12

 ――大和君。

 瑠衣さんとの、何気ない、会話の途中だった。本当に、他愛のない話。担任はおせっかいだとか、昨日のテストが難しかったとか、そういった類いの話をしていた。瑠衣さんは、一年生はまだまだこれからだから頑張ってね、と言っていた。三年生は受験で大変だ、と続けた。

 まだ起き抜けの感覚だった。柔らかな布団の感触が、地肌に伝わってくる。毛布が中途半端にめくれていて、足先が寒い。そんなことを感じていると、瑠衣さんは布団の奥底に潜り込み、おれの両足をとらえた。

 瞬間、目の前の人物が、誰だかわからなくなった。

 毛布の中で、鋭い眼光がこちらをみていた。

 奥底から、滞留していた女性のにおいが流れ込んでくる。

 おれは、ちょっと待って、といった。この先を進めば、これまでの関係は終わってしまうと思った。

 ――どうして?

 そのにおいは足首からまとわりついていき、腰、胸、顔へと侵食していく。この部屋はいつもどこかの内側のようで、赤褐色の壁が脈をうっているみたいだ。その優しいリズムを激しく聴くことで、いつも心が同期しない。そのバランスは、いつまでも偏ったまま。

 瑠衣さんのそれが、一度漏れ出すと、決壊したみたいにあふれ出して、止まらなくなる。そのたびに、おれはどうしたらいいかわからなくなる。自分の身体では塞ぎきれないし、受け止めることもできない。

 毛布の端っこをゆるく掴みながら、瑠衣さんがおれの身体に指を這わせてくるのを、じっとこらえていた。ほんの僅かに触れていた指先の感覚は、やがて手のひら、両手、全身へと、伝わっていった。

 おれは表情を保ったまま、平気なふりをして身をひねった。ずっと触れられていた部分が身体とベッドのあいだに収まる。

 ――ねぇ。

 瑠衣さんは、おれの身体に埋まるようにくっついた。ここは暖かい。ここからどこへも行きたくはない。それなのに、自分の身体がシカクになってく、マルが消えてく。それなのに辛い。

 ――どうして? もう付き合って三か月だよ?

 柔らかいゼリーの部分を指先に感じて、おれは悲鳴をあげてしまった。瑠衣さんはくすくすと笑い、躊躇うこともなく、それを続けた。一段と暖かいものを感じて、おれは手を引っこ抜こうとした。瑠衣さんに手を掴まれて、そのまま握られて、瑠衣さんからえぐりとってしまった水分が、瑠衣さんの手のひらに溶けていった。

 制服はずっと着たままだった。それでも、瑠衣さんは簡単に侵入してきた。おれの身体のどこがどうなっているのかをよく知っているようだった。恐ろしくもあり、悲しくもあった。おれは、その感触を、じっと知ろうとしていた。どんな動機があって、ここまで強く突き動かされているのだろうと考えていた。優しさがどのくらい含まれていて、愛情がどのくらい含まれていないのかを、いちいち数えていた。

 おれの身体は、いつまでも素直には反応しなかった。瑠衣さんの期待通りには太く硬くはならず、結局、おれは瑠衣さんの手をふりはらった。もうやめよう。そう伝えた。

 ――なんで? 男の子なのに変だよ。

 瑠衣さんは泣きそうな顔をしていた。おれが先に泣きそうな顔をしていたのかもしれない。数える間もなく、瑠衣さんの涙がおれの頬に落ちた。ひどく冷たくて、それでも拭うわけにはいかなかった。

 しばらくすると、瑠衣さんの寝息が聞こえてきた。いつも、すうすうと眠る彼女の身体が、確かにすぐ隣にあった。半分かかっていた毛布を全て瑠衣さんに預けて、おれは卵の黄身だった頃のようになって眠った。さっきよりもずっと暖かかった。


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