17
「まぁ、プロってわけじゃないけどね。ほんの数作品出てただけ」
親子だって言われなければ、大して似ている気がしない。でも、それを信じようとすればするほど、この二人が似ていく。
「良い人だよ」
良い人だよ。千秋の言葉が繰り返し脳内で再生される。良い人だよなんて、おれたちぐらいの年齢の人間が、親に対して表現する言葉じゃない。
「きちんと性について、教えてくれた。病気の怖さとか、いろいろ」
「へぇ」
本当は逃げ出したくなった。自分の語彙では、これから千秋が話すことの一つ一つを、抱えきれない気がした。
「この人、いろいろと余計なところがあってね」
「うん」
「この人、幼稚園児だった私に、ここを指さして、こうすると気持ちがいいんだよって教えてきたの」
千秋はそう言って、自分の下腹部を指さした。
「しばらく擦ってると、だんだん濡れてくるんだよって言って。私の手をつかんで、私のあの部分を触らせようとするんだ」
「うん」
「私、全然気持ちよくなくて。むしろ気持ち悪くなってきて。あの人の表情を見てると、吐き気を催した」
「うん」
「それでね、あの人、今度は実演しようとするの。自分の履いていたジーパンおろして、下着の上から擦って、馬鹿みたいに喘いで」
「うん」
「ほら一緒に、とか言うから、まじめに真似しちゃったんだ。はやく終われって思いながら」
「うん」
「でも、全然終わらなかった。随分と時間かかって、あの人、たぶん最後までやったんだと思う。幼稚園児の私から見ても、だんだんとあの人が高揚する様子がわかって、一瞬で気持ちよさそうな表情が消えたの。息をきらしながら、千秋ちゃんも頑張ってほら、とか言ってきて。そのあと、あの人、わたしになんて言ったかわかる?」
「わからない」
「次は男の人呼ぶから、彼の前で一緒にしようねって、笑顔で言うんだよ。それで、私は怖くなりながら、うん、って答えた……。小学校に入る前の子どもに、そんなこと言うかな、ふつう」
「言わない」
「あれって、多分、性教育とか、そんなんじゃないんだよ。自分の興味を試してるの。大人が性の知識ひけらかして、子どもがどんな反応をするかっておもしろがってるんだよ」
「うん」
「あの人、いつも言ってた。こういうことしてると、何もかも上手くいく気がするって」
一つの波が、たくさんのあぶくを作って、消えていった。次の波がいつくるのだろうと構えていた。その間、アダルトコーナーには何人もの男性が行き来していた。
千秋はパッケージを置くと、ため息をついた。
「言わなくていいことって、あるじゃん」
「うん」
その後、千秋はおれに対して、何かを教えてと言った。何かって何? と訊くと、私みたいな話をしてほしいのだと言う。
本当は圧倒されて、自分の話をするなんてできそうにもなかったが、千秋は真剣なまなざしでそれを聞こうとしていた。だから、口をひらこうとした。だけど、言葉が簡単には出てこない。
その様子を見ていた千秋は、人生で一番ショックだった出来事じゃないと許さないと言った。なぜ許される必要があり、それでないと許してもらえないのかはよくわからなかったが、色々と考えているのが馬鹿々々しくなり、瑠衣さんについておれは話した。
すると、千秋はちょうど女の子が甘いものを食べている時のような表情をした。どこか満足そうだったので、余計なことは言わなかった。
「ねぇ、この人見て興奮する?」
また、千秋が女優を指さしてそんなことを言う。
「しない。そんなに年上は好みじゃない」
少なくとも、瑠衣さんとのことがあってからは。
「ふうん、よかった」
そう言って、千秋はパッケージを持つと、おれの目の前に差し出してきた。緊縛された熟女が迫ってくる。なんとなく、逃げたい。
「じゃあ、見ようよ。この人のAV」
「え、見ないよ。なにいってんの」
「興奮しないんでしょ?」
確かに、この人に興奮したりはしないけれど。でも、違う。問題はそういうことじゃない。
「見よう。私の家でいい?」
何かのスイッチが入ってしまったようだ。もう止まる気配がない。
「でも、家の人いるんじゃないの?」
「いない。私の家族はこの人だけ」
言いながら、千秋は女優の顔を指さした。続けて「それに、この人は滅多に帰ってこない」と言った。
だから、AVが近いんだって。笑顔でそんなものを突き出してくるな。
「うちに来て。今度の休みはいつ?」
この子、ここにきてから、ずっと早口だ。堰き止めていたものが、あふれ出したんだろう。
本当に、なんなんだろう。この女の子は。おれはこの子に対して、不思議と興味が重なっていってしまっている。
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