あとがき
この作品は、2018年にKindleで発売された。それまでにも多くの作品をインターネット上で公開してきたが、この作品が最も多く購入され、最も多く読まれた作品である。諸事情により、現在この作品はKindleでは販売されていない。なんだかこのまま捨て置くのももったいないので、カクヨムで公開することにした。
2018年発売であるにもかかわらず、アダルトビデオコーナーという舞台設定が、少々古いのではないかと感じる方もいると思う。私より若い読者だと、アダルトビデオコーナーに入ったことすらない、という方も珍しくはないかもしれない。
実は、本作を書いたのは、まだ映像メディアのサブスクリプションが浸透していない2010年だった(ちなみに、カクヨム転載するにあたってはじめてゼロ年代に時代設定をした)。当時はインターネットを介してアダルト動画を視聴するという習慣は、少なくとも私の近辺ではあまり浸透していなかった。そして、パソコンなんて高価なものを、貧乏な私は買えるはずもなく、時代遅れのワープロで文字を打っていた。
当時、私はまだ17歳。年齢的な理由で、まだアダルトビデオコーナーには入ったことがなかった(嘘ではない!)。だから、いろいろな想像を頭の中でしていた。想像力は10代の頃のほうが豊かだったかもしれない。そして、もしも自分がそこに踏み入れたら、という感覚でがむしゃらに書いた。
正直なことを言うと、「千秋」は私の願望である。17歳のときに私が出会いたかった、少し変わった、そして不遇な女の子である。
たとえ不遇な女の子であっても、いや、幸福かどうかはもちろん本人次第だが、10年経ってから読み返してみても、やはり千秋は不幸そうにみえる。それにもかかわらず、あまり相手の気持ちを考えていない主人公の振る舞いは、17歳(あるいは17歳当時の自分)という幼さがあらわれているな、と思う。でもいまの17歳って、もっと大人かもな、とも思う。
救いのないような結末であるが、私はそういう物語の終わり方が好きである。救いのないことが誰かにとっての救いになる、と思っているからだ。他人もつらいエピソードを抱えて生きていると思うと心底救われる、という瞬間がこれまでに何度かあった。そして、その瞬間に生じた感情を大切にしている。それでも、本当は「救い」の場面を描きたかったけれど、10数年前の自分にはそれができなかった。以前よりは鬱屈していない日々を送っている今、それを描いていきたいと思っている。
冒頭の、「入るか、否か」という瞬間は、たぶん誰にもでもあると思う。それは別に、アダルトビデオコーナーに入るかどうか躊躇う瞬間に限らない。私はこの10年、いろんな場面で「入るか、否か」を繰り返し、だいたい「入」ってきた。「入る」を選択したことによって、いろいろな人に出会えた。そこに、千秋はいつだっていなかったけど……。
2024年10月 西村たとえ
片方だけおっぱい 西村たとえ @nishimura_tatoe
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