する」

 と言葉を残します。サルの仮面の男は去っていきました。


 リムエッタを呼ぶことで戦闘が優勢になると思っているエトバリル。

 ラダパスホルンの戦闘用ゴーレム十八体よりもリムエッタのほうが強いのです。

 エトバリルの判断は間違っていません。


 しかし、ラダパスホルンもまた、超兵器を用意していました。

 空の上に。

 リムエッタと同サイズの二十メートル前後、能力も同格の戦闘マシンを、三機――


「こちらトロンファ。リュストゴーレム優勢です。でも……」

 ラダパスホルンの灰色ロボットは、リュストゴーレムというのです。

 話しているのは若い女性でした。バンハッタという機体に搭乗するパイロット、トロンファです。ラダパスホルンのメルヴァトールの操縦席で報告をしています。

 トロンファは続けます。

「ムベ隊長。スパイの報告では、ベルサームの甲冑ゴーレムは完成していないはずでしたよね? なにあれ、わんさか出てきてるけど!?」

 隊長への報告をしたのでした。しかし後半で口調が崩れてしまっています。

 同僚のボニデールがたしなめます。

「トロンファ・ガンモモアチュリ。隊長への報告でその口のきき方はないでしょう。きちんと言い直して」

 同じ女性パイロットですが、ボニデールのほうが年上。かつ操縦の腕も上です。

 ムベ隊長が割りこみます。

「よい、ボニデール。我々の任務は甲冑ゴーレム完成前に施設を破壊することだった。まずこれは失敗したと認めよう」

 ボニデールは答えません。トロンファが言います。

「では、撤退てったいになりますかね? ムベ隊長はどうすりゃいいって思ってます?」

 トロンファのしゃべりかたは、あまりきちんとしていないようです。ムベ隊長もいちいちとがめようとは思わないようです。

「本国にバイ通信で報告して指示をあおぐ。だが、それまで命令を継続」

「んじゃあ、つまり……今バシバシ攻撃を続けてるっていうことだから」

「攻撃だ」

 トロンファはすぐに「了解」と短く答えます。

 しかし一方のボニデールはすぐには返事をしませんでした。黙って、メルヴァトール・イムテンダスへ命令を伝えています。彼女の耳にも二人の会話は聞こえていました。

 今はボニデールは、ドミュッカ城を攻撃する灰色ロボットたち、正式名称リュストゴーレムに命令を出す作業をしています。二人はそのことがわかっているので、ボニデールを呼び止めたりしないでした。

 ややあって、ボニデールが命令を復唱します。

「了解です。攻撃」

 リュストゴーレムは命令を続行します。

 ドミュッカ城を破壊すること。

 そしてアスミチたちの乗る青い甲冑ゴーレムも、攻撃のターゲットです。


 ラダパスホルンが投入した超兵器。

 メルヴァトールと名付けられた古代のマシンを復活させた超兵器です。

 それを三機。


 格闘戦を得意とするバンハッタ。

 魔法使いが搭乗するための機体、イムテンダス。

 光と情報のあつかいに優れるテュオンテューロ。

 それがここに現れたメルヴァトールです。

 このあとの戦いで、それぞれが特徴を生かした動きを見せることになります。

 まだ、パイロットたちは自分たちのマシンと同格のリムエッタという敵の存在を知りません。


 メルヴァトールはラダパスホルンの最高機密さいこうきみつです。地下でスクラップ同然に壊れた状態で発見されたものが、修復されました。ほとんど新規開発に近い、長い作業を経たのです。

 ここまで誰にも知られず、苦労して“開発”した人型兵器。それがメルヴァトールです。そのメルヴァトール三機がこの戦場のはるか上空に待機していました。

 灰色ロボットが十や二十いてもメルヴァトールただ一機には太刀打ちできないという、とてつもない強さの兵器でした。


 三機は、「空の道」を使って飛行してきました。飛行しやすいゾーンである「空の道」を利用して、はるかな道のりを飛び、リュストゴーレムを運んできたのです。


 先ほどの襲撃の開始は、メルヴァトールから分離したリュストゴーレムが地面に降り立って行われたのでした。

 リュストゴーレムはこの作戦では人が搭乗とうじょうしていません。つまり無人機です。ここまでの長い距離を、メルヴァトールに牽引けんいんされていました。作戦開始とともに、まずイムテンダスにつながれていた六機が降下して城門を外から破壊しました。そして直後の混乱のすきに、残り十二機が中庭に直接降下、研究施設と作られつつある甲冑ゴーレムを破壊する。このような作戦でした。

 作戦そのものは順調に進みました。しかし、最大の目標である「ベルサームの甲冑ゴーレムが完成する前に破壊する」という点においては手遅れでした。

 わずか数時間の差で、ベルサームはあっというまに操縦装置を完成させ、甲冑ゴーレムの軍隊を動かすことに成功したのです。


 ラダパスホルンはあらかじめ、甲冑ゴーレムが未完成であることを知っていました。情報を伝える者がいたからです。スパイです。

 スパイがベルサーム国に潜入していました。この城が起動実験場であること、操縦装置の完成が遅れていることを、逐一ちくいちラダパスホルン側にしらせていました。


 なにを隠そう、無表情のメイドのシュガーこそがそのスパイでした。

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