第2話 エトバリルは、エルフを名乗る

「エトバリルの茶番劇ちゃばんげきに付き合っているのだ、時間がしいわ」

 サルの仮面かめんからはそんな声も、聞こえました。ノノレクチンがウインたちをうながします。

「ほら、ほら、マシラツラ様も時間がしいとおっしゃってるわ。うそでもいいんだから、トモダチになりますって言っておきなさい」

 仮面の下でマシラツラがノノレクチンに向けて、すようにつめたい視線しせんを送っているのがわかりました。

「目の前でうそでもいいからって言っちゃうんだ、ノノレクチンさん、きもっ玉が太すぎっしょ!」

 というパルミの軽口かるくちを、ウインが自分の両手をばってんにして「しーっ、しーっ」と、制止せいししながら、

「あ、はい。はい。エトバリルさんと、友だちになります。死ぬのはいやです。ほかの四人も、それでいいよね?」

 と答えました。みんなうなずきました。

 命があぶないこの状況じょうきょうで生きびるために、ウインが必死ひっしだというのに、トキトが、

「最初っから選択肢せんたくしなかったよな、これって。死ぬほうを選ぶやつなんていないだろ」

 とパルミと同じようなのんきな口調くちょうで言いました。エトバリルに聞こえる大きさの声で。

「ばか、トキト。そういうことを言う状況じょうきょうじゃないでしょ」

 とウインは心臓しんぞうがしめつけられる気がしました。

 マシラツラが、トキトに向かって言います。

「ぼうず、おぬしの言うとおりよ。エトバリルめは、形式けいしきだの格式かくしきだのばかり気にして実務じつむがはかどらぬ男だわ」

 視線しせんは子どもたちからそらさぬまま、後退あとずさりしてもとのエトバリルの後ろに下がってゆきました。

 ――ぎゃわー、マシラツラさんも、目の前で悪口わるぐちを! だれか助けて。

 ウインはのどがひりついてくるのを感じました。空気は乾燥かんそうしていましたが、それだけが原因げんいんではありません。

 いつも学校に持っていっている保冷水筒ほれいすいとうの水をみたくなりました。

 しかし、通学カバンは背負せおったままなのですが、その中身なかみのほとんどがなくなってしまっているようです。水筒すいとうも、ありません。ほかの四人の背負せおったカバンも、口が開いていてぺしゃんこです。中身なかみが残っているようすはありません。

 ――でも、メイドさんが三人いてくれるのは、たぶん友だちになることをえらんだらお世話せわしてくれるっていう意味だよね……たぶん、水もくれるよね。

 とウインは内心、考えました。


 トモダチになると返事をしたウインたちに、エトバリルはすぐに次の要求ようきゅうをしてくるのです。無情むじょうにも、一息ひといきつかせてくれる気などありません。

「今すぐに、もっとも大切な仕事を君たちにお願いしたい」

 お願いしたいというわりに、エトバリルの口調くちょうはあいかわらず尊大そんだいです。

「わざわざゲートの開口部かいこうぶをねじげてがベルサームに招聘しょうへいしたのは、君たちにしかできない仕事をたのむためだったのだ。トモダチとして、聞いてはくれまいか」

 目を細めているのは、せめて笑顔を作っているていをなそうとしたのかもしれません。

 しかし酷薄こくはくそうなエトバリルのその表情は、肉食獣にくしょくじゅう獲物えものを見つけたときの顔のようにしか見えないのでした。

 ウインたち五人は、ベルサームのとらわれなのです。

 六年生のトキトとウイン、それから五年生のパルミは、なんとか平気をよそおっていられました。

 けれど四年生になったばかりのアスミチとカヒは、おびえてしまっているようです。二人とも、あまりしゃべることができず、三人の年長組の後ろにかくれています。

 トキト、ウイン、パルミの三人は、自分たちはともかく、アスミチとカヒの二人は少し休ませてやりたいと思いました。

 ノノレクチンが、いいタイミングで言ってくれました。

「エトバリル様。甲冑かっちゅうゴーレムとニョイノカネの準備じゅんびととのうまで、子どもたちを木陰こかげで休ませ、水と軽食けいしょくあたえてはいかがでしょうか」

 マシラツラがエトバリルの後ろから言葉をぎました。

「体調が万全ばんぜんならざれば、装置そうち精度せいどにゆきとどかぬ部分がしょうじるやもしれぬ。王のご機嫌きげんうるわしからぬことにもなりかねず……」

 と言うと、エトバリルはうるさそうに片手かたてをふり、

「言わずともわかっておる。メイドたち、子どもたちを休ませてやれ。マシラツラ、もうトモダチになったのだ、お前が警戒けいかいしてひかえておる必要もないのだぞ。もどって本来の仕事に従事じゅうじせよ」

 と、メイドとマシラツラに指示しじしました。

 エトバリルがセリフを言い終えるやいなや、マシラツラは飛び上がり、外壁がいへきを小走りにかけ上がってどこかへ姿すがたを消しました。さっきからエトバリルをちくちく言葉で攻撃していたのは、まるでうるさがれるのが目的だったかのようでした。

 パルミがしたきます。

「ひえーっ。サルのお面をしてるだけあるね。マシラツラ、サルの動きそのもの!」

 さらにトキトがこんなことを言いました。

「俺、あいつと勝負しょうぶしてえ!」

「やめてよ、なんかトキト変だよ。落ち着いて、まずは安全のことを考えようよ」

 とウインがトキトの服のそでを手でひっぱり、トキトのやけに挑戦的ちょうせんてきな言葉をおさえようとしました。

「あ、ごめん。ちらっとそう思っただけで、本気じゃないからさ。俺も、なんか、わけわかんなくなってるかもだ」

 パルミがトキトをからかいます。

「きしし、トキトっちもおサルみたいに壁を登ってマシラツラにサルのお面をもらってきたら? 予備よびくらい持ってるっしょ」

 ウインがパルミをたしなめます。

「パルミも! 今は冗談じょうだん言ってる場合じゃないでしょ」

 そこへメイド三人が小テーブル、トレー、カップ、水差しを用意してくれました。

 その中の一人は身長しんちょうがきわだって低い女性でした。六年生のトキトやウインよりも背丈せたけが小さいのです。五年生のパルミくらいです。顔つきも子どもみたいに若々わかわかしい感じです。

「シュガーだよ。お水、どうぞ」

 抑揚よくようのあまりない調子ちょうしであるものの、声のしつは子どもっぽく響きます。

 ウインたちには親しみやすく感じられる容姿ようしと声でした。けれど、なぜだか年下とはまったく思いません。

「あ、ありがとう、シュガーさん」

 と、カヒもようやく異世界いせかいの人に口をきくことができたようでした。

 お給仕きゅうじをしてもらってわかったのですが、ノノレクチンとシュガーの二人は、はっきり言うと、あまりメイドっぽくありません。動くとそれがわかります。ノノレクチンはお姉さんタイプという感じです。シュガーは、見た目は小学生、中身は大人タイプとでも言うべきでしょうか。二人ともタイプが違うものの、美人です。

 ウインは心の中で思います。

 ――ちがうタイプの美人だよね。ノノレクチンさんとシュガーさん。でも、なんというか、自由というか、なんとなくいい加減かげんにメイドをやっている雰囲気ふんいきだなあ。

 三人目の、タバナハという名のメイドは、ウインたちが想像そうぞうする「十代の若いメイド」というイメージに近い感じがします。

 タバナハは、世話好せわずきで、おしゃべりもそこそこで、ひかえめなたたずまいで給仕きゅうじをしてくれました。


 木陰こかげで休んでいると、声がしました。

「トモダチ。落ち着いたかね? ベルサームの水が体に合うといいのだが」

 よく通る低い声で、いい声なのですが、ウインは寒気さむけが走った気がしました。

 エトバリルが近くに立っていました。

 近くで見ると、無彩色むさいしょくのそでの長い上着、だぶつき気味ぎみのズボンがほかの兵士と印象いんしょうで、これがベルサーム国の軍服なのでしょう。エトバリルがほかと大きく違っているのは、服の上にさまざまな装飾品そうしょくひんをくっつけていることでした。

 いちばん目立つのは胸当むねあてで、アルマジロの皮をまるで生きているみたいに袈裟けさがけにして左胸ひだりむねに当てています。またひたい簡素かんそかんむりのような金属きんぞくもつけています。王はべつにいるようですから王冠おうかんではなく、かざりものの額冠がくかんでしょう。よく見ると、海のエビやカニといった甲殻類こうかくるいの手足のような額冠がくかんです。

 視線しせんに気づいたエトバリルが、表面上は親密しんみつさを出して言いました。

「ああ、私の装備そうびが気になるかね。地球でもなかなかるいを見ないだろう? こちらの世界でも、人間でこのような品を装身具そうしんぐにしている者はそういない。これらは生きている装身具そうしんぐだからな」

「生きている……?」

 よく意味がみ込めないウインたちにエトバリルがさらに言いました。

 いかにもすごい秘密ひみつを言うぞ、というように両手りょうてを広げて。

「なにをかくそう、私は君たちのようなヒトではないからね。私は、エルフなのだ……!」

 目を大きく開き、口を耳までけるくらいに大きくしてエトバリルが言いました。

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