回想《かいそう》・ベルサーム 巨大ロボット侵攻《しんこう》の日

紅戸ベニ

第1話 異世界でトモダチか、死か?

 ウインは十一歳の少女です。そのウインたち五人の子どもが、なぜ地球ではない世界で冒険をすることになったのか。

 どうやって恐ろしいロボット兵器をうばって逃げのびることができたのか。そのお話です。



「地球人の子どもたちよ、トモダチになろう」

 そう言って見知らぬ男が笑います。作り笑いだとすぐにわかりました。

 笑ったように見える顔のまま、おそろしいことを言ったからです。

「さもなければ、君たちには死んでもらう」


 ウインやトキトたちが別の世界にきてすぐのことでした。

 いったい何が起こっているのか。長身の大人の男は誰なのか。今、自分はどこでなにをしているのか。ウイン、トキト、パルミ、アスミチ、カヒの五人は記憶を死にものぐるいでさぐって、今の状況をちょっとでも理解しようとします。

 大人の人から「死んでもらう」と言われるなんて、とても恐ろしい。こんな体験をなぜしなければならないのか。


 たしか今日は、四月、まだ春の終わり――――

 春の大型連休の前の日でした。

 気持ちのいい晴れた朝、学校に向かうウインたち。

 明日からのワクワクする休日を思いえがいていました。班長はんちょうの六年生トキトを先頭に、学校へと歩いていたはずでした。日本には集団登校があるので、待ち合わせて登校するのです、森林公園のわきの通学路をぬけていくいつものコース――――

 いつのまにか空中にあいたとびらのような穴に吸いこまれていました。

 ウインは思い出しました。空中に逆立ちの姿勢になって吸われるとき、不思議なことに、いつもどおりに学校に歩いていく自分やトキトたちの背中が見えたことを。ウインはその風景をまぼろしだと思いました。

 ――でも、いつものように学校に行く私のほうが、本物の私だったらよかったのに!

 そう思ううちに、学校へ歩いていく幻の自分がどんどん離れていきます。声を出せば幻の自分に声が聞こえるくらいの距離から、どんどん遠ざかっていって……。

 上も下もわからなくなるような感覚を味わいます。

 目がくらくらっとしたかと思うと、まったく知らない場所に立っていたのです。

 西洋の城の中庭のようでした。

「え、学校じゃないし、森林公園の中でもない。外国?」

 とウインは記憶にない景色を見わたしました。

 自分たちが飲みこまれたはずの、空中のけ目がありません。青くて高い空が高い城壁の上に広がっています。

 石造りの城壁は冷たい感じです。日の当たらない側は黒っぽいコケがはい上がって、影のような三角形をあちこちに作っています。

 中庭にぽつりぽつりとわずかにある低木の植え込みが、半分ほど紅葉しています。秋なのでしょうか。

 ひと目見ただけで兵士とわかる男たちがあちらにもこちらにも立っています。剣を帯びてかわの胸当てをしてます。ブーツと手袋をしているので素肌すはだは顔以外は空気に触れていません。おそらく気候が厳しい、乾燥した地域の服だと思われます。

 兵士たちは、じゅうを持っていません。見わたすかぎり、銃を持った兵士は一人もいないようです。

 日本のどこかではないということはすぐ察しがつきました。

 でも、ここがどこかはわからないままです。もっとも、まだ小学生のウインたちは、違いの国のくわしいことは知らないのですが。

 五人はそれぞれが、困惑こんわくと恐怖の心が胸の中で広がってゆくのを感じていました。


 その緊張の糸をち切るように、「トモダチになろう」と声がかかったのでした。

 男はきわだった特徴のある見た目をしていました。

 白と黒。モノトーンの男でした。背中まで伸びた長く白い髪。ヒトのものというよりは脱皮したヘビの皮の色に近い、白い肌。だのに目の中の瞳だけが黒いのです。

 ウインが四人の仲間に言います。小さい声で。

「きれいな男の人……でも、怖い感じのする人だね」

 アスミチは、少しだけ幽霊ゆうれいに似ていると思いました。

 男は静かに、しかしよく通る声で名乗ります。

「私はエトバリル。地球と異なるこの世界で、この国ベルサームの軍事顧問ぐんじこもんという任についている者である。まわりにはベルサームの兵士がひかえている」

 兵士たちが、エトバリルの両脇に立ち、ウインたちをにらみつけていました。

 ぶっそうな言葉が続きます。

「くり返す。トモダチにならないのなら、すみやかに処刑しょけいを実行する」

 処刑。

 ――それって命を奪うっていうことじゃないの。

 ――ここで兵士に殺されちゃうってこと?

 と、五人がおそろしい事実が告げられたことに思いいたります。とはいえ、こんな場面でどう反応していいかわかりません。

 いつのまに近づいてきたのか、子どもたちのすぐ後ろに気配もなく立っている人物がありました。

 メイド姿の女性です。三人いました。両手をそろえて、しゃべってはいませんでしたが、「なんでもお申しつけください」とでもいうような姿勢です。

 ――地球っぽい服だ。というか、メイド服だ!

 ウインはまじまじと三人の服装を見つめてしまいました。

 そのうちの一人がウインに話しかけます。

「逆らってもいいことなんてありませんよ。ここはうそでもいいから、従っておきましょ?」

 と、やわらかなささやき声で伝えてきました。

「あなたは……?」

「私はノノレクチン。もちろん、地球人ではないわよ。ここベルサームで働くメイドです」

 彼女は姿勢よく軽い一礼をします。

 五年生のパルミが、命をどうこう言われている状態であるにもかかわらず、率直すぎる感想を口にしました。

「うえっ、地球人じゃないって言ったのに、メイド服じゃん、メイドいるじゃん!」

 ノノレクチンは緊張感のない声で答えます。

「地球じゃないけど、地球のいろんなものがこっちに渡ってきているのよー? メイド服、かわいいもんね。誰かが取り入れたんでしょ」

 五人の子どもたちはこの世界での知識をひとつ手に入れました。

 ――地球ではないけれど、地球のいろんなものが渡ってくる。

 ウインはこの言葉に、ノノレクチンは親切な女性じゃないかな、と思いました。

 だってさらに知識が増えました。


 エトバリルが声をあららげます。

「ごちゃごちゃとしゃべっていないで返事を聞かせてくれたまえ。私たちとは、なれないかね? トモダチに」

 トモダチ、という言葉だけをやけにはっきり、一音一音を区切って言いました。

 ノノレクチンが厳しい口調におくすることもなく、ただし少し小声になって言います。

「あれれ、エトバリルのやつ、言葉を勉強したのね。トモダチっていうところだけ日本語で言ったの、わかった?」

 言われてウインは気づきます。

「え、そういえば、トモダチという言葉以外は日本語じゃないよね……なんで? 言葉がわかるよ」

 トキトも言います。六年生の元気のいい男子です。

おれっていつのまにか外国語ペラペラになったのか? すげえぜ、俺」

 パルミがすかさずツッコミを言いました。

「んなわけないっしょ! これだから単純男子は!」

 四年生のカヒもおどろきを言葉にします。

「でも不思議。日本語じゃないのに言ってる意味が、わかるよ」

 ノノレクチンが子どもたちの疑問を引き取ります。

「そういうこと。この世界では神様がいて言葉を通訳つうやくしてくれる、っていうことになってるのよー」

 ウインは思います。

 ――ほんとうにノノレクチンさんは親切に異世界のガイド役をしてくれているんだな。

 幽霊ゆうれいのようなエトバリルの背後から、もう一人、べつの男が歩み寄ってきました。

 エトバリルのような長身痩躯ちょうしんそうくではなく、がっしり型の肉体をしています。そしてつねに身を前かがみにして動きます。マントのような布で体のほとんど全部を隠しているところもほかの兵士たちと違います。

 しかし一番の特徴はその顔でした。

 この男は仮面をかぶっていたのです。

 素顔を隠す仮面は、サルの顔をしていました。

「わっ、サルのお面をつけた人がこっちに来たよ」

 とカヒと同じ四年生のアスミチ。

 男はずかずかと近寄ってきて、太い声で言いました。

「返答をせよ、わっぱども。一人ひとりの首をはねながらでもよいのだぞ」

 仮面ごしでも、きっと恐ろしい表情をしているだろうとわかる、怒りや苛立いらだちを押しこらえた声でした。

「エトバリルの茶番劇ちゃばんげきに付き合っているのだ、時間がしいわ」

 サルの仮面からはそんな声も、聞こえました。ノノレクチンがウインたちをうながします。

「ほら、ほら、マシラツラ様も時間が惜しいとおっしゃってるわ。うそでもいいんだから、トモダチになりますって言っておきなさい」

 仮面の男はマシラツラ。名前がわかりました。きっとエトバリルと同じくらいこの城で偉い人物なのでしょう。

 パルミの軽口がとび出します。

「目の前でうそでもいいからって言っちゃうんだ! ノノレクチンさん、きもっ玉が太すぎっしょ!」

 ウインがあわてて自分の両手をばってんにして「しーっ、しーっ」と、制止せいしします。そして城でいちばんえらいと思われるエトバリル、マシラツラの二人に伝えます。

「あ、はい。はい。エトバリルさんと、友だちになります。死ぬのはいやです。ほかの四人も、それでいいよね?」

 六年生で女子のウインが、この中では言葉を使うのも、意見をまとめるのも上手のはずです。読書好きで、通学班の副班長ですから。

 班長のトキトは同じ六年生ですが、言葉を使うことには向いていません。責任感はあるのですが、おっちょこちょいのところもあります。ウインが必死だというのに、トキトは今もちょっとのんきなことを言い始めるのです。

「最初っから選択肢せんたくしなかったよな、これって。死ぬほうを選ぶやつなんていないだろ」

 エトバリルに聞こえる大きさの声でした。

「ばか、トキト。そういうことを言う状況じゃないでしょ」

 とウインは心臓がしめつけられる気がしました。

 マシラツラが、トキトに向かって言います。

「ぼうず、おぬしの言うとおりよ。エトバリルめは、形式だの格式だのばかり気にして実務がはかどらぬ男だわ」

 視線は子どもたちからそらさぬまま、後退あとずさりして元のエトバリルの後ろに下がってゆきました。

 ――わわわー、マシラツラさんも、目の前で悪口を! 誰か助けて。

 ウインはのどがひりついてくるのを感じました。空気は乾燥していましたが、それだけが原因ではありません。


 城の中庭は、明らかに地球と違うところがありました。

 はじめは気持ちによゆうがなかったために気づきませんでした。兵士たちのうしろで作業をしている物体。それは地球のようなブルトーザー、トラック、ユンボといった機械類ではありません。

 石で出来た、人間の倍以上あるロボット。そう見えました。

 アスミチの声がわくわくしています。

「あれ! ロボットみたいな……石の人形だ!」

 こんなときですが、特撮番組が好きな気持ちに火がついてしまったのかもしれません。

 カヒが小さな声で、言います。きょろきょろとあたりを見回しながら。

「わ。むこうの方にいっぱい石のロボットがいるよ! なにかを組み立ててる……機械みたいなものを」

 中庭のはなれたところ。城壁の下に機械が六つ、置かれていました。トキトがすぐにロボットだと気づきます。

「座った状態のロボットだよな、六個置いてあるやつ! で、それにごちゃごちゃやってんのはロボットっつーより、石の人形」

 ウインは適切な呼び名を知っていました。物語が好きな彼女は、地球での呼び名を知っていたのです。

「ゴーレムだ……ゴーレムが、機械のロボットを組み立ててる……どういうこと?」


 ゴーレムと兵士が共同作業をしています。

 パルミが思ったとおりのことをしゃべります。

「ゴーレムっちゅーの? そっちはいっぱいいるじゃん。だからゴーレムを使ってロボを組み立ててるとこ。そこにあたしたち地球の子どもが五人呼ばれた……そんな感じなのかにぇー?」

 この会話はエトバリルの耳にも入ったようです。

 彼はずいっと歩を進めてきました。そして言うのです。

「そうだ。甲冑かっちゅうゴーレム。わがベルサームの新兵器で、完成間近である。君たちには地球での記憶を使ってあれを完成させてもらいたい……なに、魔法の力を私が使えばなにもむずかしいことなどない」

 アスミチの声が高くなりました。緊張と、そして好奇心が半々といった感じです。

「え、ええっ。ぼくたちの地球での記憶で……甲冑ゴーレムを完成? そんなことができるの?」

 エトバリルが答えようとする前に、事件が起こります。


 ――暴走した甲冑ゴーレムの一体が、五人の子どもたちとエトバリルめがけて襲いかかってきたのです!


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