回想《かいそう》・ベルサーム 巨大ロボット侵攻《しんこう》の日

紅戸ベニ

第1話 異世界でトモダチか、死か?

 ウインたち五人の子どもが、どうやって地球ではない世界で冒険をして、新型兵器をうばって逃げのびることができたのか。そのお話をしておきましょう。



地球人ちきゅうじんの子どもたちよ、トモダチになろう」

 そう言って見知らぬ男が作りわらいをしました。

 笑ったように見える顔のまま、おそろしいことを言いました。

「さもなければ、君たちには死んでもらう」


 ウインやトキトたちがわけもわからないまま別世界べつせかいにきてすぐのことでした。

 いったい何が起こっているのか。長身ちょうしんの大人の男はだれなのか。今、自分はどこでなにをしているのか。ウイン、トキト、パルミ、アスミチ、カヒの五人は混乱こんらんする記憶きおくを死にものぐるいでさぐって、今の状況じょうきょうをちょっとでも理解しようとします。

 大人の人から「死んでもらう」と言われるなんて、とてもおそろしい。こんな体験をなぜしなければならないのか。


 たしか今日は、四月、まだ春の終わり――――

 春の大型連休おおがたれんきゅうの前の日でした。

 気持ちのいい晴れた朝、学校に向かうウインたち。

 明日からのワクワクする休日を思いえがいていました。班長はんちょうの六年生トキトを先頭に、学校へと歩いていたはずでした。日本には集団登校しゅうだんとうこうがあるので、待ち合わせて登校するのです、森林公園のわきの通学路つうがくろけていくいつものコース――――

 いつのまにか空中にいたとびらのような穴にいこまれていました。

 ウインは思い出しました。空中に逆立さかだちの姿勢しせいになって吸われるとき、不思議ふしぎなことに、いつもどおりに学校に歩いていく自分やトキトたちの背中せなかが見えたことを。ウインはその風景ふうけいまぼろしだと思いました。

 ――でも、いつものように学校に行く私のほうが、本物の私だったらよかったのに!

 そう思ううちに、学校へ歩いていく幻の自分がどんどん離れていきます。声を出せば幻の自分に声が聞こえるくらいの距離きょりから、どんどん遠ざかっていって……。

 上も下もわからなくなるような感覚をあじわったかと思うと、まったく知らない場所に立っていたのです。

 西洋のしろの中庭のようでした。

「え、学校じゃないし、森林公園の中でもない。外国?」

 とウインは記憶にない景色けしきを見わたしました。

 自分たちがみこまれたはずの、空中のけ目がありません。青くて高い空が高い城壁じょうへきの上に広がっています。

 城壁は遊園地ゆうえんちにあるアトラクションのお城を思わせます。けれどあのようなニセモノではないのでした。石をたくさん組み合わせて、積み上げた城壁です。日の当たらないがわは人の頭よりも高くまで黒っぽいコケがはい上がって、かげのような三角形をあちこちに作っています。

 中庭にぽつりぽつりとわずかにある低木ていぼくの植え込みが、半分ほど紅葉こうようしています。秋なのでしょうか。

 ひと目見ただけで兵士へいしとわかる男たちがあちらにもこちらにも立っています。けんびてかわ胸当むねあてをしてます。こげ茶色ちゃいろ分厚ぶあつい布が背中とかたおおってかくし、さらにブーツと手袋てぶくろをしているので素肌すはだは顔以外は空気に触れていません。おそらく気候がきびしい、乾燥かんそうした地域の服だと思われます。

 兵士たちは、じゅうを持っていません。見わたすかぎり、銃を持った兵士は一人もいないようです。

 日本のどこかではないということはすぐさっしがつきました。

 でも、ここがどこかはわからないままです。もっとも、まだ小学生のウインたちは、違いの国のくわしいことは知らないのですが。

 五人はそれぞれが、困惑こんわく恐怖きょうふの心がむねの中で広がってゆくのを感じていました。


 その緊張きんちょうの糸をち切るように、「トモダチになろう」と声がかかったのでした。

 男はきわだった特徴とくちょうのある見た目をしていました。

 白と黒。モノトーンの男でした。背中まで伸びた長く白いかみ。ヒトのものというよりは脱皮だっぴしたヘビの皮の色に近い、白いはだ。だのに目の中のひとみだけが黒いのです。ほかの兵士たちとこんなに違っているのに、なぜか存在感というものがうすい男です。太陽の光のさす中庭にいながら、そこにいないみたいに思えます。

「きれいな男の人……でも、怖い感じのする人だね」

 とウインが四人の仲間に言います。

 アスミチは、少しだけ幽霊ゆうれいていると思いました。

 男は静かに、しかしよく通る声で名乗ります。

「私はエトバリル。地球とことなるこの世界で、この国ベルサームの軍事顧問ぐんじこもんというにんについている者である。君たちのまわりにはベルサームの兵士がひかえている」

 兵士たちが、エトバリルの両脇りょうわきに立ち、ウインたちをにらみつけていました。

 ぶっそうな言葉が続きます。

「くり返す。トモダチにならないのなら、すみやかに処刑しょけいを実行する」

 処刑しょけい

 ――それって命をうばうっていうことじゃないの。

 ――ここで兵士に殺されちゃうってこと?

 と、五人がおそろしい事実がげられたことに思いいたります。とはいえ、こんな場面でどう反応はんのうしていいかわかりません。

 いつのまに近づいてきたのか、子どもたちのすぐ後ろに気配もなく立っている人物がありました。

 メイド姿の女性です。三人いました。両手をそろえて、しゃべってはいませんでしたが、「なんでもおもうしつけください」とでもいうような姿勢しせいです。

 ――地球っぽい服だ。というか、メイド服だ!

 ウインはまじまじと三人の服装を見つめてしまいました。

 そのうちの一人がウインに話しかけます。

さからってもいいことなんてありませんよ。ここはうそでもいいから、したがっておきましょ?」

 と、やわらかなささやき声で伝えてきました。

「あなたは……?」

「私はノノレクチン。もちろん、地球人ではないわよ。ここベルサームで働くメイドです」

 彼女は姿勢よく軽い一礼いちれいをします。

 五年生のパルミが、命をどうこう言われている状態じょうたいであるにもかかわらず、率直そっちょくすぎる感想を口にしました。

「うえっ、地球人じゃないって言ったのに、メイド服じゃん、メイドいるじゃん!」

 ノノレクチンは緊張感きんちょうかんのない声で答えます。

「地球じゃないけど、地球のいろんなものがこっちにわたってきているのよー? メイド服、かわいいもんね。だれかがもたらして取り入れたんでしょ」

 五人の子どもたちはこの世界での知識ちしきをひとつ手に入れました。

 ――地球ではないけれど、地球のいろんなものが渡ってくる。

 六年生のウインが、ノノレクチンに質問します。

「人も、来ることがあるんですか?」

 ノノレクチンは軽い口調くちょうで、

「旅行者みたいにほいほいは来ないけど、たまに来るみたいよ。隕石いんせきよりは、ありふれてるかもね。そうねえ、深海の生き物が流れ着いたからめずらしいね、っていうくらいには、来るみたい」

 ウインはこの言葉に、ノノレクチンは親切な女性じゃないかな、と思いました。

 だってさらに知識が増えました。

 ――旅行者がいる。隕石いんせきがある。珍しい深海の生き物がいる。そういうことをなんでもない口調で教えてくれているのではないんだろうか。


 エトバリルが声をらげます。

「ごちゃごちゃとしゃべっていないで返事を聞かせてくれたまえ。私たちとは、なれないかね? トモダチに」

 トモダチ、という言葉だけをやけにはっきり、一音一音を区切くぎって言いました。

 ノノレクチンが厳しい口調におくすることもなく、ただし少し小声になって言います。

「あれれ、エトバリルのやつ、地球の日本の言葉を勉強したのね。トモダチっていうところだけ日本語で言ったの、わかった?」

 言われてウインは気づきます。

「え、そういえば、トモダチという言葉以外は日本語じゃないよね……なんで? 言葉がわかるよ」

 トキトも言いました。

おれっていつのまにか外国語ペラペラになったのか? すげえぜ、おれ

 パルミがすかさずっこんで言いました。

「んなわけないっしょ! これだから単純たんじゅん男子は」

 四年生のカヒもおどろきを言葉にします。

「でも不思議ふしぎ。日本語じゃないのに言ってる意味が、わかるよ」

 ノノレクチンが子どもたちの疑問を引き取ります。

「そういうこと。この世界では神様がいて言葉を通訳つうやくしてくれる、っていうことになってるのよー」

 ウインは思います。

 ――ほんとうにノノレクチンさんは親切に異世界のガイド役をしてくれているんだな。

 と。

 幽霊ゆうれいのようなエトバリルの背後から、もう一人、べつの男が歩みってきました。

 エトバリルのような長身痩躯ちょうしんそうくではなく、がっしりがたの肉体をしています。そしてつねに身を前かがみにして動きます。マントのような布で体のほとんど全部を隠しているところもほかの兵士たちと違います。

 しかし一番の特徴とくちょうはその顔でした。

 この男は仮面かめんをかぶっていたのです。

 素顔すがおを隠す仮面は、サルの顔をしていました。

「わっ、サルのお面をつけた人がこっちに来たよ」

 とカヒと同じ四年生のアスミチ。

 男はずかずかと近寄ってきて、エトバリルより粗野そやに感じられる太い声で言いました。

「返答をせよ、わっぱども。一人ひとりの首をはねながらでもよいのだぞ」

 仮面ごしでも、きっとおそろしい表情をしているだろうとわかる、いかりや苛立いらだちを押しこらえた声でした。

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