05

 彼女の手をひくためには、身を小さくする必要さえあった。彼女はおれを見つめたまま冷静さを瞳に宿して、おれの爆発的なエネルギーになされるがままだった。大人の男性たちの間を縫って、おれたちは黒い幕の外に出た。大した距離ではなかった。それでも、ひどく息があがってしまっていた。

「い、痛い、です」

 彼女の口に入りこんだ毛先が、顔の輪郭に沿って弧を描いていた。彼女はそれに気づいているのか、気づいていないのか、覚えたてのような表情が灯っていた。嫌悪というよりも、どこか気怠く、眉をハの字にしている。

「え、あ、ごめんっ」

 繋いだ手を離した。何もなかったはずなのに、じん、と手のひらが痛い。彼女は、おれのことを真っ直ぐ見つめながら、口をひらいた。

「へ、変ですか」

「え?」

 おれが訊き返したはずなのに、再び彼女は「変ですか」と訊いた。

「そんなことは……」

「だ、だったら、なんで、こんなことするんですか」

 自分でもわからない。でも、行動が先に生じてしまうこともあるだろう。

 どれだけ言葉を探しても、適当な説明が思いつかない。ほんとに、おれはなんなんだろう。なんでここまで気にかけているんだ。

「ごめんなさい。私、もうすこし見ていたいので」

「あ、ああ……」

 小走りで、彼女の口から発せられた言葉。黒い幕の向こうへと戻っていく彼女の後ろ姿。耳をつんざくほどの、しかし小さな音を鳴らす踵。

 彼女を、手に入れたいわけではない。この痛みが続く手で、彼女の背中を掬い取りたい。だけど、大事に扱うには、彼女はあまりにも小さすぎる。それでも、彼女に向かって手を伸ばしていたい。

 何もかもを忘れて、ただただそれに没頭してしまうことへの罪悪感が、彼女の中にも確かにあるのならば。

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