24
朝露が膝を濡らす。
背筋の伸びた青草のあいだの黒を選んで、千秋は足を前に出していく。両腕で自分を抱えるようにしているから、後姿がいつもより小さく見える。
いつまでも、ふんぞりかえっていた満月も、そろそろ交代が近づいてきたようで、寂しげに消えるらしい。向こう側に消えた月の代わりにやってきたのは、今夏一番と思える涼しさ。清涼感漂う、田舎の朝のあぜ道に、影を取り戻しつつあるおれたちはただ交互に足を出し続けている。途中、形のいい石ころを蹴りながら歩き、それを水たまりの中に失った頃、千秋が口をひらいた。
「ねぇ、明日も見にいこっか」
「なにを?」
「もちろん、AV」
唐突に、そんなことを言う。かわいい女の子のくせに。
「……別にいいけど」
千秋はありがとう、とだけ告げ、また先へと歩きだした。影を手に入れたおれたちの行く道はなんだか明瞭になってしまう。沈黙が流れ、それでも心地よい風が吹く。
千秋の表情が見えず、何を思っているのかは、はっきりとはわからない。千秋の頭の中では、いつものように見ている情景が流れているのだろうか。どんな世界の、どんな風の中に、おれには到底わからないであろう光が広がっているのだろうか。
きっと、再生されるものは同じなんだ。けれど、おれにとっての、千秋は、いったいどうあってほしいのだろう。
早朝の湖畔は涼しい。虫の鳴き声がベンチに座るおれたちを見守ってくれている。ここは靄がゆるくたちまどう。
互いに見つめあい、おれは単純に千秋の澄んだ目を見ている。千秋はおれの何をみているのだろう。瞬きを繰り返し、目を逸らす。そんな気恥ずかしい行為を繰り返し、最後にはまた澄んだ目へと視線を移す。
普通の人とは何かが違う、この人。これだけ独特に、おれを惹きつけるこの人。千秋の手に触れ、そこからゆっくりと滑るように千秋の頬へと自分の手を持っていく。
そして、少し浮き出た鎖骨に目をやり、Tシャツにわずかに開いた隙間を除く。まだ完成しきっていない、それでも魅力的な乳房が、右側だけ存在し、ブラジャーに静かに包まれていた。なんだか極端な乳の差だ。左と右とで随分形が違う。おれのことを大きく欺く秘密が、そこに詰まっているのではないか。そう思った。そして、それに連鎖して、絶望する自分の姿が曖昧に伺えてしまった。
本当は、千秋に、キスをしようと思っていた。きっと、いつかは、おれたちは、そういう関係になる。そんな気がする。当たり前のような流れだと思う。だったら、されてしまう前に、してしまえばいいんだ。そう思った。
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